NIDIA MINAJ「Danger」(Principe)

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 ダンス・ミュージックを熱心に追いかけている者にとって、〝リスボンのダンス・ミュージックが面白い〟と言ってしまうのは、〝何を今さら...〟なのかもしれない。だが、それでも言わせてほしい。リスボンのダンス・ミュージックが面白い!


 というわけで、ニディア・ミナージュの「Danger」について書いていく。本作がファースト・ミニ・アルバムにあたるニディアは、リスボン出身の17歳。彼女は本作の他に、Brother Sister Records(ブラザー・シスター・レコーズ)からファースト・アルバム『Estudio Da Mana』を発表しているが、このアルバムは正直、彼女の才気以上に、サウンド・プロダクションの拙さが目立つものだった。しかし、現在のリスボン・ダンス・ミュージック・シーンを世界に発信しているPrincipe(プリンシぺ)から発表された本作で、彼女はネクスト・ビッグ・シングの仲間入りを果たしたと言っていい。


 彼女の音楽は、享楽的で高揚感あふれるトライバルなビート、くわえてほのかに汗くさい情熱的なグルーヴを特徴としており、アンゴラを起源としたクドゥーロというスタイルが基調にある。しかし、TB-303を想起させる音色が際立つ「Aidin」ではアシッド・ハウス、さらに「Limite」は初期のプロディジーみたいなレイヴ・ミュージックを多分に取りいれている。それに、アルバムを構成する粗々しいドライな音色の数々は、シカゴ・ハウスに通じるものだ。こうしたハイブリットな音楽性を魅力とする本作は、幅広い解釈とそれを可能にする寛容性があると言っていい。


 クドゥーロ自体、ソカやズークなど数多くの音楽から影響を受けて形成された音楽だが、17歳のナディアの場合、そこに別の側面が加わっている。それは彼女が、音楽を並列に聴く環境が当たりまえの世代だということだ。いわば、あらゆる時代の音楽にアクセスできるようになった現在が、クドゥーロ元来の雑多性を加速させている。それが彼女の音楽にある面白さだと思う。


 このような面白さが意識的に作られたものかは不明だが、どちらにしろ本作には、音楽が並列に聴かれる状況を無邪気に楽しみ、さまざまな音楽的要素を過剰に接合したような作品が多かった2000年代の雰囲気はない。あるのは、その過剰さが〝特色〟から〝前提〟となったテン年代の感性と、前提になったがゆえの客観的なまなざし。そのまなざしに筆者は、ポップ・ミュージックの未来を見た。




(近藤真弥)

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