GIANT CLAW『DARK WEB』(Orange Milk)

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 ディープ・ウェブ(Deep Web)という概念はご存知だろうか? 簡単に言うとディープ・ウェブは、ウィキペディアなどの情報サイトが漂うサーフェイス・ウェブ(Surface Web)よりもさらに深いところにある情報群のこと。グーグルやマイクロソフトのビング(Bing)といった検索エンジンに拾われないプライベートネットワークや、データベース、イントラネット、さらには、違法ポルノや海賊版メディアのやり取りをおこなう際に重宝されるトーア(Tor)など、これらによって形成されている。通説として、いまあなたが見ているこのレヴューも含め、人の目につきやすい情報やサイトは、ワールド・ワイド・ウェブに占める割合でいうと全体のわずか1%程度だと言われている。もしかすると、このレヴューを見ている人のなかには、途方もない量の情報を取捨選択するだけで大変・・・という人もいるかもしれないが、その目に見える情報ですら、たったの1%程度なのだ。


 なんて書くと、なんだか茫然自失としてしまうが、ジャイアント・クロウことキース・ランキンによる『Dark Web』を初めて聴いたとき、そんなディープ・ウェブのことを想起してしまった。本作は端的に言うと、フライング・ロータス主宰の《Brainfeeder》を中心としたLAビート・ミュージックが基調にありながらも、トラップ、R&B、ファンク、ジュークなどの要素が振りかけられた、膨大な情報量を誇るコラージュ・ミュージックだ。バラバラのように聞こえるたくさんの音粒やフレーズがクロス・リズム的にひとつのトラックとしてまとめられると、いびつながらも体を揺らしたくなるグルーヴが生まれるのだから不思議。人工的な響きを携えたシンセ・サウンドは同時にどこか温もりを感じさせ、耳に違和感と心地よさを残してくれる。特定のジャンルを拡張したり掘りさげるというよりは、幾多の要素を自らのセンスに任せて接続したような音作りが目立ち、そうした側面から本作は、ユーチューブにアップされた動画などからサンプリングすることも多く、近年のポップ・ミュージックを語るうえでは欠かせない潮流のひとつであるヴェイパーウェイヴ(vaporwave)以降と捉える人が多いと思う。実際、ジャイアント・クロウのバンドキャンプでは、本作に"vaporwave"のタグがつけられてもいる。


 しかし、そのような捉え方を喧伝してしまうと、本作の万人性を見逃す危険がある。FKAツイッグス『LP1』のレヴューで書いたことを繰り返すようで恐縮だが、かつてロキシー・ミュージックは、「Re-Make/Re-Model」という曲でコラージュ的な解体/再構築を試みているし、さまざまな音楽が並列に置かれている本作の特徴にはDJカルチャーの文脈を見いだせなくない。もっと言えば、あらゆる要素を取り込もうと試みる全能感に満ちた本作の折衷性は、すでに存在していたとも言える。例えば、クラフトワークが1978年に発表したアルバム、『人間解体』がイギリスにあたえた影響にまつわる話で、元ウルトラ・ヴォックスのジョン・フォックスは興味深いことを述べている。長い引用になってしまうが、それは次のようなもの。


 「その頃(おそらく79から80年にかけて。『人間解体』)、イギリスは脱工業化時代に突入していた。どの街もやたらと巨大で、汚くて、コントロール不能になってたんだ。パンクっていうのは、そういう時代に反応するためのきっかけだったと言っていい。でも"怒ってばかり"の時期は終わった。あれは、乳母車の中でおしゃぶりを吐き出してるのと同じ、見た目はおもしろいけど意味がなかったんだ。それに代わる何かが必要だった。みんなの胸にある驚きや恐怖、美しさ、ロマンス、虚勢、希望、無力感といったものを表現するための何かがね。で、それを可能にしたのがシンセサイザーだったわけさ。(中略)新世代の若者たちは、それまでの世代がしてきたのと同じように、身の周りのガラクタや古くなって捨てられていた要素をかき集めて、自分たちの文明を組み立て始めたんだ。『コレっていいかも』って思うものなら何でも取り入れようとした。ディスコ、フィルム・ノワール、ポップ・ソング、ロック、安っぽいSF、三文小説、漫画、前衛芸術、髪型、それに限定な意味でのセックスと暴力もね。あとバラードやバロウズみたいな作家、キューブリックみたいな映画、ウェンディ・カーロスみたいな音楽、それに「カッコいい!」って思う態度......とにかくすべてひっくるめてさ。」(※1)


 他にも、少しばかり突飛な例かもしれないが、フジテレビの石田弘は83年に『オールナイトフジ』という番組を始めたキッカケについて、「情報過多の時代に入っていたので、情報を先取りするんじゃなくて、情報で遊ぶんだという発想で始めたわけです」(※2)と語っていたりする。いわば情報で遊ぶ感覚は、20年以上も前に至るところで見られたというわけだ。


 もちろん、本作のオープニングを飾る「DARK WEB 001」などでうかがえる、LAビート・ミュージックなどを下敷きにした変則的なグルーヴに、ディスコでよく用いられるオクターブ・フレーズを違和感なく忍ばせるセンスは "今" ならではだと言える。だが、何よりも興味深いのは、その "今" が過去に通じる歴史性を孕んでいる(あるいは見いだせる)ということだ。ゆえに『Dark Web』は、インターネット・ミュージック的感性をまとったものではあっても、インターネット・ミュージックとは言い切れない絶妙な立ち位置を獲得し、もっとあけすけに言ってしまえば、"わかる人にだけわかる魅力"という限定的な枠組みから見事に逃れている。情報過多の時代に入りはじめた20年以上前の世界から現在に至るまでの動きがたどり着いた先端、それが『Dark Web』なのかもしれない。


 そういった意味で本作は、ヴェイパーウェイヴが登場してから数多く生まれた、インターネット・ミュージックと呼ばれる音楽がいままで突破できずにいた壁、つまり、インターネット・ミュージックという枠を拡張しつつも、そこに縛られない普遍性と万人性を手にした作品のひとつとして祝福されるべきだと思う。『Dark Web』は、過去、現在、そして未来を繋ぐ架け橋のようなポップ・ミュージックである。



(近藤真弥)



※1 : デヴィッド・バックリー著『クラフトワーク エレクトロニック・ミュージックの金字塔』223~224ページより引用。


※2 : フジテレビジョン編集『フジテレビ・全仕事』64ページより引用。



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