編集部対談:ニッポンのロック・フェスティバルとは?~フジロックを中心に〜

さて、音楽フェス・ブームなんて言葉が一般メディアでもささやかれるようになってからずいぶんたつ。そういった時期もすぎ、ここ日本でも(季節をとわず1年中)むしろ定着してきた観がある。


クッキーシーンでも、その初期...たぶんまだ00年代初頭ころ「フェスとはなんだ?」みたいな対談記事を作ったような記憶があるけれど、当時とは状況も全然変わっている。


そろそろ、「今の趨勢」にふさわしい、新しいそれをやってもいい時期では? というわけで、さる7月アタマ、新宿は歌舞伎町のはずれの安カフェで編集部3人、顔をつきあわせ、そういったブームの先駆けとなったフジロック(やサマーソニック)をメインに、あーでもないこーでもない、とおしゃべりしてきました。


フジロック2014まであと1週間という絶妙なタイミング? でアップさせていただきます!


(伊藤英嗣)


このThe Kink Controversyは基本的に読者の方々からの原稿を掲載する場として作られたコーナーです(が、「関係者」が投稿することもあります)。


投稿時の主なルールは以下のとおりです。


・文字数は最低でも1000字以上。


・原稿の内容は、音楽に関することを主題にお願いします。ただ、主題と文脈的に繋げられるなら、アニメ、映画、小説、哲学など、他要素を混ぜても問題ありません。


・掲載する際には、投稿されてから10日以内に編集部のほうから連絡させていただきます。連絡がない場合は、申し訳ないのですがボツということになります。


・ライヴ写真などの画像類を掲載する場合には「権利者の許諾」が必要になります。その作業は「かなり大変」であることも少なくありません。それゆえ、申し訳ありませんが写真は送らないでください。場合によっては編集部で画像をそえることもありますが「投稿自体はテキストのみ」でお願いします。


・送っていただいた原稿の表記については、クッキーシーンにおける表記統一の決まりに合わせるため、編集部側で変えることもあります。それらがあまりに大量になったり、それによって文章のトーンが変わってしまう場合など問題があると判断した場合も、編集部のほうから連絡させていただきます。


音楽について語りたい欲求がある若者(近藤くんのような?)から、いまだ中二病が心に残っているせいで音楽にロマンを求めてしまう大人になりきれない大人(伊藤のような?:笑)まで、どんな方でも大歓迎。FEEDBACKから投稿できます。


皆さまからの熱い原稿を心からお待ちしております!


伊藤:さて、始まりました!


犬飼:始まりました。


近藤:オールナイト・ニッポン!


伊藤:今日は、もうすぐフジロックが開催されるということで、フェスティバルとはなんなのか? について3人でいろいろ話していきます。


近藤:らしいので、まずはどこから始めましょう?


伊藤:フェスティバル! お祭り!!!


近藤:うーん、これはゴールが見えないぞ(笑)。


伊藤:マジですか?


近藤:こんなざっくりしてちゃあねえ...。


伊藤:まあまあまあ。クッキーシーンの場合、こういう対談では最初に年齢を明かすことになってるんだけど、近藤くんは今いくつ?


近藤:25です。


伊藤、犬飼:まだ25!


近藤:「もう」25です。田中将大(88年生まれの野球選手)との差がだいぶ開いてます。


伊藤:知りあったときが25じゃなかった?


近藤:いやいやいや(笑)。だってクッキーシーンで書きはじめてライター活動しだしたのが、21になるかならないかくらいですもん。


伊藤:犬飼さんは41?


犬飼:42になりました。


伊藤:それで僕が51になるんですが、この3人で話せば、フェスに対する世代間の感覚が浮き彫りになるだろうということで、今回の対談に至りました。近藤くんからすると、フェスがたくさんあって当たりまえという感じだよね?


