BOB DYLAN『Side Tracks』(Columbia / Sony Music)

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 ぼくがディランに本気で入れこみはじめたのは80年代なかば、まだ大学生のころだった。多くのオリジナル・アルバム(もちろん「すべて」は無理だった:汗&笑)を買い集め、かなり聴きこんだ。それ以降、リアルタイムでリリースされるアルバムは、ほぼ「いいな」と思えた。ディランというのは常に深く時代とシンクロしている...と感じつつ(なお、当時さんざんディランをディスっていた中村とうようさんの意見にひきずられてるんだろうけど、「宗教」っぽいメタファーがちりばめられた70年代末~80年代初頭のアルバムはあまり聴く気になれず、いまだ持ってない:汗&笑)。


 60年代における「弾丸のような言葉や声(や狂ったような笑い。それは1965年の『Bringing It All Back Home』で聴ける)」の洪水も、サイケデリックなオルガンがフィーチャーされるようになってからのサウンドも、ジョニー・キャッシュとの共演を含むカントリー・アルバムも、ローファイ/ガレージそのものといえる『The Basement Tapes』も、70年代なかばにおける「痛い」としか言いようがない「暴露」ぶりも、80年代以降マーク・ノップラーやダニエル・ラノアやドン・ウォズなど「うわっ、最先端すぎじゃないですか?」ってな感じのプロデューサーとその都度組むようになってからも、彼は常に「今」の人だと感じられた。


 2007年発表のベスト・アルバム『Dylan』にあわせて起用された「初の公式リミキサー」がマーク・ロンソンだったという事実にも舌を巻いたし、そのころ公開された「一風変わった」伝記映画『I'm Not There』のサウンドトラック盤では(こんなタイトルにもかかわらず:笑)ディラン自身と並んで、ソニック・ユースやテレヴィジョン、(LAの)Xといったバンドの面々から、スティーヴン・マルクマス(ペイヴメント)、ヨ・ラ・テンゴ、スフィアン・スティーヴンス、アントニー&ザ・ジョンソンズまで、まさに錚々たる「オルタナティヴ・アーティスト」が勢揃いしていたことも忘れられない。


 そんな流れのなか、ちょっと気づいたことがある。パンク/ポスト・パンク/ニュー・ウェイヴやディスコ、アダルト・コンテンポラリーなど一部の例外を除き、60年代なかば以降のロックの世界では、なによりオリジナル・アルバムが重視されていた。ディランは、ビートルズやUKのいわゆるプログレッシヴ・ロック一派と並んで、まさにそれを確立した者のひとり...と文献で学んだ。そして彼のオリジナル・アルバムの数々は、この耳で聴いても、ぶっとんでしまうほど素晴らしい。ただ、シングルにも、すげーものが多いのではないか? オリジナル・アルバム未収録曲をいくつか含んだ『Greatest Hits』(1967年)や『Gretest Hits Vol.2』(1971年:LP2枚組)などは、ちゃんとした「流れ」もありすぎるくらいあって、オリジナル・アルバムに勝るとも劣らないほどグレイト、素晴らしすぎる。


 その延長線上にあるのは、レア・トラックをより大量に含む1985年の『Biograph』。ただ、アナログLP5枚組というヴォリュームは、さすがに、さまざまな意味でトゥー・マッチすぎ...。ぼくがそれを(より聴きやすいCDヴァージョンで)購入したのは、たしか80年代終わりか90年代に入ってから(CDプレイヤーそのものと、ほぼ同時くらいに...。それ買うの、かなり遅かったんです:汗&笑)。


 そして今、2014年。00年代にちょこちょこCDで買いなおしていたオリジナル・アルバムも(昔のようにアナログ盤→カセットという形ではなく、今度はiTunesというアプリケーションで)存分に聴きまくった。ベスト盤は先述の『Dylan』がある。また「そういうもの」が聴きたい...ディランの「オルタナティヴな」作品が。だけど今さら『Greatest Hits』や『Gretest Hits Vol.2』をCDで買いなおす気にはなれないし(まだリッピングしていない)、『Biograph』をパソにとりこんで(仕事がら、もしくはリッピングという行為をやりはじめたころからのクセで)オリジナル・リリース年度を調べて入力し、そこから自分に合った尺度のプレイリストを作る...という作業も面倒すぎる。正直そんな時間は(以下略)。


 そこにジャスト・フィットするかのごとく登場したのが、これだ。ディラン初の公式レア・トラック集『Side Tracks』。あれが入ってないだの、これも入れてほしいだの網羅的/研究的に考えるとまじできりがないので、そういった部分はさくっと忘れれば大丈夫。『Greatest Hits』『Gretest Hits Vol.2』『Biograph』それ以降のベスト盤や「公式ブートレッグ」から、かなりいいバランスでCD2枚にオリジナル・アルバム未収録曲/未収録ヴァージョンがずらりと並んでいる...という客観を装った物言い以上に、実際聴いていると、もう時間を忘れて没頭できる。一方で、失礼な言い方かもしれないが、オリジナル・アルバムほど「集中を要求されない感じ」が、またいい。彼の(というか、あらゆる)音楽の本質のひとつである「純粋な楽しさ」にフォーカスしやすい。


 もちろんオリジナル・アルバムから入っていくのが「正統的な」アプローチ。それは、まちがいない。ただ、ぼくは、とりわけディランを聴いたことがない人に、あえてこう言いたい。まずは2007年のベスト盤『Dylan』と、これを聴いてみたらどうだろうか? ちなみに、ここにはきれいに「2000年までの曲」しか入っていない(2007年初出のヴァージョンもひとつあるけれど、最初の録音は1989年らしい)。だから、そのあと20世紀にさかのぼるか、21世紀のオリジナル・アルバムを試してみるか、どちらにも進みやすい。それは、あなた次第。実際どっちに行っても、極めてスリリングな体験が待っているはずだ。



(伊藤英嗣)

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