LITTLE SIMZ『A Curious Tale Of Trials + Persons』(Age 101)

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 言葉は面白い。たとえば、〝彼女いるの?〟ではなく、〝恋人いるの?〟と訊くだけで話のレンジが広がる。さらには、使い方次第で多彩な風景を生みだすこともできる。


 日本語だけをとってみても、その魅力はわかるはずだ。ここでは類語を例にするとして、〝お礼〟の類語をいくつか挙げてみる。〝謝礼〟〝謝儀〟〝謝意〟〝感謝〟などなど、たくさんある。こうした数多くある言葉の中から、自分にとって最適なものを選び、相手に意志を伝える。そして、この意志こそが、〝個性〟である。その個性を作るための言葉選びは、何者にも制限されることがない自由なものだ。


 しかし、ツイッターやフェイスブックに投稿される言葉を見ていると、その〝自由〟を自ら放棄しているのか? と勘繰ってしまうものが多すぎて、げんなりする。それは言うなれば、安易に単純化されたがゆえ、不必要に他者をなぶる暴力性を帯びてしまった言葉たち。


 最低限の生活すらも送ることが難しくなりつつある〝不自由な現在〟において、言葉選びの自由が持つ多彩さは、不安や抑圧に対抗する武器になる。そしてこの武器は、異なる価値観を持つ者たちを繋ぎ、不安や抑圧と戦うための支えになってくれる。そんな素晴らしい支えをやすやすと手放すなんて、本当にもったいない。


 もちろん、手放さない者もいる。それが、去年『Everybody Down』という傑作をリリースしたケイト・テンペストであり、このたび最新アルバム『A Curious Tale Of Trials + Persons』を発表した、リトル・シムズだ。


 リトル・シムズは、ロンドンを拠点に活動するラッパーで、ナイジェリアをルーツに持つ。これまでに彼女は数多くのEPやミックス・テープをバンドキャンプで発表してきたが、実は役者として、『Spirit Warriors』(2010)という子ども向けのTVドラマに出演したこともある、興味深いキャリアの持ち主。


 そんな彼女の言葉は、詩的かつ内省的なものとなっている。人にまつわる機微をすくいとり、それが色濃く反映された物語を描く言葉は、とても複雑だ。直截的なスローガンなども、ほとんどない。だが、その複雑さに批判をくわえるのはお門違い。そもそも、人という生き物が単純ではないからだ。喜怒哀楽に収まらない感情をいくつも備え、それゆえ他者と衝突することもある。こうした人の矛盾や罪も、彼女は受けいれてみせる。こうした、複雑なことを複雑なまま表現する誠実な姿勢は、先述のケイト・テンペストや、『A Grand Don't Come For Free』(2004)という2000年代を代表するアルバムを生みだした、ザ・ストリーツことマイク・スキナーに通じるものだ。


 複雑さを単純化しない本作は、安易な希望や共感を訴えたりはしない。むしろ、多くの人が目を背けがちな側面を見せるという点では、聴いていてヘヴィーな気持ちになるはずだ。しかし、それでも言葉を紡ぎ、顔も見えない誰かにメッセージを伝えるという姿自体が、希望になりえる。もっと言えば、だからこそ本作は、多くの人を奮い立たせる知性とパワーで満ちている。


 先に筆者は、「彼女の言葉は、詩的かつ内省的」と書いた。しかし、だからといって、本作のベクトルが〝外〟へ向いていないというのは違う。確かに、2曲目「Wings」の冒頭で、リトル・シムズは次のようにラップする。


〈これは私の物語(This is my story)〉


 ところが、彼女はその言葉をすぐさま、〈wait, nah(いや、そうじゃない)〉と退ける。そのあと紡がれるのが、次の一節。


〈これは私たちの物語(This is our story)〉


 そう、本作の物語は、リトル・シムズという〝私〟のものであると同時に、〝あなた〟のものでもある。〝my(私)〟から〝our(私たち)〟への変化。些細な変化だが、この変化が本作にダイナミズムをもたらしている。〈これは私たちの物語〉以降に飛びだすフレーズも書いておこう。


〈これは私たちの王国(This is our kingdom)〉

〈これは私たちの自由(This is our freedom)〉

〈これは私たちの苦闘(This is our struggle)〉


 他にも、〝痛み〟〝愛〟〝場所〟などが〝私たち〟のものとして登場する。最後に、ふたたび〈これは私たちの物語〉と念を押すようにラップされ、「Wings」は幕を閉じる。全曲必聴の本作だが、迫力という点では「Wings」が群を抜いている。


 「Wings」が終わると、〈あなたも死体を見たい?(Do you wanna see a dead body?)〉(「Dead Body」)など、人が持つ負の側面を聴き手に突きつける曲や、孤独や哀しみをモチーフにした寓話的な曲が次々と鳴り響く。また、その寓話に、宗教的な世界観を用いることが多いのも興味深い。「God Bless Mary」はタイトルからしてそうだし(〝Mary〟は聖母マリアのこと)、〈私の翼を返して(Give me back my wings)〉という一節がある「Wings」は、天使が元ネタだ。本作でのリトル・シムズは、さながらプリーチャー(伝道者)である。


 本作は、〝人〟という存在にどこまでも迫った、非常にストイックな内容だ。それゆえ、他人の言動を盲信するだけの無知な姿勢に胡座をかくことはせず、己の醜い部分を隠して知らん顔という卑しい真似もしない。リトル・シムズは、己の醜い側面もしっかり見つめている。


 こうした内容だからこそ、本作は国を越えてあらゆる場所に届くのだ。多くの問題を抱え、〝ブロークン・ブリテン〟と言われて久しいイギリスはもちろん、何かと大変なここ日本にも。



(近藤真弥)

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