SKY FERREIRA『Night Time, My Time』(Capitol / Universal)

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 同じ行動をとっても、その人がどんな人かによって受け止められ方が違うというのは多々ある。例えば、男であれば当たり前のように思われる行動だから何も言及されないのに、それが女性だと "変わってる!" みたいに変なバイアスがかかってしまうとか。他にも、レコード・ショップのテクノ・コーナーで、女性アーティストのシングルが "男勝りで硬質なビート" だとか、"女性とは思えないハードなサウンド" という一言と共にレコメンドされているのを見かけると、これを書いた人は女性に対して固定観念を持っているのではないか? と思ってしまう。"ハードで硬質な格好いいサウンド" みたいに、素直なコメントではダメなのだろうか。こうした "女性だから" という場面に遭遇すると、筆者はどこか居心地の悪さを抱いてしまうし、だからこそ、ポーランドのザミルスカみたいな「ステレオタイプを破壊すること」に興味がある女性アーティストに肩入れするのかもしれない。まあ、こんなことを周りの人間に言うと、"女も女の武器を使うじゃないか" と反論されるのだが、そう言われると、男だって男であることを利用してこれまで生きてきたではないかと思ってしまう。いまだ根強い男性優位という社会の仕組みをふまえるとなおさらだ。


 中学生の頃からマイスペースで多くの音源を発表し、そこからようやくファースト・アルバム『Night Time, My Time』にたどり着いたスカイ・フェレイラ。現在22歳の彼女は、恋人のザッカリー・コール・スミス(ダイヴのフロントマン)と一緒に麻薬不法所持の容疑で逮捕されてしまったりと、その扇情主義とも言える側面にばかり注目が行きがちだ。しかし、本作を聴けば、スカイ・フェレイラはひとりの表現者としてしっかりとした核を持っているのがわかる。まずサウンド面は、彼女が好んで聴いているというクラウトロックの反復性を見事にポップ・ソングへ昇華した「Ain't Your Right」、『Honey's Dead』期のジーザス・アンド・メリーチェインが頭をよぎるダンサブルなナンバー「Nobody Asked Me (If I Was Okay)」、出だしが一瞬ソニック・ユースを連想させるインディー・ロック・チューン「I Will」、そしてラストの表題曲ではドローンを取り入れるなど、かなりの彩度を誇っている。彼女は幼い時からゴスペルの聖歌隊で歌い、さらにインスタグラムにボビー・ギレスピー(プライマル・スクリーム)の写真をアップしたりするくらいだから、リスナーとしていろんな音楽を聴いてきたのだろう。こうした彼女の音楽的嗜好が本作には上手く反映されている。


 歌詞のほうも、多くの聴き手に最短距離で届く秀逸なものだ。よく比較されるロードのような詩的世界観はないが、自分の言葉をまっすぐに吐き出しているから、とても正直な響きを携えている。あざとい虚飾もなく、そういった意味で筆者は、日本のラッパーKOHH(コウ)のリリックを想起してしまった。特に「I Blame Myself」では、10代の頃から音楽活動やモデルの仕事をしてきたなかで生じた葛藤と、それをもたらしたものに対する反抗心が明確に表れていて、彼女が世間のステレオタイプに挑んでいるというのがわかる歌詞である。さらに「Nobody Asked Me(If I Was Okay)」では、自身のなかにある承認欲求と寂しさを吐露しており、ゆえに彼女の刹那的な心情を際立たせることにも繋がっている。


 だが、そこで自己憐憫なペシミズムに陥らないのが彼女の素晴らしいところ。むしろ本作は自由で活き活きとしたエネルギーに満ちていて、自分が抱える欠点や弱さを認めたうえで前に進もうとする彼女の姿を垣間見れる。しかも彼女はその姿勢を、あくまで等身大のまま貫こうとしている。少なくとも、ヒロイックな立ち居振舞いはまったく見られない。スカイ・フェレイラは、飾りを身につけたポップ・スターになれるだけの素質とスター性がありながらも、できるだけ妥協せずに自分の表現を届けようと試みている。いわば商業主義と自己表現の境界線を綱渡りしているのだ。このようなスリリングさも本作の魅力なのは言うまでもない。


 とはいえ、そんな本作の日本盤が、"未完成" のまま多くの人に届いてることは本当に残念でならない。大きな話題となったからご存じの方もいると思うが、本作の日本盤は本国盤に収められている「Omanko」という曲をカットした形でリリースされ、ギャスパー・ノエによる美しいジャケット写真も乳首が出ている部分はトリミングで見事に消されている。このような処置も彼女らしいといえばらしいが、音楽業界とやらに片足を突っ込み、"諸事情" もある程度は理解したうえで言わせてもらえれば、本作の日本盤は "完成品" として日本の音楽リスナーに届けられるべきだったと、今も強く想っている。『Night Time, My Time』が、スカイ・フェレイラという女性の真摯な姿を味わえる作品だからこそ。



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