THE ‎JUAN MACLEAN『In A Dream』(DFA)

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《この光は愛によって照らし出されたもの この場所にあるすべての愛によって たくさんの声に耳を傾けてほしい どうかもう一度だけ》

(「Tonight」)


 この印象的な一節が登場する「Tonight」が収められた、ザ・フアン・マクリーンのセカンド・アルバム『The Future Will Come』。このアルバムを聴いたとき、筆者はすぐさま、"ああ、彼らはディスコの歴史を理解しているな"と思った。それは、ディスコが主にゲイなどのマイノリティーによって支えられた音楽であり、広められたという歴史。もちろん、"情報"としてなら、検索エンジンに"ディスコ"と入力すれば誰でも知ることができる。しかし、"知る"ことと"理解する"ことは、似ているようで別物だ。理解するためには、その音楽が積み重ねてきた歴史や文脈を体得しなければいけない。歴史から逸脱した表現も魅力的ではあるが、その逸脱も歴史を理解していなければ到底不可能な芸当だ(一部の天才と呼ばれる者を除いて)。


 ザ・フアン・マクリーンは、自らが鳴らしている音楽の歴史や文脈をちゃんと理解したうえで、それをより多くの人がコミットできるポップ・ソングに変換する才に恵まれている。先に引用した一節だけでなく、彼らが紡ぐ言葉のほとんどは、この世に生きるなかで抱く疎外感や孤独に心を荒らされる繊細な感性の持ち主にとって、小さくない励ましとなるものだ。性的指向は関係なく。


 こうした彼らの魅力は、『The Future Will Come』から約5年ぶりとなる本作『In A Dream』でも健在だ。前作以上にジョルジオ・モロダー的なエレクトロ・ディスコ色が濃くなり、「Love Stops Here」などは、さながらニュー・オーダーのようである。そういった意味で本作には、ポスト・パンク色も存在すると言っていい。前作のラストを飾った「Happy House」のようなアンセムはないが、そのかわりアルバム全体としての統一感は前作以上。ロボティックで、熱を帯びながらもどこか冷ややかな質感のサウンドが終始貫かれている。このような作風は80年代のニュー・ウェイヴを連想させるもので、ここ最近の作品でいえば、ラ・ルーの『Trouble In Paradise』や、マニック・ストリート・プリチャーズの『Futurology』に近い。


 歌詞のほうも特筆しておきたい。熱すぎないクールなナンシー・ワンの歌声に乗る言葉は、人の感情にまつわる機微を孕んでいる。この機微は、《君のことを本当に愛してくれる誰かに会えるかもしれない》《そして結局ひとりぼっちでクラブを出る》と歌われるザ・スミス「How Soon Is Now?」でも描かれた、"期待と失望" に通じるものだ。簡単には説明できない、複雑にこんがらがった感情と哀愁。さすがに《そして死にたくなるんだ》(ザ・スミス「How Soon Is Now?」)とまでは歌わないが。



(近藤真弥)

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