KATE TEMPEST『Everybody Down』(Big Dada)

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 イギリスのラッパーであり2000年代を代表するリリシスト、ザ・ストリーツことマイク・スキナーの最高傑作『A Grand Don't Come For Free』が世に出たのは、今から10年前の2004年5月。このアルバムでマイクは、一見代わり映えしない日常を淡々と描いている。それは、オープニングを飾る「It Was Supposed To Be So Easy」の一説からもわかるはずだ。


《今日やること DVDをレンタル屋に返す 銀行で金をおろす 母ちゃんに夕飯を食べに行けよと電話する それから貯めた金を持って 待ち合わせ場所に走るんだ》

(「It Was Supposed To Be So Easy」)


 そんなアルバムを聴いて筆者が口にした言葉は、「普通!」。いや、内容が凡庸だとか言いたいのではなく、マイク・スキナーの歌詞が日本に住む筆者の日常とほとんど変わらないことに驚いたのだ。おまけに逃避願望もほとんどなく、そもそも "日常" とは本当に代わり映えしない退屈なものなのか? というマイク・スキナーの鋭い視点とタフな精神が、アルバム全体を覆っている。ゆえに『A Grand Don't Come For Free』は、 "日常" に隠された面白い側面を切り取るユーモアと好奇心で溢れている。


 2014年5月、筆者は久々に、聴き終えた瞬間「普通!」と(心の中で)叫んでしまう作品に遭遇した。その作品の名は、『Everybody Down』。現在27歳のイギリス人女性ラッパー、ケイト・テンペストによるアルバムだ。ケイトはサウンド・オブ・ラムのメンバーとして、アルバム『Balance』を2011年に発表するなど、音楽活動歴はそれなりに長い。さらに詩人や小説家としての顔も持ち、2015年発表予定のデビュー小説『The Bricks That Built The Houses』は出版権がオークションにかけられるなど、出版前でありながらすでに話題作となっている。このようにケイトは、言葉を扱う才能に恵まれた才女なのだ。


 『Everybody Down』でも、その才気は文字通り煥発。テンポのよい韻の踏み方は迫力を持ち、聴き手の心に深く突き刺さる。もちろん言葉の組み立て方も秀逸。それなりに英語を理解できればより楽しめるのは間違いないが、たとえ完全に理解できなかったとしても、冷静と情熱の間を行くケイトのエモーショナルなラップに聴き入るだけで、気持ちが自然と昂ってしまう。言ってしまえば、それだけでも『Everybody Down』は必聴レベルに達している。ケイトの声、呼気、温度に触れるだけで、目の前の景色がほんの少し変わるのだ。だからこそこのアルバムは、マイク・スキナーと比べればいくぶん寓話的にケイトから見た日常が描かれていながらも、日本に住む私たちにも響く "普遍性" を備えている。


 フランツ・フェルディナンドホット・チップとの仕事で知られるダン・キャリーをプロデューサーに迎えたサウンドも、聴きごたえ十分。ドラムマシーンとアナログ・シンセをメインに制作されただけあって、良い塩梅のラフな質感が耳に心地よく馴染む。音数が少ないミニマルなプロダクションも際立ち、ケイトの言葉を聴き手に最短距離で届けてくれる。また、「Lonely Daze」ではダンスホール・レゲエの定番リディムのひとつ "スレンテン" を取り入れたりと、挑戦的な姿勢を垣間見せる。「The Truth」のベース・ラインがダブステップを感じさせるのも面白い。


 こうした具合に、『Everybody Down』はサウンド面にいくつもの要素が込められた作品だが、強いて括るならばヒップホップということになる。それゆえヒップホップ好きに聴いてほしい、と締めるのが妥当かもしれない。だが、それではあまりにもありきたり。そこで筆者は、ミツメシャムキャッツ、それから森は生きているといった音楽を聴いている人に『Everybody Down』を勧めたい。というのも、ミツメ、シャムキャッツ、森は生きている、ケイト・テンペスト、4者は視点や手段こそ違えど、"日常" に潜むささやかな光や楽しみ、あるいは世にも奇妙な世界に繋がる扉を指し示すという点では共通しているから。"日本の音楽" と "イギリスの音楽" なんて区分けは無意味だ。日本語と英語、言語は異なるが、その言語だって音に過ぎないのだから。そんな言語の音に惹かれたあと、言葉に込められた意味を理解していくという楽しみ方もアリなはず。確かに『Everybody Down』は、"日常" から逃れられないという諦念を抱きながらも、そこで生きる人々の想いが込められた言葉で埋めつくされている。だが、その言葉をまずは "音" として楽しんでみてほしい。それでも魅力は十分伝わる。住んでいる場所なんて関係ない。


 とはいえ、理解を深めた先に見えてくる風景がどんなものなのか、それは筆者の口からは言えない。マイク・スキナーは、『A Grand Don't Come For Free』のラスト「Empty Cans」で、《この先はつらい日々が始まる でもこうなるはずじゃなかった季節は終わった だからこれが本当の始まりなんだ》と言葉を紡いだが、それから10年後に生まれた『Everybody Down』は、果たして「本当の始まり」から生まれたのか? それとも10年前よりハードになっただけというシビアな現実を突きつけるのか?  その答えは、あなたの耳と心で直接確かめたほうがいい。



(近藤真弥)

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