近藤:フジロックもサマーソニックも定着してましたね。


伊藤:そうかあ。今の若者の感覚からすると、フジロックの最初は黒歴史と言われてもおかしくない状態だった。今とは違う場所だったんだけど、あまりの悪天候で。クッキーシーンにいた畠山くんという編集者が、彼は97年のフジロックの1回目に行ったのね。それで感想を聞いたら、「とにかく大変でしたよ伊藤さん!」って(笑)。


犬飼:僕の友達も行ったらしくて、大変だったと言ってました。フジロックの1回目は2日間の開催で、1日目から騒ぎになっていたそうです。その友達は2日目の朝に到着したんだけど、そのときは特にアナウンスもなく、駅で人伝に「中止になったらしい」と聞いたみたいです。


伊藤:なんか、本当にやばかったみたいだよね...。いろいろ話を聞いたり、あと当時の雑誌...クイックジャパンだったかな? の記事とか見ると、まるで夏なのに『八甲田山』(注:70年代に制作された日本の雪山遭難パニック映画)みたいだったのか? と...。だけど、そういう話が出回ってしまったのは、産みの苦しみだと思う、あくまで。ちょっと話が逸れるけど、僕は90年代にレディングとかには行ってて、こういうフェスが日本にもあったらいいなと純粋に思ってた。それでフジロックに行ったとき、このフェスはレディングや、もしくはグラストンベリーのような雰囲気を出したいんだろうなというのは感じた。


犬飼:伊藤さんは、フジロックの1回目がやっていたときは家で『新世紀エヴァンゲリオン』をずっと観ていたそうですが(笑)、行ってみたいとは思わなかったんですか?


伊藤:これは僕の性格的なことなんだけど、お祭りって苦手なんだよね。


犬飼:半分わかります。


伊藤:後藤美孝さんがヴェルヴェット・アンダーグラウンドに関して、これは明らかにハレの音楽ではなくケの音楽だと(70年代末に)言っていたことにも、たぶん影響されてるんだろうね。


近藤:非日常(ハレ)と日常(ケ)ですね。


伊藤:非日常の場に対してどうしても尻込みしちゃうところがある。僕が田舎で育った田舎者だからというのも関係しているかもしれない。それから、やっぱ、非日常より日常が好きな人間なので。


自分たちの認識の甘さを痛感しました


犬飼:伊藤さんが初めてフジロック行ったのはいつなんですか?


伊藤:ニュー・オーダーが初めてフジロックに出たとき。


近藤:2001年ですね。


犬飼:それはニュー・オーダーを観たいから?


伊藤:それしかない(笑)。


近藤:フェスの雰囲気を味わいたいというのはあまりなかった?


伊藤:いや、そういうわけでもなかったよ。先にサマソニで日本のフェスというものを味わっていたし。そのとき行ったのは、2000年におこなわれた大阪での第1回サマソニなんだけど、ティーンエイジ・ファンクラブが出ていたから。当時の彼らは、クリエイション・レコーズがなくなり、それで新しいアルバムはどうなるの? という状態で、それでサマソニを主催するクリエイティヴマンのスタッフに「取材できる?」って訊いて、OKの返事が来た。そのときに、「山梨は人が多いんで大阪のほうがいいんじゃないですかね?」と言われて、「じゃあ大阪行きます」ということで行ったの。それと、当時クッキーシーンで大プッシュしていたフレーミング・リップスが出るからというのもあった。だから「コレハオレタチノフェスダ!」みたいな(笑)。


近藤:ハハハ(笑)。


伊藤:僕にとっては本当にラッキーなフェスだったよ。当時はすごく仕切りが甘くて、楽屋に行くと「よう!」って挨拶したり、昔のライヴハウスみたいなノリでどんどん取材もできた。それでこりゃあいいということで行っていたんだけど、3年目くらいから山崎さん(山崎洋一郎。現ロッキングオン編集長)や大谷さん(大谷英之。元クロスビート編集長)を見かけて...「なんで大阪に来てるんすか(笑)?」みたいな感じになってたりして。要は他誌の編集長たちも、大阪のサマソニは仕切りが甘いことを聞きつけて集まっていたのでは...と、ぼくは思った(笑)。それ以降は開催を重ねるごとに仕切りも厳しくなって、ふらふら楽屋を歩きまわって空いているバンドがいたら取材するということもできなくなった。でも、そういう甘さも初期サマソニの良さだったというかさ。


近藤:今のところサマソニの話ばかり(笑)。


犬飼:今のところね(笑)。


伊藤:いいじゃん、だってまだ枕だからさ(笑)。


犬飼:近藤くんが初めてフェスに行ったのはいつ頃?


近藤:僕が行きはじめた頃には仕切りもちゃんとしていたから、2000年代半ばとかですかね。


犬飼:フジロックとサマソニはどっちが先?


