伊藤英嗣: January 2013アーカイブ

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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


全10~15曲で合計40~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


また、毎週木曜日22時からの初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、セレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこないます。


1月31日(木)~2月6日(水)に放送される第14弾は、デルフィック、電気グルーヴ、パーマ・ヴァイオレッツ、ジョニー・マーなどの新作をはじめとした全11曲。バンド・オブ・ホーセズとラ・ラ・ライオットの貴重な最新セッション、そして過去の名曲の数々も見のがせない!


昨年から今年にかけてのヴィデオが7曲、10年代もの00年代ものがそれぞれ1曲ずつ、80年代ものが2曲というバランスになってます。


放送日時は以下のとおり。


2013年1月31日 (木) 22:00-24:00 ※初回放送

2013年2月1日 (金) 12:00-14:00 ※再放送

2013年2月2日 (土) 14:00-16:00

2013年2月3日 (日) 18:00-20:00

2013年2月4日 (月) 16:00-18:00

2013年2月5日 (火) 16:00-18:00

2013年2月6日 (水) 18:00-20:00


なお、第15弾の初回放送は2月7日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年1月31日10時41分(HI)

2013年1月25日

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2013年1月25日更新分レヴューです。

YO LA TENGO『Fade』
2013年1月25日 更新
SATANICPORNO CULTSHOP 『AtoZ!!!!!Alphabet BusterS!!!!!』
2013年1月25日 更新
OKLobby『Resort』
2013年1月25日 更新
PAIR『Pair!』
2013年1月25日 更新
LINDSTROM & TODD TERJE「Lanzarote」
2013年1月25日 更新

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きのこ帝国『eureka』.jpg

 まず最初に告白しておくと、きのこ帝国にとって初の全国流通盤となった「渦になる」を初めて聴いたとき、お世辞にも愉快とは言えない感情を抱いてしまった。あれは一種の拒絶反応、例えば、今まで見たことがない存在に遭遇したときの気持ち悪さに近いものだったと思う。佐藤(VoG)の自意識過剰な言葉と、それを助長するシューゲイズ・サウンドとメロディーは、拭いきれない居心地の悪さを筆者に感じさせるものだった。


 しかし、それでもつい聴いてしまう、無視できない音楽をきのこ帝国が鳴らしているのもまた、事実なのだ。少なくとも、こうして聴き手の心を掻き乱し、本音を暴露させる以前の表現行為、何度触れてみても1ミリも興味を持てない粗雑な表現行為と比べれば、きのこ帝国の音楽はとても興味深く、惹きつけられるものだ。そう考えてしまうのは、触れると反射的に拒否反応を示してしまう表現にこそ新たな可能性があり、また、その反応自体を面白がる筆者の質ゆえなのかもしれないが...


 まあ、それはともかく、きのこ帝国の音楽が聴き手の心を根底から揺さぶり、すでに作りあげられた価値観に挑んでくるものであるのは確かだ。だからこそ、今では筆者にとってきのこ帝国は、"見逃したくない"と心の底から思わせるバンドのひとつとなっている。


 そして、そう思わせる所以の存在感を、『eureka』はまざまざと見せつけてくれる。従来のシューゲイズ・サウンドを引きつぎながらも、そのサウンドスケープは深みを増し、より多くの感情とそれにまつわる機微を多く含む作品となった。しかし、その結果として聴き手を蹂躙するような圧殺的アトモスフィアではなく、一種の心地良さをもたらしてくれるのだから、素晴らしい。


 その心地良さを象徴するのが「ユーリカ」だ。この曲は、荘厳なサイケデリアが特徴のシューゲイザーだが、そこにあるのはマイ・ブラッディー・ヴァレンタインの幻影ではなく、『Dummy』期のポーティスヘッドや、『Mezzanine』期のマッシヴ・アタックに通じるヒリヒリとした陶酔感である。そして、この陶酔感はおそらく、オープニングに「夜鷹」を収めることで増幅されている。


 太陽が登りかける深夜と早朝の間の風景が目に浮び、ひんやりとしながらも温もりを感じさせる音像が美しい「夜鷹」は、その音像に佐藤のスポークン・ワーズが乗った瞬間、風景がより立体的になり、まるでFPS(シューティング・ゲームの一種)をやっているときのような、あたかもその風景を自分が見ていると聴き手に錯覚させる。そういった意味で、「夜鷹」には聴き手の"自己同一化"を促す機能があり、それはジェームズ・ブレイク 『James Blake』と類似するものだ。


