REAL ESTATE『Atlas』(Domino / Hostess)

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 リアル・エステートも風格が漂うバンドになってきた。と、思ったのは1月半ばに先行で公開された「Talking Backwards」を聴いた時だった。ただ、同楽曲のMVに映る彼らの和やかな表情を見ていると、「そうでもないのかな?」と自分を疑ってしまったりもする。リアル・エステートから風格を感じたのは、初めて聴く楽曲にも関わらず、彼らが作るノスタルジックなメロディーに自然と胸を撫で下ろすことができたから。ニュー・アルバム『Atlas』を聴いていると、このバンドのメロディー職人的な部分は3年前の『Days』からさらに洗練されているように感じる。


 また、自分たちの作るメロディーを支えるバンド・アンサンブルが円熟してきたというのも少なからずある。『Atlas』でもこれまでと同じように、マーティン・コートニー、マット・モンダニル、アレックス・ブレーキーの3人が学生時代からここまで共に過ごしてきた時間の密度をそのまま映し出したようなアンサンブルが芯になっている。密度という点においてはますます良くなっていて、「Crime」をタブ譜付きで聴くことができるヴィデオ「How to play... Crime」を初めて見た時は、肝心のタブ譜よりもマーティンとアレックスの息の合い具合に目がいってしまった。そして、3人でも埋め切れなかった隙間を新メンバーの2人が埋めていく。鼓膜へ優しく沁み込むようなギターのリヴァーブやマーティンのソフトなヴォーカルを後押ししているのは、新キーボーディストのマット・コールマン(過去にガールズ『Broken Dreams Club』やクリストファー・オウエンス『Lysandre』に参加していた)で、アレックスの太く滑らかなベースと共にドリーミーな雰囲気と音風景が薄れていかないようにしっかりとした額縁を作るのは、前作リリース後のライヴから参加していた新ドラマーのジャクソン・ポリスである。特に「The Bend」と「Primitive」に新リアル・エステートの関係性がよく現れている。加えて、今作はプロデューサーとミキシングを担当したトム・シックによってこれまで以上に各パートの一音一音がクリアになっているため、音像に微かな靄が立ち籠めていた『Days』よりもさらに、アンサンブルのディテールに耳を澄ますことができる。


 ところが、リリックに注目してみると、音像からは消えた靄がマーティンの心の方に立ち籠めていることがわかる。その原因はガールフレンド(おそらく2012年に結婚した方)との遠距離恋愛だ。アルバムの1曲目「Had To Hear」から、《帰れるかどうかわからない/だけどこの夢を叶えるため(中略)君に電話をかける/君を近くに感じるために思わず同意してしまった/違うと知って/だけど久しぶりだから/よくないと知って》と歌うように、ニューヨークに拠点を移してからもツアーやフェスで各地を飛び回り、バンドとして確実に成長する一方で、ガールフレンドと大きな距離ができてしまったことに不安を感じていたようだ。彼の不安、孤独感を最も緩和させているのは彼女との電話。他愛無い会話でも、コミュニケーションをとることで、お互いがどこに居ても繋がっているような気分になれる。少しでも長く電話したいがために《逆さまから喋ったらどうかな/君には意味が分からないかな?》(「Talking Backwards」)と言う彼だから、なかなかうまくいかない時もあったのだろう。それでも彼は自分自身を見つめ直し、心の靄を取り払うように、正直な言葉と一途な思いを彼女に伝えている。彼には彼女しかいない。《一晩中眠れないんだ/どうしたら良くなるのかもわからないんだ/深刻な不安だよ(中略)死にたくないよ/孤独と緊張で/僕の側にいて》(「Crime」)。


 「『Atlas』のために、ブルックリンでの現在の生活についてもっと書いてみようとしたんだけど、僕には少し違和感があったんだ。だけど僕自身が本当にブルックリンが好きじゃないんだということがわかったから良かったし、郊外(出身地のニュージャージーのこと)に戻りたかったから郊外について書き続けたんだ」(※1)


 マーティンの一途な思いは、故郷のニュージャージーにも向けられている。しかし同時に、時間が経って景色が変わってしまったことに寂しさを感じている。


《この近所に帰ってくることはできない/自分の年齢を気にせずに》《ここは僕が知っていた場所と同じ場所ではない/だけどここにはまだ昔と変わらない音がある》(「Past Lives」)。


 アートワークに使われているステファン・ナップの壁画も、かつてニュージャージーにあったAlexander'sというデパートの外壁に飾り付けてあったもので、彼に"今は無き昔のニュージャージー"をイメージさせるものなのだろう(壁画は無題で、通称"Alexander's mural"と呼ばれていた。1992年にAlexander'sが閉店した後に取り外され、現在はニュージャージー州バーゲン群カールスタッドにある倉庫に保管されているそう)。


 もしかすると、リアル・エステートの風格を作り上げている要素の中には、誰かへの、どこかへの、あるいは音楽への一途な愛も含まれているのかもしれない。そう考えると、『Atlas』全体に漂う空気が温かいのも納得できる。もう少し気温が上がって本格的に春を迎えたら、ぴったりの作品だ。中でも「April's Song」は特に。



(松原裕海)



※1 : Pitchforkの特集記事『Suburban Dreams』より



【編集部注】『Atlas』の国内盤は3月26日リリース予定です。

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