近藤:サマソニです。特に印象に残ってるのは2009年のサマソニで、エイフェックス・ツインのライヴにぶっ飛ばされました。


伊藤:だめじゃん(笑)、みんなサマソニが初めて。


犬飼:でも僕はフジが先だったかな。僕も2001年、ニュー・オーダー目当てで行ったんだけど、当時はインターネットが一般化される直前くらいのときで、あまり下調べもできなかった。それでも、一緒にバンドやっていた人たちと行きました。行ったらなんとかなるだろうと。それでチケットを買うときに「どのチケットを買いますか」と訊かれ、キャンプサイトが安いらしいというのは聞いていたから、「キャンプサイトのチケットください」と言ったんです。今ではありえないないけど、そのときはテントを貸してくれて、そこにチケット代も込みで1万いくらなんだなと思っていたから。だけど、「テントがないとキャンプサイトのチケットは買えません。どうします?」と言われて、「テントないっす」と答えたら「ないなら街まで下りてテント買ってこい」とも言われ。それで、「そりゃねえだろ。僕らはニュー・オーダーを観に来たんだ!」というわけわからない反論もして(笑)。そしたらスタッフさんが、「わかりました。宿を手配しましょう」と言ってくれたんです。


伊藤:まじっすか? すごい人間的だね。


犬飼:本当にビックリすると同時に、自分たちの認識の甘さを痛感しました。それでスタッフさんにお願いして、「取れるかわからないけど探してみます。待っててください」と言われてから1時間くらい経ったあと、「近くの宿を取れたので、そこまでは案内します」ということで案内してくれたんです。これはすごく感動しました。だからフジロック最高だなって。


伊藤:これ、読者のみなさんに言っておくけど、あくまで10年以上前の、大昔の話だから(汗&笑)。今はきっと、そんなに「甘く」ない、自分でちゃんと準備しないと...ですよ。でもって、まあ、日本はフェス文化というものに関しては、入ってくるのは遅かったと思うのね。例えば、60年代後半にウッドストックがおこなわれた直後とか、いろんな人がウッドストックみたいなことをやろうとしていたんだけど、そのほとんどが失敗してるというか、少なくとも数万人規模の「大成功」ではなかったというか。中津川フォークジャンボリーとかはあったけど、あれはもうちょっと小規模なものだったみたいだし、つま恋ってのはもうちょっと単体アーティスト中心っぽかった...。あと、これはニューミュージック・マガジン(現ミュージック・マガジン)の「ベスト版」で読んだんだけど、当時『富士オデッセイ』という、すげーフェスが企画されていたみたいだけど、それもぶちあげるだけぶちあげて開催できなかったらしい。


近藤:TOKYO ROCKSみたいですね。


伊藤:それから、内田裕也さんだったかな? わりといい感じのフェスみたいなことやってたみたい...。だけど、マガジンの記事によると、やっぱ「ゴミ問題」がすごかったみたいで...。まあ、フジロックやサマソニが根づくまでは、単発でいくつかあったくらいだよね。スタイル・カウンシルやアソシエイツが出た『ROCK IN JAPAN 1985』とか。


犬飼:90年代は、インディー系のバンドが頻繁に来日するようになって、そういうバンドを集めてクラブチッタとかでイベントが開催されていた。だからフジロックみたい大規模フェスが出てきたときは、自然が苦手というのもあって、すぐには飛び込めなかった。



どうして日本にもフェス文化が根づいたと思います?



伊藤:フジロックの1回目はレッド・ホット・チリ・ペッパーズがメイン・アクトだったんけど、正直あまり興味なかった(笑)。


犬飼:僕もです(笑)。


伊藤:もちろん嫌いじゃないけど。それはそれとして、さっき出た犬飼さんの良いエピソードは、個人主義が進んでいる欧米のフェスではまずありえないと思う。それから、日本と欧米の違いは、場所取りだよね。


犬飼:それは悪い意味?


伊藤:悪い意味で。僕も次のバンドを観たいから会場に残ったりするけど、日本だと変なところにシートを敷いたりする人がいるじゃん(笑)。困った位置に椅子を持ち込んだり。これは本当に文化の違い。


近藤:日本だと、桜の花見と一緒の感覚でフェスに行っている人がけっこう居て、そういう人たちがシートを敷いたりしちゃうのかもしれませんよね。


伊藤:そうそう。でっかいステージの後方だったら全然かまわないし、もちろんフジではぼくもやってる(笑)。それが、例えば...初期ナノムゲンにあった「邦楽ファンの洋楽バンドに対する冷たさ」については、いろいろ話を聞いてたけど、そういう部分が「場所取り」によって表出するみたいな話は、よく耳にするよね...。


近藤:日本人のフェスの捉え方って、欧米とは少し違う気がする。


伊藤:先に出た非日常と日常の話にも繋がるかもね。非日常だから何をやってもいいみたいな。


犬飼:ハメを外しやすい。


近藤:成人式に人が暴れまわったりね(笑)。イギリスはどうですか? 日常の延長線上にあるものという感じでしょうか?


