ANDY STOTT『Faith In Strangers』(Modern Love)

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 《Modern Love》などを中心としたポスト・インダストリアル・ブームの象徴であるアンディー・ストットの前作『Luxury Problems』は、いまも絶大な存在感を放っている。呪術的でダークなサウンドスケープには聴き手の心を掻きむしるエモーションが宿り、深淵の底を這うようなズッシリとしたグルーヴは黄泉にいざなうかのような怪奇さを醸す。ダブ・テクノ、インダストリアル、アンビエント、ドローン、さらにはコクトー・ツインズというインディー・バンドまで引きあいに出されたが、『Luxury Problems』の群を抜いた独創性はそのどれにも当てはまらない。ゆえにこのアルバムは、ポスト・インダストリアル・ブームが落ちついた現在にあっても私たちを魅了する。


 また、ニュー・バウハウスの写真家として知られるアーロン・シスキンドの "Pleasures and Terrors of Levitation" シリーズを連想させるジャケットも素晴らしかった。そのアーロンがよくテーマに用いた "死" の匂いと殺気をいまだ放ちつづけ、『Luxury Problems』が不朽の傑作として存在するための重要な要素になっている。サウンドはもちろんのこと、ヴィジュアル・イメージでも抜かりない『Luxury Problems』が残した傷痕は、いまも私たちの心にまざまざと刻まれている。


 その傷痕が癒えぬうちに、アンディーは新たなアルバムを完成させた。前作から約2年ぶりとなる『Faith In Strangers』である。本作を作りあげるまでにアンディーは、コウトン「Shuffle Good」、トリッキー「Valentine」、バティラス「Concrete」、マップス「I Heard Them Same」といったリミックスを残し、デムダイク・ステアのマイルス・ウィテカーと組んだミリー&アンドレア名義では、フロア仕様の曲が多く収められたアルバム『Drop The Vowels』を発表。加えて今年5月には来日公演をおこなうなど、精力的に活動してきた。それゆえ、"待望の!" と大袈裟に喧伝できるほどの長い不在を感じなかったのが正直なところ。とはいえ、仮に長い間不在だったとしても、アンディーに対する注目が薄れることはなかったと思う。『Luxury Problems』以降にリリースされ、ポスト・インダストリアルの文脈で捉えられるアルバム、たとえばラヴ・カルト・テイク・ドラスの『Yr Problems』、それからアメリカ同時多発テロ(9.11)をテーマにしたヴァチカン・シャドウ『Remember Your Black Day』、第一次世界大戦の写真をジャケットに使用したサミュエル・ケーリッジ『A Fallen Empire』、そしてイギリスの首相デーヴィッド・キャメロンと同国の財務大臣ジョージ・オズボーンをネタにしたパーク『The Power And The Glory』などは、それぞれ持ち味がある良質なアルバムではあった。しかし、『Luxury Problems』と双璧を成せるかと言われれば、やはり難しいだろう。これらの作品を楽しみながらもつくづく思ったのは、『Luxury Problems』の "次" を形にできるのはアンディーだけなのだという確信であった。


 とまあ、早々と本作から話が逸れてしまったが、『Faith In Strangers』は私たちの期待に応える充実作だと言っていい。まずは前作以上に興味深いジャケットについて。フィーチャーされている面長でタイ米のような彫像は、イタリアのリヴォルノで生まれた芸術家アメデオ・モディリアーニの "Tete"という作品。病弱だったモディリアーニは画家として有名かもしれないが、彫刻家としても、体力面での不安が原因でやめるまではいくつか作品を残している。そのうえ、20世紀前半パリを中心に活動していたグループで、自由奔放な生き方を求める画家たちが集まった "エコール・ド・パリ" の重要人物でもある。35歳で夭逝するまでドラッグや酒が常に付いてまわったというモディリアーニの生き様は "エコール・ド・パリ" の精神を象徴するもので、音楽ファンからすると、ジム・モリソンやイアン・カーティスなど、いわゆる破滅的なロック・スターの精神を見いだせるかもしれない。


