GRIMES『Art Angels』(4AD / Hostess)

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 ビヨンセやロードが自らをフェミニストだと公言し、同性愛者であることを告白しているサム・スミスは、第57回グラミー賞で4冠を果たした。チャーチズのローレン・メイべリーは、ネット上での女性蔑視に対する批判を積極的に語り、音楽以外でも興味深い活動をおこなっている。


 一方で映画界。マシュー・ヴォーンの『キングスマン』(2014)は、誰を生かすか恣意的に決める傲慢な強者の選民思想にNOを突きつけ、ナンシー・マイヤーズの『マイ・インターン』(2015)は、〝男らしさ〟や〝女らしさ〟といった、従来のジェンダー観に疑問を投げかけた。スタイリッシュな映像と共に、マイノリティーが受ける抑圧を描いてみせるグザヴィエ・ドランも忘れてはいけない。映画『マトリックス』シリーズで知られるウォシャウスキー姉弟が、ジェンダー、差別、偏見、貧困などさまざまなテーマを取りいれたドラマ、『センス8』(2015)という傑作を作りあげたのも記憶に新しい。


 そして、アンドレイ・ペジックやハリ・ネフなど、トランスジェンダーのモデルが世界を席巻していたりもする。これが、2015年のエンタメ界、ひいてはポップ・カルチャーの現在だ。


 こうして昨今のエンタメ界やポップ・カルチャーをざっと眺めてみると、既存の価値観や固定観念を解きほぐす動きが目につく。そのなかで多彩な表現が多く生まれ、面白い動きもたくさん見られる。もちろん筆者は大歓迎だ。最近よく見かける〝ポリティカル・コレクトネス〟という言葉にしても、表現の幅を狭めるものではなく、表現の幅をより豊かにするための概念だと思う。〝昔は許されたのに!〟みたいな言い訳で、〝ポリティカル・コレクトネス〟を否定するなんて愚の骨頂。


 しかし、こうした世界的な動きに、ここ日本は追いついていないように思える。たとえば、先日公開されたばかりの『ギャラクシー街道』。この映画は三谷幸喜によるものだが、〝スペース・コメディー〟という体裁を隠れ蓑に展開される性的表現がいちいちゲスい。これでは、差別や偏見に満ちていると言われてもしょうがない。特に、登場人物のひとりムタの描写なんて、買春そのもの。またひとつ、「いまは2015年だぞ...」と呆れはてる映画が生まれてしまった。フジテレビのドラマ『問題のあるレストラン』や、現在日本テレビで放送中の『偽装の夫婦』など、興味深い作品もあるにはある。だが、牛を擬人化したことで問題となった『ブレンディ』のCMを見てもわかるように、まだまだ日本では、ジェンダー、差別、偏見、さらにはこれらの根幹となる人権意識が低いと言わざるをえない。


 グライムスことクレア・バウチャー。彼女は、3枚目のアルバム『Visions』(2012)を4ADからリリースしたことがキッカケで、世界的なポップ・スターになった。1枚目の『Halfaxa』(2010)、2枚目の『Geidi Primes』(2010)と、基本的に彼女の作品はすべて歌もの。ただ、『Visions』が前2作と決定的に違ったのは、彼女のヴォーカリストとしての表現力が格段に高まり、メロディーを強調した曲も多かったこと。ゆえに『Visions』は、多くの人に届くキャッチーさを獲得できた。デビュー時からカルト的な人気を得てはいたが、『Visions』によって、その人気を幅広いものにしたというわけだ。


 一方で彼女は、歯に衣着せぬ発言でも注目を集めてきた。性差別を受けたことで音楽業界に対して幻滅したとFADERに語り、2014年には、筋萎縮性側索硬化症協会への寄付を募る活動として、日本でも話題になったアイス・バケツ・チャレンジを拒否した。拒否した理由について彼女は、当時カリフォルニア州で起こっていた水不足の問題を引きあいに、そうした問題があるのに水を浪費するのは適切じゃないと語っている。代わりに彼女は、教育こそが世界中に蔓延るさまざまな問題を解決するために重要として、マララ基金に寄付した。さらに最近では、地元カナダで今年10月におこなわれた総選挙へ行くよう呼びかけた。彼女は、スティーヴン・ハーパー前首相(と彼が率いる保守党)を退かせたいという立場だった。その右翼的な政策に多くのカナダ国民が不満を持っていたようだが、彼女もそのひとりだったのだろう。反同調圧力的に、自分の意見を積極的に語る彼女の姿勢は、なにも突然生じたわけではない。たとえば、先述したFADERのインタヴュー以前にも、自身のタンブラーなどで女性アーティストに対する性差別や偏見への怒りを述べている。このような姿勢をさまざまな形で示している彼女もまた、「既存の価値観や固定観念を解きほぐす動き」を象徴するひとりなのは言うまでもない。ちなみに、同じくカナダ出身のグザヴィエ・ドランも、ハーパーには良い印象を持っていなかったようだ。保守党が総選挙で負けたため、首相の座から降りることになったハーパーへ向けて、ツイッター上でユーモアたっぷりの〝バイバイ〟をプレゼントしている


