GABI『Sympathy』(Software)

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 先日、湯島にある行きつけの呑み屋で、Autonomous Sensory Meridian Response(オートノマス・センサリー・メリディアン・レスポンス。以下 : ASMR)について話をした。ASMRとは、音に対する偏愛的な反応を指す言葉。具体的には、インターホンの音や本のページをめくる音など、普段は注意深く耳を傾けることが少ない日常の音に刺激を受け、興奮したり気持ち良いと感じることが、ASMRというらしい。著書『Mind Hacks ―実験で知る脳と心のシステム』(2005)で知られるトム・スタッフォードが言及したりと、学者たちの間でASMRが話題になることも少なくないが、いまのところ、ASMRの効果やメカニズムは科学的に証明されていない。そもそも、一種のフェティシズムともいえるASMRには、好き嫌いが存在する。すべての人がインターホンの音を好むわけではないし、むしろ不快感を抱く人もいるだろう。しかし、バンドキャンプで〝ASMR〟と検索してみると、出てくる出てくるASMRな音。エアコンやヘアドライヤーの音を30分ほど収録したものがたくさん売られている光景は、常軌を逸した異様な雰囲気が漂っていて、なかなか面白い。


 とはいえ、こうした音に対するフェティシズムは、決して珍しいものではないと思う。TB-303のビキビキと鳴る音が気持ち良い、誰々の歌声は心地よいというように、何かしらの〝音〟に強く惹かれることは少なくない。もう少し深く潜ると、「オナニーにはどんな音楽がいいか研究していて、ジェイムズ(・ブレイク)がいちばんイケるんです」(※1)と述べる水谷茉莉(普段は東京の中小メーカーに務めているそうです)のような女性もいるし、催眠術を応用したオナニーができるという〝催眠音声〟なるものもある。いわば、音に対するフェティシズムは、多くの人の興味を惹きつけてきたテーマだと言える。


 こうしたフェティシズムの視点から筆者は、ガビことガブリエル・ハーベストのデビュー・アルバムである本作『Sympathy』を愛聴している。本作は、ヴァイオリン、ヴィオラ、ギター、ベースなどの楽器を用いているが、基本的にはガブリエルの〝声〟が大きな割合を占めた楽曲がほとんど。先に挙げた4つの楽器は彼女の声の引き立て役でしかない。あくまでも主役は、伸びのあるハイトーンな声質を特徴とする彼女の声である。


 また、そんな声を支えるサウンド・プロダクションもシンプルかつ秀逸で、彼女の声を上手く引き立てている。彼女の声を調整するというよりは、彼女の声をできるだけ〝そのまま〟録ったようなプロダクションになっていて、それゆえ些細なリップノイズや彼女の呼気も聞こえてくる。実を言えば、このリップノイズや呼気をヘッドフォンで聴いていると、すごく官能的、もっとあけすけに言ってしまえば〝エロい〟と感じてしまう。これを〝オカズ〟にイケるかは試してないから、本作がオナニー向きだとは断定できないが、少なくとも、「ジェームズ・ブレイクでイッたときも、こういうフィーリングに包まれたのかな?」と想像したのは隠しようのない事実。


 彼女が過去に、大友良英とマルタン・テトローが主催の〈ターンテーブル・ヘル・イギリス・ツアー〉に参加したことでも有名なマリナ・ローゼンフェルドや、ビョーク『Vespertine』(2001)にも関わっているハープ奏者のジーナ・パーキンスに師事したことがあるせいか、本作はポスト・クラシカルや現代音楽というカテゴリーで語られることが多い。だが本作は、もっと幅広い層、それこそ〝音フェチ〟の方々全員に届く訴求力があると思う。そう考えると本作は、本当の意味で〝ジャンル〟や〝音楽〟という名のくびきから解き放たれた、寛容かつ折衷的な作品なのかもしれない。もちろん本作を、ポスト・クラシカルなり現代音楽なりと呼ぶのはあなたの自由だ。しかし本作は、そうした既存の概念に向けられたナニカ、たとえば〝そもそも音楽とは?〟というような問いかけも見いだせる作品だ。〝ただそこにあるだけで気持ち良い音〟の先に広がる世界は、すごく多彩でスリルに満ちている。





※1 : ミュージック・マガジン2013年10月号掲載の記事、『イケるのはジェイムズ・ブレイク 〝B自慰M〟の探求はアート?』より引用。

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