 そんなモディリアーニの "Tete" を使用した本作のジャケットだが、バックの街がニューヨークというのもこれまた面白い。ニューヨークといえば、かつて2001年のアメリカ同時多発テロで標的となったワールドトレードセンターがあり、2008年のリーマン・ショックを引きおこしたリーマン・ブラザーズが本社を構えていた街である。このふたつの出来事が世界中に影響を及ぼしたのは言うまでもないが、これらの中心地となったニューヨークをバックにアウトサイダーとして自堕落な人生を歩んだモディリアーニの彫像があるというのは、とても意味深に思える。ロシアのマルク・シャガールや日本の藤田嗣治なども絡んでいた "エコール・ド・パリ" の多国籍な側面をふまえると、本作のジャケットは人種の坩堝とよく言われるアメリカに、多国籍な "エコール・ド・パリ" を重ね合わせたとも考えられる。また、その象徴として、異端性あふれるがゆえに芸術界で孤立したモディリアーニの作品を選んだのは、その異端性をマイノリティーと呼ばれる人たちの暗喩に用いるためではないだろうか? 加えて、"Tete" がアフリカ彫刻からインスピレーションを受けて作られたということも、本作を深く理解するためのヒントになると思う。


 そう考えると、レーベルから発表された本作のプレスリリースで、ロン・ハーディー、プリファブ・スプラウト、ドーム、アクトレス、コクトー・ツインズらと一緒に、アーサー・ラッセルが挙げられていることにも納得できる。アーサーはアメリカのアイオワ州オスカルーサ出身のアーティストで、ニューヨークに移り住んでからはパラダイス・ガラージというディスコを語るうえで欠かせないクラブへ頻繁に通い、自身も数多くのディスコ・チューンを制作した。そして、ゲイであった。このように本作は、ジャケットや影響源となったアーティスト、さらには "ニューヨーク" というキーワードを繋げていくだけでも多くの暗喩を見いだせる。だが、そこにアンディーのサウンドが交わると、これらの暗喩はより複雑怪奇になっていく。これまで書いてきた暗喩をふまえて、「Violence(暴力)」「Science & Industry(科学と産業)」「Damage(被害)」といった曲目に目をやると、本作にはアメリカや消費主義に対する徹底した皮肉が込められているのがわかるはず。


 なんて言うと、"さすがにまわりくどくないか?"と言いたくなる者もいそうだが、こうして聴き手にいろいろ考察させるのも表現の役割なのだからまったく問題にならない。むしろさまざまな解釈と観点を生みだすという点において本作は、音楽以外の表現形態を含めて考えても秀逸な作品だと言える。このような本作と類似性が見られる作品を強いて挙げれば、カナダの映画監督グザヴィエ・ドラン制作の『トム・アット・ザ・ファーム』(2013)だろうか。ビートニクの感性を現代に蘇らせ、同時にアメリカへ向けた痛烈な批判を繊細なタッチで描いた物語に込めたこの映画は、本作に匹敵する多くの暗喩と情報量が渦巻いているからだ。本作と『トム・アット・ザ・ファーム』は共に現在と共振できる要素を持ち、さらにグザヴィエがゲイであることを考えると、マイノリティーとされる人々からの視点を孕んでいるという点も共通項になる。


 それにしても、コンセプトだけの作品に仕上がっていないところは、さすがアンディーというべきか。前作から引きつづき、アンディーのピアノ教師だったというアリソン・スキッドモアが全9曲中6曲でヴォーカルを担当したこともあり、ポップ・ソング集としても聴ける幅広さを獲得している。前作にあったダークで退廃的な雰囲気は深化し、聴き手の精神を肉体から解き放つかのような神々しい恍惚感も健在。冒頭で書いたジャンルの要素がすべて詰まった彩度ある音楽性は特定のジャンルに括れるものではないし、もっと言えばどう呼んでも成立してしまう。それほどまでに本作は独創的だ。


 前作よりもヘヴィーなベースが際立っているのは、おそらく『Drop The Vowels』を経たからだと思う。その特徴が顕著に表れているのは、ミリー&アンドレアのサウンドを連想させる「Damage」だろう。ビートの起伏が激しい「How It Was」もベースが前面に出ていて、本作の中では一番踊りやすい曲だ。そういった意味で本作には、ダンス・ミュージックの享楽性もそれなりに残っている。とはいえ、それも残滓レベルの話だが・・・。やはり全体的にはダウナーで不気味なサウンドスケープが目立ち、前作と比べていささか音の隙間がある。前作がその圧倒的かつ荘厳な世界観で聴き手を蹂躙するような能動的作品だったとすれば、本作は聴き手を受けいれる寛容さと誘惑で満ちた受動的作品である。それゆえ前作以上に多くの人がコミットできる懐の深さがあり、"ポスト・インダストリアルの1枚" に収まらない多面性を備えている。フィールド・レコーディングやサンプリングを駆使するなど、貪欲なチャレンジ精神も見逃せない。


 アンディー・ストットはまたしても、私たちを挑発してみせた。さあ、次は筆者も含めた私たちがその挑発に応える番だ。



(近藤真弥)

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