 『Visions』以来となる彼女のニュー・アルバム、『Art Angels』を繰りかえし聴いている。端的に言うと本作は、2010年代を代表するアルバムの1枚であり、傑作だ。まず、『Visions』以上にポップでキャッチーな曲が多いことに驚かされる。歌メロやシンセ・リフは〝ベタやなあ〟っと呟きたくなるほどシンプルで、1度聴けば覚えてしまう。かつてのカオスは一切ない。文字通り、ど真ん中のポップ・ソング集。MVで先行公開された「Flesh Without Blood」なんて、テイラー・スウィフトの「Shake It Off」を想起させる曲調だ。ビートも、なんとなく似ているような...。ヴォーカリストとしての表現力にも、ますます磨きがかかっている。全曲歌い方が異なり、それゆえこれまでの作品群とは比べ物にならないほどカラフルなヴォーカルを楽しめる。


 ヴォーカルといえば、「REALiTi」での歌い方がすごく面白い。それは次の箇所。


〈Oh, baby, every morning there are mountains to climb  Taking all my time Oh, when I get up, this is what I see Welcome to reality〉(「REALiTi」)


 この箇所での歌い方が、さながらJ-POPなのだ。日本のポップ・ソングには、日本語の特性上、メロディーの1音に対して1文字を割りあてたものが多い。一方で英語の場合、1音に対して1単語を割りあてたものがほとんどだが、この箇所だけは、メロディーの1音に対して1文字を割りあてたものに近い。だからこそ、〝さながらJ-POP〟と言ってみた。もちろん、日本語と英語は特性が異なるため、〝まったく同じ〟というわけではない。とはいえ、〝似ている〟というだけでも興味深いと思う。彼女は、インタヴューなどで日本のカルチャーに対する愛を幾度も公言しているが、その愛を深めるなかでJ-POPに触れていても不思議ではない。逆に、子音が強調されることで、日本語でも英語的に聞こえるのが宇多田ヒカルの「Automatic」(1999)。この曲と「REALiTi」を関連させて、いろいろ考察してみるのも面白そう。


 Entertainment Weekly(エンターテイメント・ウィークリー)のインタヴューで彼女は、本作の曲はヴァンパイアのギャングの視点から書かれたと語っている。いわば本作は、寓話的な性質を持った作品だというわけだ。しかし、ラストを飾る「Butterfly」は、このような一節で幕を閉じる。


〈If you're looking for a dream girl I'll never be your dream girl(もしあなたが理想の女の子を探しているとしても 私はあなたの理想の女の子には絶対にならない)〉(「Butterfly」)


 この一節は、グライムスでもヴァンパイアのギャングでもない、クレア・バウチャーというひとりの人間による力強い宣言だ。すでに何度か引用したFADERのインタヴューで彼女は、芸術に関しては誰かに合わせる必要はない、でも人には見てもらいたいという旨を率直に述べている。こうした考えは、作品はもちろんのこと、ライヴ・パフォーマンスにも表れている。ポップ・スターになり、たくさんの人脈を得た現在でも、彼女は基本的にひとりで機材を操り、マイクを握る。筆者は彼女のライヴを生で観たことあるが、その姿は本当に忙しない。YouTubeなどで観れるライヴ映像では、汗だくな姿も見た。それはまるで、〝自分はここまでできる!〟ということを必死にアピールしているかのよう。なぜ、ここまで必死になれるのか? 音楽業界で味わった性差別、あるいはもっと純粋な承認欲求、さまざまな要因が複雑に絡んでいるのだろう。だから筆者には答えがわからない。それでも確実に言えるのは、彼女にとって境界線など存在しないに等しく、だからこそ〝自由〟だということ。それは、ヒップホップ、テクノ、インダストリアル、ロックなどが細切れにされたうえで交雑した、彼女の音楽性からもうかがえる。以前、『Visions』のレヴューでも書いたことを引用すれば、「歴史やルールから逸脱」したポップ・ミュージック。現在27歳の彼女は(奇しくも筆者と同い年)、ナップスターのような音楽サービスが子供の頃からあった世代。その世代が音楽を作るようになった2010年代から、ひとつのジャンルでは括れない、キメラのようなポップ・ミュージックが急激に増えたのは、おそらく偶然じゃない。くわえて彼女は、音楽制作に関する教育を一切受けていない。このことも、セオリーや常識とされるものにとらわれない音楽性に繋がった一因だろう。そんな彼女が、2010年代を代表するポップ・スターになり、「既存の価値観や固定観念を解きほぐす」存在となったのは、必然なのだ。


 2015年11月4日、カナダで10年ぶりの政権交代を果たした自由党のジャスティン・トルドー新首相が、新内閣発足の会見をおこなった。この内閣が注目を集めたのは、男性15人、女性15人の男女同数だったこと。さらに、若手からベテランまで幅広い選出がなされ、アフガン難民としてカナダに移住してきたマリアム・モンセフや、先住民の血を引くジョディ・ウィルソン・レイブルドなど、顔ぶれが多彩なのも驚きだった。このような内閣にした理由を記者に訊かれたトルドーは、こう答えたという。


「2015年だからね(Because it's 2015)」(※1)


 世界は確実に変化している。



(近藤真弥)



【編集部注】『Art Angels』の国内盤は12月11日リリース予定です。



※1 : この発言が飛びだした新内閣発足会見の様子は、CBCのニュース記事で見れます。

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