MY LETTER『My letter』(& records)

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 後期ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを連想させるギター・サウンドはダークさとともに、どこか懐かしいあたたかみを感じる。京都のアート・パンク・バンドmy letterの音楽には、聴くものそれぞれの個人的な思い出に直接つながっていくような不思議な感覚がある。メロディー・ラインの端々に日本情緒を感じるからかもしれないし、少なくとも彼らは単なるUSインディーの後継者ではない。


 「バンド・メンバー共通の音楽的バックボーンは実はあまりない。被ってないっていうのが結構重要で、それぞれ通ってきたものがあって、アイデアを持ち寄るということが凄く大切」。これはギター/ヴォーカルのキヌガサがインタヴューで語った内容だ。この発言から私が感じたのは、様々な影響を取り込み流用しながらも、自分自身の確たる個性を崩さない精神。何かをルーツとしてそれに従属するような存在ではないという意思。穏やかだが強固なステートメント。


 個々の楽曲に言及していくと、冒頭、重々しいハンマー・ビートに愛らしいキーボードが添えられ、ささやくようなヴォーカルに繊細なギターが絡みついていく「アメリカ」は、それぞれの人生という旅の始まりを告げる序曲のようだ。続く「夜は遠くから」はソニック・ユースを連想させるインスト・パートから始まる。単調に刻まれる8ビートにアンニュイなギターが絡み徐々に盛り上がっていく。中盤で加わるヴォーカルは他者を求めながらも離れていかざるをえないもどかしさを歌うが、後半で重なるやわらかな女性コーラスは、そんな矛盾する思いを中和していくようだ。《花は散った》と歌われる「壁」では、くるり「ばらの花」を連想させる淡々とした曲調にコーラスのかけ合いが美しい。くるりは青春の痛み、その美しさを花に例えたのだろうが、この曲でmy letterはその花が散るさまを歌い、最後に《あきらめた花をさかせよう》と誓う。


 ところで、バンド名は日本語だと「私の手紙」と読める。これは、私が書いた誰かへの手紙が宛先不明で戻ってきたのか、それとも個人史を綴った自分宛の手紙なのか、色々と推測できる。Eメールも今は昔、SNSの普及に伴い、世界は格段に狭くなったようで、より小グループ、個々人へと分断された感もある。我々は沢山の他者とコミュニケートしているようで、実は自分自身への手紙を書き続けているのかもしれない。しかし、共有されない個という表現が、逆に密かに広く共有されていくこともありうる。時間的にも空間的にも、点在しながら緩やかにつながっていく個人的な手紙。その宛先はどこでもないし、同時にあらゆる場所なのかもしれない。



(森豊和)

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