伊藤:少なくとも90年代のレディングはそうだった。ロンドンまで終電で帰れた。グラストは行ったことないからわからないけど、それはむしろ非日常的な感覚を楽しむものだったのかな? もともとフジはそっちに影響されたという話も聞いたことがある。だけど、今のフジロックは、そういう非日常と日常を上手く混ぜ合わせている気がする。


近藤:というよりも、非日常と日常の境目を曖昧にしているという感じじゃないですか? 


伊藤:それはあるかもね。


近藤:そういう意味でフジロックは、日本人だからこそできるロック・フェスというのを根づかせたし、それを可能にした確固たる哲学はあると感じます。そこで僕も2人に訊きたいんですが、どうして日本にもフェス文化が根づいたと思います? CDの売り上げが下がっている音楽業界にとって、ライヴ・ビジネスが大きな収入源にもなっている現実がある。フェスの数も増えてますよね。


伊藤:ひとつは、日本人は音楽を非日常のものと捉える傾向があり、そういう意味じゃ日本的なフェス文化が根づいたっていうのはあるけど、フジロックが根づいたことと日本でフェスが増えた理由は、ちょっと違うかもね。近藤くんが言ったように、フジロックは非日常と日常の境目を曖昧にしていこうというコンセプトがちゃんあるように見えるし、それが受け入れられたからだと思う。一方で、日本でフェスが増えた理由は、あくまで日本のお祭りとして広がっていったからじゃない。さっきも言ったけど、日本人は非日常が好きだから。


近藤:なるほど。その流れでひとつぶっ込みたいんですが、最近SHISHAMO(ししゃも)という女性3人組のバンドが面白い曲を発表したんです。「君と夏フェス」という曲で、フェス文化の話になった流れでひとつの参考になるかなと。それでは...。


(SHISHAMO「君と夏フェス」のMVを再生後)


近藤:簡単に言うと、ロック・フェスにきた若いカップルの一幕を描いてます


伊藤:若い人にとってフェスというものが一般化したんだな、良いことだなあという感想しかない(笑)。事実としては良いことだと思う。


犬飼:人によく言われるのが、「フェス好きだよねえ」っていう。ややこしいことを言いたいわけじゃないけど、出てる人で行くか決めてるんだけどなあというか、毎回フジロックに行っているわけでもないしみたいな。


近藤:フェス好きと音楽好きって厳密に言えば違いますよね。


伊藤:それはすごくシビアな話になっちゃう。


犬飼:そう。フジロックやサマソニが根づいていくうちに、そうやってだんだん分かれていったというのはあるかも。


伊藤:そういう意味でも、やっぱフジロックにはちゃんとコンセプトがあるように見えるな...。じゃないと、あそこで10年以上とか絶対無理...。


犬飼:良くも悪くも、行くのにお金がかかるという。それで淘汰されてしまう人と、根強いリピーターを生むというのはあるかもしれない。


近藤:そこをどう捉えるかでフジロックに対する評価も変わるでしょうね。


伊藤:最近は、お金が高いことによって選別するというのがひとつのマーケティングになっちゃってるじゃん。そう考えると、フジロックもそのひとつに見えてしまうおそれはあるよね。


近藤:よくツイッターやフェイスブックで、お金がかかるフェスに行くため食事代を切りつめて、服代も減らして私ビンボーなんですみたいなことを投稿してる人を見かけるけど、僕からすると、切りつめるくらいでお金がかかるフェスに行けるんだったら、それなりにお金を持ってる人ですよあなた、ってのはすごく思っちゃう。


伊藤:お金がかかるフェスに行けるだけのお金を貯めるのも無理な人たちって絶対いるじゃん。もちろん、なににお金を使うのを最優先するか、というチョイスも含めて。愛知に住んでいると、どっちかというとそっち...音楽フェスとか関係ないって人が(東京で日常をすごしてるときと比べれば、より)普通に目につくっていうのもあるけど...。そういう意味では、音楽が好きでお金を貯めているというのはすごく健康的でいいね! と単純に思うよ。そういうの、好きだな、って。


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