JAM CITY『Dream A Garden』(Night Slugs / Beat)

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 マニック・ストリート・プリーチャーズもアルバム・タイトルに引用した、〈This Is My Truth Tell Me Yours〉というフレーズ。このフレーズを残したのは、イギリスの政治家アニューリン・ベヴァンという男。国営医療制度NHS(National Health Service)の設立に尽力したことで知られている。ウェールズ出身のベヴァンは炭鉱労働者家庭に生まれ、経済的に貧しい環境で育った。労働組合の奨学金で勉学に勤しむなど、いわゆる叩きあげというやつだ。こうした出自だからこそ、貧しい人たちへの同情からではなく、同じ苦しみや辛さを知る者として、無料で医療が受けられるNHSを強く支持したのだと思う。


 イギリスには、〝格差〟と戦ってきた長い歴史がある。たとえば、1842年に発行された、エドウィン・チャドウィックの『大英帝国における労働人口の衛生状態に関する報告書』。この本は、当時の社会的貧者たちにもたらされる疾病の一因に劣悪な生活環境を挙げているが、そうした長年の問題を解消するために、ベヴァンはNHS設立を目指し、実現させたのだ。そんなNHSは、歴史に残る輝かしい改革のひとつとして、多くの人に知られている。


 だが、いつの時代もその輝きに泥を塗る政治家が現れるものだ。それが、地方経済を破壊し失業者を増やしたマーガレット・サッチャーであり、NHSの民営化を進めたトニー・ブレアであり、生活保護などのさまざまな公的手当の削減/打ち切りを断行するデーヴィッド・キャメロンである。とはいえ、これらの者たちに対する反発で満ちたポップ・ミュージックを生みだしてきたのも、イギリスという国だ。サッチャー時代には、スタイル・カウンシルが〈君の力で状況を変えてやれ〉(「Walls Come Tumbling Down」)と歌ったし、トニー・ブレアの欺瞞が明らかになってきたときは、ザ・ストリーツが〈この先はつらい日々が始まる でもこうなるはずじゃなかった季節は終わった だからこれが本当の始まりなんだ〉(「Empty Cans」)と言葉を紡いだ。イギリスは常に、何かしらの問題が政治によってもたらされたとき、政治とは違う道程で問題と向きあう表現を生みだしてきた。それらの表現は希望への橋渡しとなり、たくさんの人に降りかかる灰色の景色に華を添えてくれた。


 さて、あまりにも多くの問題を抱えてしまったことで、ブロークン・ブリテンと呼ばれて久しい現在のイギリスにおいて、希望への橋渡しとなる表現はあるのか? もちろん答えはイエスだ。アメリカから入国拒否を受けた経験もあるイギリスの作家、グレアム・グリーンの小説と同名のパーク『The Power And The Glory』、さらには、ヘルス勤めの彼女とディーラーの彼氏を中心にした群像劇で、イギリスのハードな現況を浮かびあがらせたケイト・テンペスト『Everybody Down』もある。ここに、〈レヴォリューション!〉(「Donkey」)と叫ぶスリーフォード・モッズを加えてもいいだろう。ケイト・テンペスト『Everybody Down』のレヴューで筆者は、「『Everybody Down』は、果たして「本当の始まり」から生まれたのか? それとも10年前よりハードになっただけというシビアな現実を突きつけるのか?」と書いた。しかし、ハッキリ言ってしまおう。10年前よりハードになっただけだった。哀しいかな、それは避けられない現実として、私たちの前にそびえ立っている。


 イギリスのジャム・シティーことジャック・レイサムも、その現実の前に立ちすくむひとりだ。ジャックは、2012年のファースト・アルバム『Classical Curves』で、ダンス・ミュージック・シーンに無視できない衝撃をあたえた。UKガラージを下地に、ひとつひとつの音粒をインダストリアルな質感に変換し、マシーナリーなビートを刻んだ。もはや新しい音は生まれないという諦念まじりの前提が蔓延る現在にあって、『Classical Curves』は新鮮に鳴り響いた。以前本誌でカインドネスインタヴューした際、彼は「ジェイ・ポールとジャム・シティー。彼らは完全にオリジナルなものを作っている」と語ってくれたが、それは嘘じゃない。歪な音のパーツをランダムに組みあわせたかのような作風は、前例なきサウンドスケープであった。


 その『Classical Curves』を経て、ジャックは2枚目となるアルバム『Dream A Garden』を完成させた。まず、本作を聴いて耳に入ってくるのは、言葉だ。本作でジャックは、言葉で私たちに語りかける。この変化はヴィジュアル面にもおよび、たとえば本作から先行で公開された「Unhappy」のMVに自ら出演したジャックは、〈LOVE IS RESISTANCE〉〈CLASS WAR〉というフレーズが書かれたジャケットを身にまとっていた。つまり本作でジャックは、明確な反抗心をあらわにしているのだ。


 しかし、本作が闘争心剥きだしかといえば、そうとは言えない。確かに歌詞は、現在のイギリスと過度な消費主義に対する疑問が顕在化した言葉であふれている。しかし、甘美でほのかにサイケデリックなサウンドスケープは、力強い握りこぶしではなく、現在に生きることの憂鬱を表現している。幽玄な音像とファンクの要素が印象的な「Today」、コクトー・ツインズに通じるギター・サウンドとゴシックな雰囲気を漂わせる「Unhappy」など、曲によって際立つ要素が違う本作だが、憂鬱さという点は全曲に共通している。こうした作風は、どこか生きることに疲れてしまったような印象を聴き手にあたえるかもしれない。


 その疲労感は、さまざまな要因によってもたらされたと思う。たとえば、現在ジャム・シティーのHPは、アクセスすると大量のバナーが飛びだしてくるという若干シニカルな仕様になっているが、これはもしかすると、嘘も事実もごっちゃになった膨大な量の情報を浴びせてくる現在へ向けた暗喩かもしれない。他にも興味深いヒントはいくつもあるが、聴き手の探す楽しみを奪いたくはないので、ここでは口をつぐんでおく。だが、ひとつ言えるのは、本作でのジャックは内省的だということ。無闇やたらと〝消費主義反対!〟みたいに叫ぶのではなく、自分がその消費主義に加担した生き方をしているのでは? という聡明な自省。こうした地点から本作の言葉はスタートしている。


 本作でジャックが、明確にダンスフロアからインディー寄りの方向性を打ちだしたことで、ジャム・シティーの音楽はより幅広い層に聴かれることになると思う。いわゆる本作は〝歌ものアルバム〟で、ダンスフロアよりもライヴハウスが似合う内容だからだ。とはいっても、言葉がないダンス・ミュージックを作っていたアーティストが、歌を取り入れるということは全然珍しくない。それでも、これまで自身の作品ではほとんど言葉を用いなかったジャックが、その言葉を多分に用いて本作を完成させたということは、決して見逃してはならない重要な点だと思う。多分に言葉を引きださせるほど、ブロークン・ブリテンなイギリスは切羽詰まった状況とも言えるのだから。このことに私たちは注意を向け、本作のメッセージを読みとる必要があるのではないか? ここまで「私たち」と書いてきたのは、本作に込められたメッセージが、イギリスに住む人にだけあてはまるものではないからだ。



(近藤真弥)

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