live reports: August 2011アーカイブ

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「今の日本はとてもタフな状況だけど、今日は来てくれてありがとう。俺たちがタフだった時に支えてくれたのは、この美しい国のみんなだったよ。本当にありがとう」。そんな言葉だったと思う。ライヴの中盤でニッキーとショーン、サポート・メンバーの2人が舞台袖に下がり、ステージに一人残されたジェームスは静かにそう言って、アコースティック・ギターを手に取った。そして「This Is Yesterday」を静かに力強く歌い始めた。


『Nano-Mugen Fes. 2011』の2日目、約2万人の前でプレイしたマニックスが翌日の7月18日、一夜限りのスペシャル・ライヴを敢行した。会場となった新宿BLAZEのキャパはなんと800人。しかもフロント・アクトにはアッシュ(!)を起用。そして、終演後にはとびきりのサプライズも! 冒頭の言葉どおり、タフな状況にある僕たちに、タフな状況をくぐり抜けてきた男たちが最高のパフォーマンスを見せてくれた。

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 タイム・テーブルは当日発表、という洋邦混ざったフェスでは画期的なアジアン・カンフー・ジェネレーション主催のナノムゲン・フェス。


 客層は主にアジカン目当てだが、タイム・テーブルを知らされていないとあって昼のオープンから客入りはバッチリ。


 そんな中で洋楽最初のアクトとなるWAS。その前にアジカン・メンバーからこんなMCタイムが設けられた。


「洋楽、外国人ってなると急に固まる人いるよね。このナノムゲン・フェスにおいて金縛りは禁物ですから。皆さん盛り上がったら手を上げたりして下さいね」と、このような趣旨のご挨拶だった。


 そしてアーハの「テイク・オン・ミー」などが流され、続いて幕を開けたWASのステージ。一体そのアクトとは...?

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 2003年から行われ、一アーティストがプロデュースするフェスながら邦楽・洋楽、ベテラン・新人混合のラインナップを取り揃えることで、既にアジアン・カンフー・ジェネレーション・ファンだけでなく、多くのリスナーから信頼を得てきたNano-Mugen Fes。去年は、『The Orchard』リリース寸前のラ・ラ・ライオットを帯同して、各地それぞれの邦楽アーティストを迎えてツアー形式でのヴァージョンで行われ、フェスティヴァルではなかったので、2年振りに再び横浜アリーナで開催されるとアナウンスされた時は、多くのファンが昨年以上に「待ってました!」と思ったことだろう。


 それも、ウィーザーとマニック・ストリート・プリーチャーズの出演が決定した際には、全国のファンが格別、驚きを隠せなかったことだろうと思う。マニックスは、09年に出演がアナウンスされていたものの直前になって、出演中止の事態になっていたところのリベンジであるし、ウィーザーにいたっては「遂にアジカンもウィーザーを招致するまでに!」と喜び勇んだものだ。デビュー当時から、アジカンのメンバー、特にフロントマンの後藤正文は度々ウィーザーからの影響を公言してきたし、『君繋ファイブエム』をリリースした当時は、そのギター・ロック的なスタイルや両バンドのフロントマンがメガネを愛用していることなどを踏まえて「和製ウィーザー」なんて言葉でももてはやされていたものだ。アジカン・ファンの多くが、ウィーザーが自らの好きなバンドが敬愛して止まないバンドということを重々承知しているだろうし、彼らの出演には一層の期待を抱いたものだろう。


 それらの上に、後藤は3.11以降、チャリティー・バンド「HINATABOCCO」に参加したり、各メディアで原子力などへの懸念の呼びかけを重ねたり、未来新聞「THE FUTURE TIMES」誌を発行したりと特筆すべき活動をいくつも行ってきているだけあって、今回のフェスに対しての彼への意気込みや思いなども、絶大な期待を寄せられたことだろう。