 言ってしまえば本作は、そんな「夜鷹」の余韻を最後まで引きずりながら聴くことになる。12曲目とはガラリと変わり、激情をそのまま吐きだしたような「春と修羅」が3曲目にあってもそれは変わらない。むしろ、「夜鷹」の余韻のなかに「春と修羅」があり、これらを経て「ユーリカ」にたどり着くからこそ、本作における「ユーリカ」の存在が際立つのではないだろうか? もちろんひとつの曲として聴いても「ユーリカ」は素晴らしいが、他の8曲と混ざることで、「ユーリカ」は真価のすべてを解き放つことができる。


 それにしても興味深いのは、「風化する教室」にある風通しの良さだ。物悲しさを漂わせる歌声が耳に残るのだけど、同時にきのこ帝国の"余裕"も感じとれる。それはアルバム・タイトルが示すように、きのこ帝国は向かうべき場所を"見つけた"から...かもしれない。だとしたら、本作の印象的なジャケットの目は聴き手側の一人称視点であり、そこには、"これから向かうべき場所へ行く私たちを見守ってほしい"というきのこ帝国からのメッセージが込められている、というのは考えすぎか? 



(近藤真弥)

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AUTECHRE『Exai』.jpg

 初めて、オウテカのライヴで踊ったとき、いわゆる、音色からなる楽理から身体性が逸脱し、恐慌的になる感じがとても心地良かった。


 体系化されず、ズレと分散、圧度が内在化される強い音のしなりが暗闇の中で認識できる音を越えて、一回性の非限定性に痺れる感覚とでも言おうか、具体性ではない抽象性の連関から零れる電子音とストイックで彫像的なフォルム、そこには例えば、エイフェックス・ツインのライヴで感じる痙攣的な悪寒と快楽は違う、重厚な感覚への刺激があった。


 2010年の『Oversteps』はそう考えると、彼らのスタイルがある種、確立もされており、音から浮かぶ行間、映像、独特の美学はオウテカ以外の何物でもない、そんなアンチ・メロディアス、硬度だけが高められた色味から、この新作『Exai』での2枚組、2時間を超える作品への架橋はどう捉えられるのだろうか。演繹して考えてみるに、これまでの軌跡をなぞりながらも、「混種」を思わせるとも感じられた。混種とは、アンドレ・ブルトンがアーシル・ゴーキーに関して語ったエクリチュール、つまりは、抽象内に具象がウロボロスの蛇のように喰い合いながら、そのフレームを敢えての物質主義的に表象してみせているような、そんな変拍子と奇妙なサウンド・レイヤーに彩られた無数の電子音が安易な出口を堰き止めている印象を受ける。


 周囲からのもっともらしい意味付けを拒否するような曲名群、「prac-f」、「vekoS」、「deco Loc」もこれまで通り「らしい」が、"アンティルテッド"にしない分だけといおうか、じわじわと原基配列の妙を指す意味と意味を抜ける不規則にして尖ったデザイニングを見せる音響は融和してもいる。


 今作は1枚目と、2枚目の明確な区分はあるようでないかもしれないが、1枚目は既存のオウテカ像を更新してゆくような要素も孕みつつ、2枚目は前衛性がより極められている感触も受ける。10分を越える曲もそれぞれにある。それでも、全体を通じて散らかったイメージをもたらせず、何度も繰り返して聴きたくなるのは彼らが常に通底している空気そのものの振動、と抽象的時間の構造を内破してゆくような思考の外部に「音」/「楽」があり、その様は例えば、ピエール・シェフェールの『音響オブジェのソルフェージュ』で展開される半ばの聴取者への放棄を奪回せしめる固有性を持っているともいえるからかもしれない。


 IDM、エレクトロニカ、ビート・ミュージックのカテゴリー名を軽く抜けて、オウテカという固有名がなぞられた充実作をこうして出す行為性そのものが美しく、ヘッド・ミュージックとしても最高度のヘドニズムを訴求する。



(松浦達)



