KUEDO「Assertion Of A Surrounding Presence」(Knives)

| | トラックバック(0)
Kuedo ‎- Assertion Of A Surrounding Presence.jpg

 クエドことジェイミー・ティーズデールのファースト・アルバム『Severant』(2011)は、実に素晴らしい作品だ。ローランドのTR-808というドラムマシーンを大々的にフィーチャーし、アフリカ・バンバータに通じるエレクトロや、当時はまだ物珍しいスタイルだったジューク、さらにはデヴィッド・ボウイ『Low』(1977)を連想させる冷ややかなシンセ・サウンドも見られるなど、多くの要素が詰まった作品だ。ジェイミーはかつて、ローリー・ポーターと組んでいたヴェクスドというユニットでダブステップ黎明期を盛りあげた男だが、ソロ作品では、ダブステップやベース・ミュージックの要素をあくまで〝ひとつのパーツ〟として扱い、主にIDMやアンビエントの要素を強く打ちだしてきた。ゆえにダンスフロアに適したプロダクションでありながら、ホームリスニングでじっくり味わうタイプの作品に仕上がるという良質な折衷性を実現してきた。そういった意味でクエドの音楽は、幅広い層に受けいれられる可能性を秘めている。ただ、その可能性が〝秘められている〟ままなのが、難点といえば難点だった。


 しかし、そんなクエドの難点は、最新EP「Assertion Of A Surrounding Presence」では解消されている。まず、本作で目を引く曲は、「Case Type Classification」。ジュークに通じるビートと低音が効いたトラックで、ダンスフロアで抜群の威力を発揮するだろう。わかりやすい展開はなく、音の微細な変化でグルーヴを生みだす手法は決して派手とは言えない。だが、執拗に反復されるキックと、その周りを飛びまわる磨きぬかれた音だけで、平熱の高揚感を作りあげる手腕は実に見事。リヴァーブやディレイといったエフェクトの使い方も秀逸だ。聴くたびに新たな発見があり、ダンスフロアだけでなく、ベッド・ルームでひとり集中しながら楽しみたい曲でもある。


 そして、本作を語るうえで見逃せないのは、「Border State Collapse」や「Eyeless Angel Intervention」でうかがえる、インドネシアの民族音楽ガムランの要素だ。特に「Eyeless Angel Intervention」は、もろにガムランなフレーズを衒いなく用いており、そこに冷たくも耳心地がよいシンセ・サウンドが交わることで、ミニマルかつ神秘的なサウンドスケープを描いてみせる。この曲は、クエドがネクスト・レヴェルに突入したことを告げる、本作のなかでも屈指の良曲。


 また、すごく嬉しいのが、「Event Tracking Across Populated Terrain」でローリー・ポーターとコラボレーションしていることだ。そう、先に書いたローリー・ポーターである。ヴェクスドは事実上活動休止状態なだけに(それゆえジェイミーも〝元ヴェクスド〟と紹介されることが多い)、このコラボレーションはヴェクスドのファンにとって嬉しいニュースになるはずだ。


 こうした嬉しいトピックもある本作には、ダンスフロアはもちろんのこと、ベッド・ルーム、通勤通学中の電車内などなど、あらゆる場面で通用する全方位型のサウンド・プロダクションが施されているし、そのぶん聴きごたえもある。ただ、車の運転中に聴くのはオススメしない。本作の鋭くも気持ちよい高揚感に身を支配されると、最悪の場合ハンドル操作を誤り大事故に繋がりかねないからだ。それほどまでに本作の高揚感は、美的かつ陶酔的なのだ。そういった意味で本作は、〝死〟と隣りあわせの危険な魔力をまとった作品とも言える。



(近藤真弥)

retweet

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: KUEDO「Assertion Of A Surrounding Presence」(Knives)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://cookiescene.jp/mt/mt-tb.cgi/4119