 余談だが、会場ではアーティストの転換時間にファンからのリクエストが寄せられたアーティストのMVを大型モニターで映すことで、ラインナップを超えて邦楽、洋楽問わず幅広いアーティストに出会うことを促しているようだった。しかも、アジカン自身が選んだものではないにも関わらず、どのMVもセンスが良く、転換時も暇になる瞬間はなく、ワクワクし続けることができた。


 2デイズ公演の1日目(ねごと、ウィー・アー・サイエンティスツ、アッシュ、ザ・レンタルズ、アジアン・カンフー・ジェネレーション、ウィーザー)についてレポートしたい。

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 かつて<<輝くほどに不細工なモグラ>>(「クリスピー」)と自らを形容したモラトリアム・ナード青年だった彼らが、アリーナという場所で一つのショーを提示すること。しかも、純粋ゆえのフェイクを歌い切った『とげまる』というアルバムを中心に展開されること。それは、彼らのもつ「真摯な背徳」を最大限に活かし、アップビートな曲を基軸に構成されたセットリストでオーディエンスを熱狂とともに知らず知らずの内に共犯へと誘うことを見事に成功させてしまった。『とげまる』の「まる」の部分を示す「聞かせてよ」から始まり、アルバムと同じく「君は太陽」の<<理想の世界じゃないけど/大丈夫そうなんで>>という最上の背徳的甘美の一節で幕を閉じる本編を観ただけで、ナード男子であるまま世界と対峙してきた者の見せる、どこかで決定的に歪んだいびつながらも素晴らしいポップの世界であった。


 なお本記事は基本的に『とげまリーナ』ツアーで3日に及ぶ大阪公演の2日目にあたる7月15日の公演についてのライヴ・レポートであるが、僕は1日目である7月12日の公演も個人的に鑑賞していたので、その1日目も含めた上でレポートさせていただくことをご了承願いたい。

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 まさに「記録ではなく記憶に残る」バンドだ。

 この7月アタマ、終電後の深い時間にも関わらず超満員にふくれあがった代官山ユニットのフロアで、その神髄に少しだけふれることができたような気がする。

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 これまでの暖かな日差しの中で遊ぶ景色を過ぎ、夜の海の気怠さとその中での新たな想いを抱えた新作『アポリア』を引っさげての全国ツアー、ヴォーカル・ギターのフロントマン、クボケンジの地元でもある大阪での公演はチケットが早々にソールド・アウト。彼らの2年振りの勢いに多くのファンが詰め寄せていた。当日は期せずして、『アポリア』で鳴らされたような生暖かく気怠い天気だった大阪は、彼らの素朴ながらも強かなショーと同時に夏を迎えたようだった。

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 それまでも公言していた'80sポスト・パンクのエッセンスにヘヴィ・ロック的なド厚い音圧で、一心不乱に木々をなぎ倒して突き進む鈍獣のように、およそ30分の収録時間を、聴く者に直球で訴えるようでありながら同時に、どこかで安直な理解を欺こうともしているようなひねくれ気味の衝動でもってノンストップで突っ走る『1暴2暴3暴4暴5暴6暴、東洋のテクノ。』がリリースされてから初めてライヴを行う日に(厳密に見れば、24時を過ぎているので日時は翌日にまたがっているものの)名古屋と大阪で2公演をこなした0.8秒と衝撃。。この後者、大阪公演を観る機会に恵まれた。

 ライヴ中のMCでソングライターのフロントマン、ヴォーカルの塔山忠臣は、自身が当日の午前中に東京でバイトをしていたことも明かしていた。まとめると東京でバイト→名古屋でイベントに出演→深夜~早朝の大阪でもライヴと、怒濤のスケジュールになっていたわけだが、その疲弊など一切感じさせない、バンドとしてのダイナミズム、シニカルなステージング、ニヒリズムを匂わせながらもそこから確かに感じ取れるインディーとしての感覚などが感じられる圧倒的なショーだった。

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 生の震撼や硬直が、経験的苦境がその中にまで及ばないこの場所、不気味な規範の抑圧からの避難を許すと人々が信じているこの領域においてさえも、反照しているならば、生とは今日、なんと根本的に混乱したものであることか。人々への約束が果たされるのは、彼らが期待するものを拒否することによってのみなのである。(T.W.アドルノ『新音楽の哲学』より)