【編集部注】『Exai』は2月27日リリース予定。

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guchon『45House Mix』.jpg

 最近"45ハウス"というジャンルをよく目にする。簡単に説明すると、33回転のレコードを45回転でプレイして曲を繋げていく、"ジャンル"というよりは"行為"だと認識しているのだけど、筆者もここ最近聴きはじめたばかりなので、正直詳しいことは知らない(D.J.Fulltonoツイートによると、大阪ではゲットー・ニュー・ウェイヴと呼ばれているそう)。そのうえで、サウンドクラウドなどにアップされている"45ハウス"のミックス音源を聴くかぎり、すごく面白いと思う。ハウスだけでなく、様々なジャンルがミックスされていて、シカゴのジャックな感覚と、ネットを介して過去と現在を行き来するようになった"今"の感性が入りまじっている。


 この"45ハウス"に関して、ジュークと日本語ラップが邂逅した『160or80』に曲を提供するなど、日本のジューク・シーンで活躍しているぐちょん(guchon)は、「個人的にはテクノの中にまだハウスもトランスもジャングルもIDMも内包されていたあの頃感を今のノリで解釈する最高のジャンルだと思ってます」とツイッターで発言しているが、様々な音楽的要素が45回転というフィルターを通すことで繋がってしまう"45ハウス"は、"インディー=ロック"という図式が成立しなくなったインディーの現状、そして、そのインディーとも交わり、他ジャンルへの影響力を発揮しつつあるジュークの隆盛など、あらゆるジャンルが混在した溶解的サウンドが目立つ現在の音楽シーンに促される形で、注目を集めているのかもしれない。


 そんな"45ハウス"の良さを上手く表現している本作を聴いて思ったのは、異なる音楽が交わる瞬間そのものに興奮する者なら、誰でもコミットできるのではないか? ということ。それこそ、《Not Not Fun》や《100% Silk》を中心とした、テン年代以降のバレアリックなインディー・ダンスにハマる者、それからセカンド・サマー・オブ・ラヴ期のアシッド・ハウス、デイヴ・ハスラムの言葉を借りれば、「ハウスやテクノが聴けただけじゃなく、ヒップホップのレコードや、ニュー・オーダー、それに、イタリアのプロダクション・チームが作ったユーロ・ディスコの曲、なんでも聴けた」(※1)時代に熱狂した人たちまで、数多くの人を巻きこめるような気がする。ゴルジェもそうだけど、こういう奔放なノリが日本で受けいれられている状況は見ていて本当にわくわくするし、ひとりの音楽ファンとして嬉しいことだ。



(近藤真弥)




【編集部注】『45House Mix』はguchonのサウンドクラウドからダウンロードできる。




※1 : ピーター・フック著『ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側』282頁より引用。

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ブロードキャスト―.jpg

 2010年に発行された平倉圭氏の『ゴダール的方法』での解釈論や示唆した内容は興味深い部分があったと思う。全体を通読すると粗さも感じたが、再帰と意図を逸れた連結、映像と音楽のズレと「間」に潜む生成文法、そこでの文法が輻射するイメージの破片は寧ろ類似と揺らぎの中で、不明瞭な知覚の緊張と受苦を感じさせること。そういう文脈で考える導線を敷けば、視角はときに変わり得ると思うからだ。


 もはや老舗になったUKのレーベル《Warp》に属するアーティスト、例えば、エイフェックス・ツイン、オウテカ、スクエアプッシャー、クラーク、プレフューズ73などの一時期の作風、敢えて90年代後半から00年代半ばと区切ってもいいだろうか、そこで展開されたIDM、エレクトロニカをベースに同期から目まぐるしく非・同期性を帯び、畳み掛けられる音像には一種の「受苦」と聴覚の幅を広げてゆく、そんな背反的な快感が併存していた。


 その中でも、ブロードキャストは甘美にして不穏の漂うサイケデリアを基軸に、エレクトロニクスとノイズ、そして、トリッシュ・キーナンのアンニュイで、ニコやフランソワーズ・アルディを彷彿とさせる無比なボーカルが狭間で振れる心地良さがあった。そして、音そのものの解像度が静かに歪んでゆくような不安は特有のものが包含されており、ときにモンド的に、スペーシーに、スウィートなメロディーを主にしたポップネスまで自在に、実験性と前衛性を跨ぎながらも、難解さを迂回する柔和で捻じれたサウンドが研磨されてゆく過程は常に興味深かった。バンド体制であった当初からその後はメンバーが減り、トリッシュとマルチ・インストゥルメンタリストのジェイムズ・カーギルのデュオとしてプロジェクト名のような体裁になっていたが、トリッシュは周知のように、2011年に42歳の若さで亡くなってしまう。


