SEAN NICHOLAS SAVAGE『Bermuda Waterfall』(Arbutus)

sean.jpg

 インディー・ロックと凡庸な大量消費ポップスの違いは、一つに「大衆性を優先しすぎて真の感情を殺していないか?」にあると思う。


 80年代のAOR、エレ・ポップ、ブルー・アイド・ソウルを連想させる一方で、無国籍な音色はときにアジア風であったり、中南米の風を感じさせたりする。ファルセットを多用するヴォーカルに最小限のオケ。モントリオールのソロ・ミュージシャン、ショーン・ニコラス・サヴェージの新作を聴きまくっている。街中のカフェに似合う音楽のようで、ある瞬間、鋭く耳に突き刺さってくる。ショーンの放つ露骨な表現。歌声というよりうめき声、というか、もはや動物の鳴き声に近いファルセットは好き嫌いが分かれるだろう。私は好きだ。何万遍語るより一瞬で切なさを伝える。過去、現在、未来、ひょっとしたら人生を通した苦しみを伝えるヴォーカル。シンプルな、良い意味で中二病全開の歌詞もその効果を助長する。


 例を挙げれば4曲目の「Heartless」。ポリスの「Every Breath You Take(見つめていたい)」を思わせるメランコリックな反復コードの曲(確信犯なのか、3曲目の終りに《Every Move I Make》という歌詞がある)。少年時代のあの娘の記憶、二人だけの王国、彼女を偶像化して想い続ける。漂うエロティックな空気。一転して不穏な匂い、おそらく大人になった彼の視点。彼女には別の恋人がいる、でもそんなことは問題じゃない。子どもの頃、彼女は僕に蝶々をくれたのだからと彼は歌う。おそらくは性行為のメタファー。村上春樹の短編「女のいない男たち」を思い出した。昔の恋人が自殺したことを主人公は知る。彼女の夫は彼を嫉妬している。中学の時、消しゴムを忘れた彼に彼女が自分の物を半分に割ってくれた。そのことを死ぬ前に彼女は夫に喋ったのだ。


 ショーンの音楽は誰の心の奥にも眠る大切な、あるいは痛切な記憶を呼び起こす。元レーベル・メイトのグライムスや、ショーンからの影響を公言するマック・デマルコ等に比べ、商業的に扱いやすいキャッチーさには欠けるかもしれない。しかし彼は驚異的な鮮度で個人的感情を保ったまま、普遍性を獲得しようとしている。歴史を越えて受け継がれるポップスとはそういった綱渡りから生まれる。80年代にポリスのメンバーの兄弟が運営する《I.R.S》からデビューしたR.E.M.もそういったバンドだった。村上春樹も愛聴する彼らの音楽の大きな主題は「かつて素晴らしかったが、今は損なわれてしまった何か」だと思う。奇妙な符合。R.E.M.のメンバーはレコード屋の店員と常連客として知り合ったというが、ショーン・ニコラス・サヴェージの音楽からもレコード・マニアの匂いがする。何より生きづらさを感じる。シンプルな表現の組み合わせで独創的な音楽を生み出してしまうような輩にとって、この世界は息苦しすぎる。



(森豊和)

retweet

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: SEAN NICHOLAS SAVAGE『Bermuda Waterfall』(Arbutus)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://cookiescene.jp/mt/mt-tb.cgi/3913