ふぇのたす『胸キュン'14』 (Universal) 

| | トラックバック(0)
ふぇのたす『胸キュン'14』.jpg

 繰り返しのリズムで寿司のネタを挙げていくダンス・チューン「すしですし」で始まり、ボーカロイド、エレ・ポップ的な音作りを基調としながらも、見え隠れするのはNUMBER GIRL(ナンバーガール)への愛。ヴォーカルのみこ、デジタル・パーカッションの澤"sweets"ミキヒコ、そしてギター/シンセサイザーと全ての作詞作曲をこなすヤマモトショウからなる3人組ふぇのたすは、羊の皮をかぶった狼である。


 2曲目「たびたびアバンチュール」は、NUMBER GIRLからの影響を公言するBase Ball Bear(ベース・ボール・ベアー)を彷彿させるニュー・ウェイヴ・ディスコだし、3曲目「有名少女」はNUMBER GIRL「透明少女」へのオマージュ。ギターの音圧が上がり、舌足らずなヴォーカルも熱を帯びてくる。けれども深追いはせず、以降は80年代アニメ・ソングのようなエレ・ポップへ回帰していく。乱暴な例えだが、彼らの音楽性は高橋留美子『らんま1/2』の女らんま。一見可愛らしい容姿で中身は武闘派なのだ。


 高橋留美子の諸作品は萌え文化の源流のひとつであり、アニメ同人誌やボーカロイドで描かれるキャラクター・デザインのルーツかもしれない。萌えという感覚は諸説あるが、私が思うに、ある種のフェティシズムであり、個人対個人の物語へ発展しない。彼や彼女の中だけで完結する二次元への恋である。アニメの美少女は生身の女性と比べて情報量を格段に減らす一方で、ありえない大きな瞳や胸といった形で魅力をデフォルメし増幅している。ボーカロイドも肉声をデジタル化して情報を減らしながらも、人には歌えないとっぴな加工が可能。つまり情報を削ぎ落とし単純化し、ある部分に限局して反復しイメージを増幅する。


 これは昨今の精神科医療の大きなトピックス、自閉症スペクトラムと結びつきやすい特徴だ。国際的な精神疾患の診断基準であるDSM-5において、アスペルガー症候群や従来の自閉症などを包括する概念として新たに定められた疾患単位である自閉症スペクトラムは、生まれつき感覚過敏があり膨大な情報にさらされることに弱く、その程度が甚だしければ、著しい興味の限局と反復、コミュニケーションの不具合を引き起こす。その一方で、ときに人並み外れた創造的才能はこの特性に基づく場合がある。


 この視点に沿ってふぇのたすを聴けば、彼らの曲で一貫して歌われるテーマはあらゆる角度から襲いくる情報の渦だ。「有名少女」における注視妄想に、「もどかしいテレパシィ」のメールと伝言板だけで確認される恋、「おばけになっても」で歌われる幽体離脱する恋人。逃げ場のない情報社会で、繰り返されるリズムを盾に情報を遮断し彼女は身を守る。嫉妬や憎しみだけでなく、優しさや思いやりさえも負担になるのかもしれない、そんな彼女は「透明少女」。極まれば光も闇もこの世界の真実全てを受け止めてしまうような、その過敏性ゆえに、ときに現実を拒否し引きこもる。しかしひとたび世界と彼女の歯車が合えば、凄まじい才能を発揮するポテンシャルを秘めている。


 アイドルの作詞作曲も手がけるヤマモトショウは、萌え、オタク文化と彼の愛するNUMBER GIRLの音楽との接点を無意識に、半ば本能的に見出してしまった。そしてそれは時代の空気と必然的にリンクする。彼らのA&R加茂啓太郎が言う「音楽的発明」とは斬新なアイデアに加えて、そのアーティストが生きる時代のリアルを切り取っていることが必須条件なのだろう。



森豊和

retweet

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ふぇのたす『胸キュン'14』 (Universal) 

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://cookiescene.jp/mt/mt-tb.cgi/3927