 その彼女の死へは多くのミュージシャンから哀悼の意を寄せられ、いまだにミュージシャンズ・ミュージシャンとしてブロードキャストは不世出の存在であるともいえるが、この『Berberian Sound Studio』はピーター・ストリックランドの同名映画内の劇中映画「The Equestrian Vortex」用として当初は作られながら、結果的には全体に使われるサウンドトラックであり、全39曲というヴォリュームで短尺のものも多いが、手触りとしては彼らのオリジナル・アルバムとしても捉えられる音響美が存分に内包されている。また、トリッシュの生前に作られたブロードキャストとしての作品の意味も大きい。


 スペーシーなシンセ、劇中の会話の加工、アンビエンス、細かく行き交う電子音の粒子、ドローン、サイケデリア、ダヴ、グリッチ、ノイズ、賛美歌のようなドリーミーな旋律、仄かに浮かぶトリッシュの声までが渾然一体となって、映画そのものを見るように、一つのコンセプチュアルなアルバムとして捉えることができるような、そんな充実した内容になっている。メロウながらも危うい彼岸を思わせるサウンドは、昨今のチルウェイヴやアンビエントの揺蕩いとは一線を隔て、彼らのこれまでの来歴と轍を今の温度に刻む確かな何かがあり、独自の文法生成からのイメージの断片群が類似と揺らぎを聴き手に訴求する。


 例えば、フィルム片が切り取られたあとの無音映画に混じる外在する雑音、その片を集めた非・連結な内在する緊張の音そのものが立ちのぼる瞬間も含めて、もしも、この作品を通じてブロードキャストという名前を初めて知ったならば、また、久しぶりに名前を聞いたとしたならば、過去のカタログも是非、巡って欲しいとも思う。


 彼らの蒔いた種は世界に確実に伝承されているのを感じる、芳醇な作品になっている。



(松浦達) 


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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


全10~15曲で合計40~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


また、毎週木曜日22時からの初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、セレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこないます。


1月24日(木)~1月30日(水)に放送される第13弾は、彼らと同世代...もしくは先輩格の同郷アーティストの名前が次々登場するトム・トム・クラブ(トーキング・ヘッズのスピンオフ・ユニット)の新曲に敬意を表した「ニュー・ヨーク・ロッカー特集」!


ラモーンズに始まって、ラストをしめくくるトム・トム・クラブの新曲まで、全13曲。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、モダン・ラヴァーズ、現在来日中のパティ・スミス、テレヴィジョン、スーサイド、ソニック・ユース、MGMT(によるレコード化されていないニュー・ヨーク・ロックのカヴァー曲)などがかかります。


今回は企画の内容上、昨年から今年にかけてのヴィデオは2曲のみ。10年代もの00年代もの90年代もの80年代ものがそれぞれ1曲ずつ、70年代ものが6曲、60年代ものが1曲...というバランス。放送日時は以下のとおりです。


2013年1月24日 (木) 22:00-24:00 ※初回放送

2013年1月25日 (金) 12:00-14:00 ※再放送

2013年1月26日 (土) 14:00-16:00

2013年1月27日 (日) 18:00-20:00

2013年1月28日 (月) 16:00-18:00

2013年1月29日 (火) 7:00-9:00

2013年1月30日 (水) 18:00-20:00


なお、第14弾の初回放送は1月31日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年1月24日13時23分(HI)

2013年1月18日

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2013年1月18日更新分レヴューです。

JIMANICA『Torso』
2013年1月18日 更新
JAKE BUGG『Jake Bugg』
2013年1月18日 更新
MARIZA『Fado Tradicional』
2013年1月18日 更新
THE MILK『Tales From The Thames Delta』
2013年1月18日 更新
JACK DICE「Block Motel」
2013年1月18日 更新

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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


全10~15曲で合計40~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


また、初回放送時、最初にセットリストが一巡するまで、セレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこないます。


1月17日(木)~1月23日(水)に放送される第12弾セットリストは、話題のニュー・フェイス、ジェイク・バグで始まり、初音階段(非常階段+初音ミク)などをへて、ポスト・パンク・ポップの始祖ヤング・マーブル・ジャイアンツで終わる、全12曲。


