SHAMIR『Ratchet』(XL)

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 音楽だけで、どこまでもぶちあがろうと試みる音楽。もっと言えば、そうした音楽のもとに人が集まるという状況自体が時代の一側面を切りとり、時には〝主張〟にもなりえるという面白さ。こうした面白さが、ポップ・ミュージックではたびたび現れる。たとえば、2008年に『Hercules And Love Affair』というデビュー・アルバムを発表した、ハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェア。このユニットの中心人物であるアンディー・バトラーは、人が集まり踊ることそのものに重要な意味を見いだす持論を英ガーディアン紙で語っているが、これはまさしく、先に書いた「面白さ」に通じる。


 最近だと、Awesome City Club(オーサム・シティー・クラブ)の音楽にもそうした面白さと近いものを感じる。5人組の彼ら彼女らは、4月にデビュー・アルバム『Awesome City Tracks』を発表したばかりだが、「架空の街Awesome Cityのサウンドトラック」というテーマのもと作られた曲群を収めたそれは、できるだけ歌詞からメッセージ性を排し、音楽の良さで勝負しようとする姿勢が窺える作品だ。さらに、こうしたリアルよりもファンタジーを強く打ちだす姿勢が、聴き手の想像を誘発する余白を生みだすことに繋がっている点も見逃せない。これが結果的に、個を生かしたうえでの絶妙な距離感となり、魅力的な〝個の集合体〟を形成しているのだから。


 それではそろそろ、本稿の主役シャミールにご登場願おう。シャミールことシャミール・ベイリーは、現在20歳の新進気鋭アーティスト。アメリカのネバダ州南部に位置するラスヴェガスで育った彼が注目を集めたキッカケは、2013年にGodmode(ゴッドモード)からリリースされたEP、「Northtown」。筆者がこのEPを聴いてまず驚かされたのは、エレクトロ・ディスコを基調としたミニマルなトラックと絡みあう、シャミールの両性具有な歌声。予備知識を得ずに聴いたものだから、最初は「なんてセクシーな女性ヴォーカル!」と思っていたが、拝聴後にネットでシャミールのことを調べてみると、あどけなさを残すひとりの青年が現れたのだからビックリ。このパターン、ライを初めて聴いたときと同じである。


 そんなシャミールのデビュー・アルバムが、本作『Ratchet』だ。このタイトル、本来は〝爪車〟という意味の言葉だが、スラングでは別の意味になる。たとえば、物に対して使うと〝ダサイね!〟みたいな意味になるし、クラブに来ている女性に対して使うと、〝尻軽女〟〝自分がかわいいと勘違いしたイタい女〟というような意味合いになる。いわば、スラングで〝Ratchet〟といえば、愛と性欲があちらこちらで飛び交う夜のイメージが強いのだ。


 その『Ratchet』というタイトル通り、本作のサウンドはどこまでも享楽的で、歩く人々の目がギラギラした夜の街を想像させる。さすが、「Vegas」から始まり「Head In The Clouds」(これは〝夢心地だ〟と訳せるタイトル)で幕を閉じるアルバムである。しかし、歌詞に注意深く耳を傾けてみると、享楽的なだけではないことがわかるはずだ。「On The Regular」には引用と皮肉が多分に込められており、映画『俺たちに明日はない(原題:Bonnie and Clyde)』(1967)の題材にもなったボニーとクライドが登場する「Demon」は、どこか宗教的な世界観も滲ませている。つまり本作は、享楽のなかにシリアスな視点も紛れているということ。煌びやかなファンタジーと、さまざまな問題を抱える現実世界の混交。それこそ、「Vegas」の最初で歌われる〈Fantasy meets reality〉といったところか。


 また、リズミカルなカウベルが印象的な「Call It Off」、軽快なラップとビートがヒップ・ハウスを想起させる「On The Regular」、本作において唯一のバラード「Darker」など、多彩な音楽性が光るのも素晴らしい。バンド/アーティストでいうと、LCDサウンドシステムザ・ラプチャー、マイケル・ジャクソン、プリンス、フランキー・ナックルズ。ジャンルだと、ハウス、ファンク、ヒップホップ、ディスコ、ポスト・パンクなどなど、本当に多くの要素が有機的に接合されている。


 こうした本作の内容は、ネットを介してあらゆる時代の音楽にアクセスできるようになり、これまでの音楽史や文脈にとらわれない自由〝だけ〟を楽しむ〝広く浅い〟音楽が横溢した2000年代以降の感性だけでなく、そうした動きに対するオルタナティヴとしての〝狭く深い〟音楽とも違うものだ。本作はその両方、いわば〝広く深い〟音楽だと言える。もっと言えば本作は、〝広く深い〟ことが当たりまえな状況の到来を告げる、新世代のポップ・ミュージックになりえるということ。それほどまでに本作は、さまざまな側面からの解釈を受けいれる深さと広さが際立っている。そこにはもちろん、いろんな世代、いろんな人種、いろんなセクシャリティーが伴うし、そのことで先述した「魅力的な〝個の集合体〟」が生じる可能性も孕んでいる。これこそ、連帯をまとった自由で寛容なポップ・ミュージックというものだ。


 といったところで、よろしいでしょうか? それではみなさん踊りましょう。これからやってくる新時代の到来を心待ちにしながら。



(近藤真弥)



【編集部注】『Ratchet』の日本盤は7月1日にHostessから発売予定です。

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