 セカンド・フルアルバム『TRANSPERSONAL』を引き下げてのツアーの4箇所目となる京都公演に密着してきた。会場は京都でも老舗のクラブでもあるメトロ。名古屋、福岡、広島でも手応えはあったみたく、昼2時過ぎに入り、リハーサルから覗かせてもらったが、以前に自分が観たときよりも圧倒的にバンドのグルーヴが太くなっており、そして、何より力強さと色香が増していたのが特徴的だった。旧曲も勿論いいが、新譜の中でもリフが印象的な「Effectual Truth」やポップでクールな「You're Blind」辺りは特に肉体性を帯びて、再写されることで、よりくっきりと輪郭が立体性をもって浮かび上がって、聴こえた。何より、メトロそのものの音響も良く、バンド・メンバーたちも納得している様子だった。寝不足気味というKENTもコンディションも良さそうで、彼も大学時代を過ごした京都での公演ということもあって、柔らかにリラックスした印象も受けた。

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 最新アルバムにして、一つの長編小説である『真昼のストレンジランド』をリリースしたグレイプバインの大阪、彼らのホームタウンでの公演。それは、ストレンジランドへと誘うグレイプバイン主催のエクスカージョン(ショート・トリップ)であり、一つのお芝居であり、単なるエンターテインメントとしてのライヴ・ショーを超えた素晴らしい見世物でもあった。

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 まずは鴨田潤の新作『一』について紹介しよう。


 本作は、ラッパーであるイルリメが本名の鴨田潤名義でリリースした、自主制作CD-R『ひきがたり』に続くフル・アルバムとなる。


 鴨田自身の声と最小限の伴奏とで構成されたこのアルバムで描かれた風景は、日常的な出来事も、珍しい出来事もある。


 日常的な出来事では、部屋に引っ越してきた当日と出て行く前日の風景と心情を描いた「空部屋」(M-9)が、特別な出来事が起こらないのにも拘わらず聴き手に余韻を残す。また、恋人とのやりとりという同じモチーフでも、「昨日は、」(M-2)では恋人とのちょっとした諍いと仲直りを爽やかに描いている一方で、「無理問答」(M-4)では、気持ちは分かるけれども今はちょっと待ってという気持ちを"無理!"というフレーズを多用することでユーモラスに表現している。


 珍しい出来事では、朝のバスに現れた顔なじみのおかまをめぐる「おんなのおっさん」(M-5)が哀愁を漂わせつつ、主人公の視線が優しくも凛々しく、題材が題材なのに清々しい印象を残す。そしてアルバム最後の16分超の大作「プロテストソング」(M-10)が圧巻。久々に実家に戻った際に父親が若き日に吹き込んだカセットテープを見つけ、それを聞いた主人公と父親との交流を描く。この曲では父親の曲が曲中曲として歌われており、親子のやりとりに深みが出ている。


 共通しているのは、そこにいる主人公達がそれぞれに地に足の付いた行動を取っているところだ。過度にドラマティックにならず、出来事に対して真正面から真摯に向かっている。そのためか、聴き手は自然に主人公達の視線を共有することができる。


 強調したいのは、冒頭の「Magic Number」(M-1)。曲が始まると、鴨田のヴォーカルを重ねたコーラスが聞こえてくる。"魔法のような瞬間を 君が今 呼び寄せた"という歌詞、その"魔法のような瞬間"を体現するかのような、優しく儚いコーラス。対照的に歌詞部分のヴォーカルはラップのスタイルで、力強い。ごく私的な、しかし本人にとっては奇跡的な瞬間を描くこの曲が1曲目にあることで、私はこのアルバムの芯にある力強さが見えるように思った(余談も余談だけれど、アメリカのSF作家シオドア・スタージョンの『不思議のひと触れ』という短篇を連想しました)。