APHEX TWIN『Syro』(Warp / Beat)

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 サマーソニック09に出演した際のエイフェックス・ツインを、あなたは覚えているだろうか? 808ステイトの「State Ritual」をプレイする遊び心に、毒に満ちた映像とサウンド。それは、観客の意識を恍惚感へ"飛ばす"という、ダンス・ミュージックが持つ役割のひとつを明確に表現したものだった。遅めのBPMから始まり、ビキビキとしたTB-303のサウンドと共にBPMが速くなっていく展開も、肉体という器に縛られた観客の精神を解放する、神々しい光を放っていた。その光に包まれていた当時21歳の筆者は、体の皮膚を一枚一枚丁寧に剥がされ、それから筋肉、骨、臓器と順番に摘出される、さながらマッドな外科医の手術を受けているような錯覚に襲われた。


 リチャード・D・ジェイムスによるエイフェックス・ツインは、実に面白い存在だと思う。前作『Drukqs』が2001年のリリース。このたび発表された最新作『Syro』から、13年近くも前のこと。普通のアーティストならば、"過去の人" に追いやられてもおかしくないインターバルである。しかし、みなさんもご存じのように、エイフェックス・ツインは普通じゃない。エイフェックス・ツインの名は、私たちの頭の中で蠢きつづけ、一瞬たりとも忘れられることはなかった。クリス・カニンガムによる「Come To Daddy」のMVは今でも鮮烈さを保ち、エイフェックス・ツインに多大な影響を受けたアーティストたちは、インタヴューなどでリチャードの名を口にする。いわば、リチャードがエイフェックス・ツインとしてアルバムを発表しない間、ファンや信奉者がエイフェックス・ツインを前進させ、新たな神秘性や偉大さを築きあげてきたのだ。まるで、解散してからも数多くの解説書や研究書が発表されつづけているビートルズのようではないか! たとえ本人が終わらせても、周りが終わらせてくれない。それがエイフェックス・ツインなのだと思う。


 とはいえ、ビートルズは解散したが、リチャード自身は一度もエイフェックス・ツインを葬っていない。現にライヴ活動を続け、アルバムも『Syro』という形でやっと私たちの前に出してくれた。本作は一言で言うと、アフリカ・バンバータといったオールド・スクール・エレクトロ、それからこれまでリチャードが残してきた作品群でも見られるアシッディーなサウンドが基調にある。『Richard D. James Album』で顕著だった性急なグルーヴは影を潜め、聴き手を拒むかのような毒々しさもほとんどない。「CIRCLONT6A [141.98][syrobonkus mix]」におけるヴォイス・サンプルの使い方も、リチャードの作品を聴いてきた者にとってはお馴染みだろう。全体的に、キャッチーかつメロディアスなサウンドスケープなのも興味深い。激しいジャングルのリズムが際立つ「PAPAT4 [155][pineal mix]」「s950tx16wasr10 [163.97][earth portal mix]」などは『Drukqs』から地続きの曲に聞こえるかもしれないが、それ以外は、AFX名義の「Analord」シリーズを想起させる静謐な音色が目立つ。


 おそらく本作は、エイフェックス・ツインの神秘性や数多くの逸話がもたらしたイメージを前提にして聴くと、肩透かしを食らう作品だ。むしろ、それほどエイフェックス・ツインに詳しくない人のほうが強く惹かれるだろう。驚くほどの狂気はないし、特に変わったことをしているわけでもない。それでも、リチャードの手癖とも言えるグルーヴやリズムの組み立て方は、多くの人を魅了するはず。そこには、リチャードの音に対する愛情とフェティシズムが込められているからだ。いわば本作は、エイフェックス・ツイン史上もっとも"音楽そのもの"で勝負した作品だと言える。


 確かに、音楽史を塗りかえる革新もなければ、傑作と呼べる作品でもない。だが、優しい。この優しさが、結婚してふたりの子供に恵まれた現在のリチャードが抱える心情と関係しているかは定かじゃない。ひとつ確実に言えるのは、本作の優しさがこれまでのエイフェックス・ツインには見られなかった新しい魅力であるということ。この変化を受け入れるかによって、本作に対する態度は変わってくるはずだ。さあ、あなたはどう受け止める?


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