細野晴臣『HOSONO百景 いつか夢に見た音の旅』書籍(河出書房新社)

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 2013年6月2日、京都磔磔にて細野晴臣のライヴを観た。近年のソロ三部作が中心ではあるが、サニーデイ・サービスがカヴァーした「恋は桃色」や、はっぴいえんどの「暗闇坂むささび変化」まで披露してくれた。東京公演ではYMOのライヴでも取り上げたクラフトワークの「Radioactivity」を演奏したという。


 本書のなかで細野は今、「40年代の音楽が特に面白い」と語っているが、単なる回顧趣味ではない。現在の作風は、はっぴいえんど、YMO、アンビエント期の作品群を経て行き着いたもの、ライヴからもそう感じられた。一見、回り道に見える過程にこそ意味がある。結果ではなく、そこへ至る意思。「今は、YMOの頃とは逆でテクノの曲を有機的な生演奏で再構成するのが好きなんだよ」と細野は語る。


 cero森は生きている吉田ヨウヘイgroupなど、昨今、細野からの影響を公言するミュージシャンは多い。Sayoko-daisyCRUNCHはより直接的に、カヴァー音源配信という形で影響を伝えている。細野晴臣の音楽が今なお多くの若者の心を惹きつけるのはなぜだろう? その答えがこの本にはある。


 本書は『TRANSIT』誌のために語った旅と、それにちなんだ音盤の話をまとめたものだが、世界各国、都会と森の比較、果ては宇宙やはらいそ(楽園)、銀幕の美女についてまでとめどなく語っている。サーフィンをしたことのないブライアン・ウィルソンが、サーフィン、ホット・ロッド、水着の女の子についての曲を書いたように、想像力こそが音楽の源泉だ。


 文中で細野は、13年作『Heavenly Music』 の裏テーマを「忘却」だと説明している。レコードでもリリースされた近年のソロ三部作のジャケットを比べると、『FLYING SAUCER 1947』では煙草をくわえ新聞を読んでいた細野は、『HoSoNoVa』では窓から差し込む光の下でまどろみ、最新作『Heavenly Music』では遂に姿を消し、代わりに鳩が写っている。


 「僕が音楽を作るときは、彼方の記憶を引っ張り出したり、夢を思い出したりするような気持ちでやっているから、常に忘れることとの闘いなんだ」と語るが、ジャケットの変遷は、細野が忘却のなかへ消え、天上に昇っていくことの暗示なのだろうか、いや違う、先述のライヴで私は細野と会話する機会を得たが、笑顔で挨拶される一方で、鋭く光る眼光、その奥に宿る、燃えさかる何かを感じた。


 「YMOの最初の2枚は宇宙人が聴くかもしれないと本気で思いながらつくっていた」と本書で細野は語っている。世界で認められるかどうかの次元を飛び超えて、宇宙で聴かれるはずだと思っていたのだ。それくらい自分のつくる音楽の魅力を信じている。UFOの存在と同じくらい確信している。

 

 細野の著作は数多く出版されているが、最新の口述筆記ということもあり、フラットな本音が出ている。「レディー・ガガのように素顔がわからないどぎついメイクはしんどくて」と訴え、「化粧をしていない女性の素顔の美しさが心地よいんです」と述べるさまは、そのまま現在の細野の音楽への姿勢に通じる。また最近のメイン・ストリームのJ-POPを評して「無意識的に外国の音楽を受け取って、自分のものと錯覚しつつ活動しているだけでしょう」とばっさり。その他、紹介しきれない数多くの名言がある。


 本書のジャケット・イラストでは、過去/現在、世界の生き物、自然、インディアン、UFOまで、全てが共存する小宇宙で、細野がくつろぎ、のんびりした風情でこちらを見つめている。ひょっとして、細野が語る「忘却」とは、震災の記憶を癒していくことかもしれない。ぼんやりとだが、本書を読み終えてそう思った。



(森豊和)

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