MALERAI UCHIHASHI MAYA R『Utsuroi』(For Tune)

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 クラウトロックに影響され、ポスト・パンク/ニュー・ウェイヴの嚆矢となったとされるデヴィッド・ボウイの1977年作『Low』には、ポーランドの首都名を冠した「Warszawa(ワルシャワの幻想)」という曲が収録されている。これはジョイ・ディヴィジョンの前身バンドと同名だが、一方ジョイ・ディヴィジョンはナチスの慰安所からのネーミングではないかと揶揄されている。そのナチスがおこなったホロコーストの象徴であるアウシュヴィッツはポーランド南部にあり、収容されたのはユダヤ人だけではない。劣性人種とされた人々すべてが対象であり、たとえば障害者、同性愛者、ジプシーなども連行されたという。


 ナチスによるジプシー大量虐殺について私は、『パプーシャの黒い瞳』を観て初めて知った。ジプシー初の女性詩人、パプーシャの生涯をモチーフとしたポーランド映画だ。書き言葉のないロマ語をアルファベットに置きかえて書かれたパプーシャの詩は、第二次世界大戦後のポーランド社会で認められ、演奏会で歌われるようになる反面、当時の社会主義政権のジプシー定住、同化政策に利用され、彼女は一族を追われることになる。


 そういった複雑な歴史背景ゆえか、現在の民主化されたポーランドにおける音楽シーンでは異なるジャンル、文化背景を持つミュージシャン同士の交流が盛んだ。この『Utsuroi』と題されたエクスペリメンタル・ジャズ・プロジェクトもそのひとつである。ヴァイオリン、クラリネット、チェロの三重奏から成る現代音楽ユニット、マレライ(Malerai)が異国語の響き、情緒を通して異文化を想像することをテーマに立ちあげたという。


 特に興味深いのは、かつての侵略国であるドイツのロック・バンド、カンと成り立ちが似ていること。カンが現代音楽の素地を持つメンバーに、ロック、ジャズを学んだギタリストや、日本人ヴォーカリストを加えた編成であったのに対して、本作もアルタード・ステイツのギタリストであり、ロック、ジャズ、様々なフィールドで活躍する内橋和久と、日本とポーランドのハーフである女性ヴォーカリストMaya Rを迎え日本語で歌われているのだ。さらに曲によっては、カンのようなトライバルなビート、キーボードの音色や自然音のサンプリングも加えられている。そういえば、原始的なサンプリング手法としてテープ・コラージュを取り入れたカンのホルガー・シューカイは、現在のポーランド領グダニスクで生まれ、Phew(フュー)のアルバム『Phew』のレコーディングに参加するなど、ポーランドや日本と決して縁が浅くないミュージシャンである。


 カンの音楽もポスト・パンクも、異文化の要素を取り入れながら独自の表現を生みだしたが、その中心には魅力的なヴォーカリストがいて、世界と己の間にある断絶と絶えず対峙していた。ダモ鈴木、ジョン・ライドン、イアン・カーティス、エドウィン・コリンズ、挙げればきりがない。映画『パプーシャの黒い瞳』において、ジプシー社会とポーランド社会の狭間で苦しんだ詩人パプーシャの立場も彼らに近いと思う。特にイアン・カーティスは、詩作を好む文学青年であり、少なくともバンドを始めた時点では音楽的には殆ど素人だったというではないか。


 ともあれ、そういった存在を中心に様々な文化がパラレルになり発展する。国、文化、ジャンルの違いだけでなく、歴史上の紛争、民族間の諸問題をも飛び越えていく。



(森豊和)

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