黒田隆憲『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』書籍(DU BOOKS)

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 1991年11月。僕はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの初来日公演を観るためにクラブチッタ川崎のフロアにいた。当時のマイブラは『Loveless』をリリースしたばかり。この年は"シューゲイザー・ムーヴメントの隆盛"というよりも、マッドチェスターのバカ騒ぎが過ぎ去った後の音楽シーンが再び活性化し、面白くなってきた季節だったと記憶している。ライド『Nowhere』、プライマル・スクリーム『Screamadelica』、ピクシーズ『Trompe Le Monde』、ティーンエイジ・ファンクラブ『Bandwagonesque』など、今でも名盤とされているこれらのアルバムが立て続けにリリースされたのが91年前後。他にもファイヴ・サーティ『Bed』、ネッズ・アトミック・ダストビン『God Fodder』だとか。いわゆるロック・ヒストリー的には取り上げられることが少ないバンドだって、(誰かの記憶にはしっかり焼き付いているはずの)素敵なアルバムを発表して、毎月のように来日していた。


 けれども、肝心のマイブラのライヴをあまり思い出せない。『Loveless』のサウンドがどう再現されるか? ってことよりも、どちらかと言うと『Isn't Anytheing』が気に入っていた僕は「とにかく轟音でぶちかましてくれ!」って思っていた。それが、かなり拍子抜けだったからかもしれない。それでも会場に集まったファンの熱気がすごかったこと、終演後のフロアに『Screamadelica』が流れて「意外だな」って思ったこと、グレー地にワインレッドの渦巻き文字で"my bloody valentine"と描かれたTシャツを買って帰ったことは覚えている。


 僕が横浜に帰る東海道線に揺られている頃、ひとりの男の子が彼の未来を決定する象徴的な出来事を体験していた。 彼はもちろん熱心なマイブラ・ファン。マイブラのアルバムやEPを聴きまくり、音楽雑誌のレヴューを読み漁る。そして、自身もバンドを結成して音楽漬けの毎日を送っていた大学生。それが、この本の著者である黒田隆憲さん。23年前のその日、黒田さんが偶然にも開くことができた楽屋の扉は、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンドと共にある"今"につながっていた。


 『Loveless』をリリースしたあと、20年近くもシーンから姿を消してしまったマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン。愛すべき厄介なこのバンドが08年に再始動し、12年に新作をリリースするなんて、誰が想像できただろう。そして、記憶にも新しい12年から昨年にかけての来日公演も。この本では、そんなマイブラの("奇跡"ともいえる)不思議な"軌跡"がひとつひとつ明かされていく。時には、音楽ジャーナリストという肩書きもかなぐり捨てるような情熱を持って。08年、ロンドンのラウンドハウスでの再始動ライヴに駆けつけた著者はこう記す。


「この十数年間、僕自身にも色んなことがあった。(中略)紆余曲折を経て音楽ライターとして何とかやっている。その間ずっとずっと思い続けてきたマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの記念すべき再始動ライヴ。その皮切りとなるロンドン公演を本当に見逃していいのか? とてもじゃないけどフジロックまで待てない!」(本文より)


 そして、元ミュージシャンならではのサウンド分析と機材紹介は、バンド活動をしているキッズやサウンドを多角的にとらえたいファンにとっては必読だろう。アンプ、キャヴィネットからメンバーのエフェクター・ボードの写真(!)、さらにはエフェクターとアンプをつなぐブロック図(!!)まで。世界中のマイブラ・ファンが知りたがっているサウンドの秘密を日本語で読むことができる。これは本当にすごいことだと思う。


 ケヴィン・シールズへの2度に渡る単独インタビューも読み応え充分だ。そこに至るまでの(本当に驚き!の)エピソードの数々、ビリンダ・ブッチャーとの心温まる交流、そして何よりも東京、ロンドン、ニュー・ヨーク、メルボルン、グラスゴー、マンチェスターなどなど...世界中を飛び回って体験したライヴ・レポと著者自身が撮影した極彩色のステージ・フォトの臨場感。


 時系列に沿ったドキュメントはどれも想像以上で、まるでロード・ムーヴィーのようだ。時間と空間、さらにはマイブラというバンドと音楽そのものにまで翻弄されながらも突き進む著者の姿は、音楽ファンなら共感してしまうに違いないと思う。マイブラというバンドをとことん愛し、ロック・ミュージックを信じ切り、他人から見れば「たかが音楽に、なんでそこまで?」と思われてしまうかもしれない。けれども、この本は音楽を、誰かを、何かを大好きになることの素晴らしさを伝えてくれる。そして、それがとても困難だってことも。


 読み終えて、マイブラのアルバムをもう一度聴いてみる。『Isn't Anything』と『Loveless』、そして『ep's 1988-1991』も。今まで以上に、そのサウンドが多くを語りかけてくる。この本に描かれていないたったひとつのこと。それは未来。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの新しいストーリーは、この本の読者ひとりひとりがこれから体験すること。91年に黒田さんがクラブチッタ川崎で開いた扉は、僕たちにとっても楽しみな音楽の未来につながっていた。



(犬飼一郎)

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