昨年から今年にかけての「新曲」的なものが5曲、10年代ものと00年代ものが1曲づつ、90年代ものと80年代ものが2曲づつ、70年代ものが1曲、というバランスになっています。


放送日時は以下のとおり。


2013年1月17日 (木) 22:00-24:00 ※初回放送

2013年1月18日 (金) 12:00-14:00

2013年1月19日 (土) 14:00-16:00

2013年1月20日 (日) 18:00-20:00

2013年1月21日 (月) 16:00-18:00

2013年1月22日 (火) 16:00-18:00

2013年1月23日 (水) 18:00-20:00


なお、第13弾の初回放送は1月24日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年1月17日21時26分(HI)

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グナワディフィージョン―.jpg

 昔のこと、ビロードの上に春が来るとき、それは多くの民主化運動の隆盛とともに、カオスが紛れ込んだ気配が孕んでいた。昨今のアラブの春を巡り、彼らの祖国たるアルジェリア独立50周年の夜明け前に、一度は2006年に15年間の活動を終え、解散したバンドが10年振りに回帰せしめた気概にまず胸が打たれる。


 紛れもなく、グナワ・ディフュージョンの新しいオリジナル・アルバムとして聴くべき作品自体は充実した内容になっている。当初は、グナワ・ディフュージョンとして作られるのではなく、中心メンバーたるアマジーグ・カテヴのソロとして用意していたともいうが、こうして上梓されると、グナワ、シャービ、ラガなどを跨ぎ、軸はロックとして鋭さを保っているという意味でレヴェル・ミュージックと大衆のための祝祭性、ハレを用意せしめているのは意趣深い。


 また、アラブの諸国で連関して起こる問題とは歴史的背景、一部集権のシステムを差し引いたとしても、<反>への副文脈が蘇生されるまでのタイム・ラグの下、時代が持つ多国籍的な共犯性を暴こうとするサブ・スキームは看過できない。


 そもそも、「ワールド・ミュージック」という便宜、恣意的なカテゴリーの中、90年代からフランスのマグレヴ(北アフリカ諸国)という出自の不世出のミクスチャー・バンドはマヌ・チャオやバルカン・ビート・ボックスの影に隠れがちでもあったと言えるかもしれない。オリエンタリズム的な色眼鏡で対象化をはかられることもあっただろうに、バンドとして『Shock El Hal』(日本語タイトル、『時代の棘』)に至る経緯は歳月だけが解決しえない、今の温度に適合するためのグルーヴと熱量に溢れている。これまで以上に、キーボード、エレピ、DJ的なセンスが入り、現代性にアップデイトされているためか、土着性を昇華し、スムースかつジャジーに研磨されているが、果たして、この「洗練」をしてグローバリズムへの内部化への道筋と言えば、精緻には違い、内破の構造に近い気もする。


 アラブの春は、遠い春だったのか、文献を幾ら読んでも、例えば、現地に行っても、分かり得ない重みがあるが、その重みをこうして音楽に等価交換、アウトプットして、中指を立て、あくまで高尚に抜けない剛毅な意思に縁取られた響きが巡り、そこで、聴衆たちは踊ることができる。その意味の方が大事なのだと感じるからだ。


 先進国、欧米流の手法が「全部」でも、「部分」でもなく、また、「帝国」と呼ばれる概念が」ネグリ=ハートを援用した上でのいま起こっているのは、主権たるネーションが「帝国」というグローバルな支配権に統合される過程かもしれない、と捉えるには9.11から時間は流れてもいる。ネットワークのようにシナプス的にグローバル化が地表化し、そこでの国家の決定権は実は「誰にもない」という問題意識に対しての鏡像の模写を行なう意味付けからマルチチュードという概念は前景する。


 マルチチュードのモデル化が為される意味の附箋を貼れば、<反>さえも帝国に内包されるディレンマはありはしないか、という疑義は問われ続けるべきだとも思う。


 音楽とは、あくまで社会的制約から自由を目指す。


 荒野に立ってしまう要素を含んだとしても、その荒野で何らかの祭祀は行なわれるだろう。この作品から見える自由は、どんな環境、場所で呼吸をしている市井へ寄り添い、また、政治意識が高い、高くないを別次に仮置き、自然と猛る音で空気を揺らす。ここで展開される音像に感応するだけで、春を待つことができる想いは強まる。



(松浦達) 

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