tricot『A N D』(BAKURETSU RECORDS)

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 たとえば椎名林檎と東京事変が好きで、その音楽を真に聴きこんだらシックやマーヴィン・ゲイのステージが目の前に現れるかもしれない。Number Girl(ナンバー・ガール)やZAZEN BOYS(ザゼン・ボーイズ)なら、80年代から90年代にかけてのグランジやソウル、ヒップホップのエネルギーを体感できるかもしれない。近年のミュージシャンは洋楽を聴かない、ルーツ・ミュージックを参照しない、J-POPのガラパゴス化、とよく言われるが、たとえピクシーズやニルヴァーナを愛聴していても、その音楽が持つエモーションを真に理解できなければ意味がない。何が言いたいかって、椎名林檎やNumber Girlをフェイヴァリットに挙げるギター・バンドtricot(トリコ)の音楽が、今やNMEを始め世界中のメディアで話題になっている。おまけに彼女らはピクシーズのサポート・アクトさえ務めてしまったのだから驚きだ。


 直球エモーショナルなようで、その奥に深い孤独を感じさせるヴォーカルは、椎名林檎や彼女と交流が深い宇多田ヒカルを連想させる。ジャジーかつ変拍子を多用した演奏には、轟音でごまかした部分は一切無い。手数を少なく、必要最小限のコードで押す、効果的な場所で必要なフレーズを弾く。3人で工夫して糸を紡いだ手編み物(tricot)のようだ。本作『A N D』には5人のサポート・ドラマーが参加、彼らの個性に影響されてメンバー3人の演奏の幅も広がったという。FacebookやUSTREAMなどを有効活用してプロモーションする彼女らの本作、その先行MV曲「E」の歌詞がSNSハッキングについて、というのも洒落が効いている。言葉のリズムを重視した歌詞は、個人的な状況を歌っているようで、年齢性別を問わずに引き込んでしまう魅力がある。「色の無い水槽」はmudy on the昨晩を思わせる爆裂イントロから始まり、それぞれのペースで絡みあう3つの楽器をヴォーカルが強引に牽引する。相対性理論のようなウィスパー・ヴォーカルの「神戸ナンバー」は、一定のリズムの繰り返しをコード・チェンジで引っ張っていく。サンバのリズムから発想を広げたという「庭」は、Qomolangma Tomato(チョモランマ・トマト)のようなラップ調のヴォーカル、ユーモラスな語り口で、日常の些細なトラブルへの言及からしだいにシリアスな核心へ向かい、唐突に演奏は途切れる。


 さまざまな要素を貪欲に取りこみ、自らのものとして昇華する彼女たちの音楽が他と一線を画すのは、雑多なようでメロディーや演奏のバックボーンがしっかりしていて、最終的に普遍的なエモーションに着地するからだ。言語を越えて伝わるそのイメージが、世界を席巻していく。



(森豊和)

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