JAMES MURPHY『Remixes Made With Tennis Data』(IBM)

|
James Murphy『Remixes Made With Tennis Data』.jpeg

 ジェームス・マーフィーは、00年代のポップ・ミュージックを語るうえで欠かせない人物のひとりである。このことに異論はないと思う。DFAの主宰者としてザ・ラプチャー『Echoes』を2003年にリリースし、ディスコ・パンク・ブームを牽引した。かと思えば、自身のバンドLCDサウンドシステムとしても、『LCD Soundsystem』『Sound Of Silver』『This Is Happening』という3枚のアルバムを残している。もちろん、いずれも1度は聴いてほしい名盤だ。


 そこに、ぜひ聴いてほしい1曲をくわえるなら、やはり2002年のシングル「Losing My Edge」だろう。〈1968年ケルンでカンのコンサートを観た〉〈1974年ニューヨークのロフトでおこなわれたスーサイドのリハーサルを観た〉など、1970年生まれのジェームスが歌うにはあまりに不自然な一節が次々と飛びだしてくるこの曲は、YouTube以降の状況、つまり音楽の細分化が進むことで、個々の音楽史が他人とかぶることが少なくなった状況の到来を予言していた。インターネットを介して、容易に過去の名ライヴや名曲にアクセスでき、個々の音楽史が築きあげられる世界。そこでは、90年代に行ったら次は30年代へ飛び、その後は2000年代に戻るといった、まるでタイム・トラベラーにでもなったかのような全能感を得られる。


 かぶることが少なくなるということは、それだけ多様になるということでもある。絶対視されてきた音楽史なり文脈の有効性は薄れ、ネット上にアーカイブされていく数々の名ライヴや名曲を浴びるように聴いたうえで鳴らされた音楽があふれる。そんな状況に突入する前夜の興奮が、「Losing My Edge」には記録されている。2002年当時に「Losing My Edge」を聴くことは、未来を見ることと同義であった。


 とはいえ、どんな未来もいずれは現在となり、過去となる。それはジェームス・マーフィーも例外ではなく、彼は2011年にLCDサウンドシステムとしての活動をストップさせた。今では、LCDサウンドシステムやDFAが提示したディスコ・パンクというスタイルも、目新しいものじゃない。それでも、ジェームス・マーフィーは今も音楽活動をおこない、DFAは良質な作品をコンスタントに発表しつづけている。ジェームスはトレンドセッターの座から降りてしまったが、筆者はトレンドセッターとしてのジェームスが好きだったわけではない。彼の鳴らすポップ・ミュージックが好きだったのだ。ポップ・カルチャーに対する愛情がたっぷり詰まった、彼のポップ・ミュージックが...。


 そろそろ想い出話を切りあげて、本作『Remixes Made With Tennis Data』について書くとしよう。本作は、ジェームス・マーフィーとコンピュータ企業のIBMがコラボレーションして制作されたアルバム。なんでも、2014年の全米オープンテニスでおこなわれた全試合のデータを特定のアルゴリズムに落としこみ、音楽にするということをジェームスとIBMはやっていたらしい。そうして生まれた音源の中から12曲を選び、リリースされたのが本作というわけだ。2013年には、2メニーDJズとデスパシオ(Despacio)なるプロジェクトを始動させているが、その次がIBMというフットワークの軽さ。自由にもほどがある。だが、ジェームスの音楽に対するモチベーションが高いことは素直に嬉しく思う。


 そんな気持ちを抱きつつ、本作に耳を傾けてみると、ほどよく肩の力が抜けた雰囲気で驚いた。アルゴリズム云々の話を聞いたときは小難しい音楽でもやってるのかと想像したが、音の抜き差しで起伏を作りあげていくミニマルなサウンドは、それこそLCDサウンドシステムを連想させる。「Match 176」なんかは特に。


 ただ、全体的には電子音の割合が多く、静謐な雰囲気が際立つ。ゆえに踊れる曲はないものの、静謐でひんやりとしたアンビエント作品として楽しめる。ビートとフレーズの反復が多いのも特徴で、微細な変化で音に味つけするその手法は、クラフトワークを彷彿させる。ひとつひとつの音が洗練され、音と戯れる無邪気な遊び心が本当に心地よい。新しい楽器や機材を手に入れて、いろいろいじってるうちにニヤけてしまう。そんなジェームスの姿が目に浮かんでくる。「Match 184」では、聴き手を酩酊にいざなうアシッディーなサウンドが展開されたりと、随所で覗かせるスパイスもグッド。


 また、ラフなマシーン・ビートと流麗なピアノ・フレーズが印象的な「Match 181」が、最近大きな注目を集める1080p周辺の新世代ハウス・ミュージックに通じる曲なのも興味深い。そういえば、去年DFAから発表されたダン・ボダン『Soft』のカセット版は、1080pがリリース元だった。もしかすると、ジェームスなりに今の潮流を解釈したのが「Match 181」なのかもしれない。こうした時代への目配せには、レーベル主宰者としての顔がうかがえる。


 トレンドセッターの座から降りたとはいえ、時代を嗅ぎとる抜群の嗅覚が衰えたわけではないようだ。ジェームス・マーフィー44歳、まだまだ健在である。



(近藤真弥)





【編集部注】『Remixes Made With Tennis Data』はIBMのサウンドクラウドからダウンロードできます。

retweet