KOHH『MONOCHROME』(GUNSMITH PRODUCTION)

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 1966年に公開されたイギリスの映画『アルフィー』は、テンポの良い展開で観客を引きこむコメディーでありながら、マイケル・ケイン演じるアルフィーの生き様を通して、人生の光と影について観客に問いかける名作だ。オシャレを忘れないアルフィーは、次々と女を口説いては抱く、典型的なプレイボーイ。自らの快楽に忠実なその姿は、旧態依然としたルールに反抗する目的でミニスカートを売り出し世に広めたマリー・クワントや、カーナビー・ストリート発の "カーナービー・ルック" という当時の最先端とされたファッションを生み出した、いわゆるスウィンギング・ロンドンで盛り上がるイギリスのムードを上手く捉えていたと思う。イギリス自体も資本主義が黄金期に突入した恩恵を受ける形で、他の先進国と比べGDP(国内総生産)が相対的に低成長率だったとはいえ、文字通り輝いていた。しかし、一夜を過ごした女性に堕胎させてまで享楽を求めたアルフィーは、最終的にルビィという女性を選択し彼女の元へ走るが、そのルビィはアルフィーよりも若い男を作って、アルフィーを捨ててしまう。こうして孤独になったアルフィーは、映画の最後で観客にこう問う。


 「今、これまで出会った女達や、彼女達がしてくれたことをすべて思い起こすと、おれは幸せ者に見える。得たものは? 数シリング、イキな服を数着、車。健康も取り戻し、自由の身だ。だが心の安らぎがない。何もないのと一緒だ。片方が手に入れば、もう一方が入らない。何が答えだ? いつも自問する。人生とは? 分かるか」


 KOHH(コウ)による『MONOCHROME』は、そんな自問で満ちたアルバムだ。『YELLOW T△PE』『YELLOW T△PE 2』という2枚のミックスCDで注目を集めたKOHHは、現在24歳のラッパー。下ネタが目立つラップやチャラいノリが特徴で、筆者も彼の曲を聴いていると思わず笑ってしまうことがしばしば。だが、『MONOCHROME』で見られるKOHHの姿は、ものすごくシリアスだ。ラストの「Love feat. SEQUICK」を除けば大半がヘヴィーな曲で、代表曲のひとつ「JUNJI TAKADA」からKOHHに入った人は、少なくない驚きを感じるかもしれない。


 また、とても正直であるのも本作の特徴。《ママに吸わされた初めてのマリファナ》という一節で始まり、ビートルズ「Lucy In The Sky With Diamonds」のフレーズも登場する「Drugs」では自身の生い立ちと環境を告白しているし、1曲目の「Fuck Swag」も《結局見た目より中身》という歌い出しで、KOHHにあった派手なイメージが見事に破られている。全体的に虚飾がなく、ゆえに重苦しいと思う者も少なからずいそうだが、筆者はKOHHの真摯な側面に惹かれてしまった。


 一方で、先に書いた自問から生じる迷いもハッキリと表現されている。その象徴といえる曲は「貧乏なんて気にしない」になるだろうか。この曲には、《昔からみんなよく言ってるお金よりも愛》という一節があるが、続く言葉は《わからない》という、驚くほど素直な言葉。その後《とりあえず俺は貧乏なんて気にしない》と歌っているが、《やっぱり将来は高級車にも乗りたい》とも告白している。正直、初めて聴いたときはこのどっちつかずな歌詞にやきもきしたが、何度も聴いているうちに、その迷いをまっすぐ表現しているKOHHがカッコいいと思えてきた。そうなると、「I'm Dreamin'」が泣ける曲に聞こえてしまい、本作には喜怒哀楽に収まらないさまざまな感情が詰まっているのだなと気づいた。しかもそれは、「Drugs」で歌われる環境にいない者たちにも届く、言ってしまえばこの世に生きるすべての人に届く普遍性を見いだせるものだ。日々身を削っている援デリの少女や、屋根がある家に住みたくても住めずにネットカフェを渡り歩く若年層ホームレス、それからそういった問題とは無縁だと思い込んで日常を生きる人たちまで、あらゆる人に訴えかけるエネルギーと言葉が渦巻いている。


 おそらく本作は、日本語ラップの重要作、あるいは傑作と喧伝されると思う。だが、平易な言葉で彩られた本作はそういう枠を飛び越え、たくさんの人に聴かれる可能性を秘めた作品だ。



(近藤真弥)

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