N'TOKO『Mind Business』(Call And Response)

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 音楽に限らず優れた芸術表現の根底には、自らが所属する世界そのものへの違和感が存在することが多い。その違和感はときに自分自身をも攻撃し痛めつけ、アイディンティティー・クライシスを引き起こす。その表現が切実なものであればあるほど、既成のジャンルには収まらないのかもしれない。パンクもオルタナティヴも、ヒップホップも、現状へのアンチ・テーゼとして生まれ、様式美に陥る前に自らを破壊し生まれ変わっていく。スロベニアのラッパー、ントコはそういった精神を継承し、インダストリアルの要素を全面に打ち出して活動している。


 インダストリアルというと、90年代のヘヴィー・メタルやミクスチャー・ロックのような力強く無機質で分かりやすいビートを思い浮かべるかもしれない。しかし音楽用語として始めて用いられたのは1977年スロッビング・グリッスルによってだった。クッキーシーン編集部によるディスク・ガイド『OUR CHOICE』によれば、クーム・トランスミッション名義で前衛アート活動を行っていたジェネシス・P・オリッジとコージー・ファニー・トゥッティに、デザイン集団ヒプノシスのメンバーだったピーター・クリトファーソン、エレクトロニクス機材に明るいクリス・カーターが加わってスロッビング・グリッスルを結成。アナログ・シンセ等を用いてノイズやエレクトロ・ビートを重ね合わせ奇妙な音世界を構築していったという。


 彼らの音楽性の重要な側面を説明するエピソードがある。ジェネシス・P・オリッジは後年、妻そのものになるために(外見上だけにせよ)性転換してしまった。妻を失った悲しみからか、もう誰も愛せそうにないからか、どちらにせよ驚くほど一途で人間味のある行為だと思う。よしもとばななの代表作『キッチン』にも似た設定の人物が登場し、あとがきにはこう書かれている。


「感受性の強さからくる苦悩と孤独はほとんど耐えがたいくらいきつい側面がある。(中略)もしも感じやすくても、それをうまく生かしておもしろおかしく生きていくことは不可能ではない。そのためには甘えをなくし、傲慢さを自覚して、冷静さを身につけた方がいい」。


 こういった人種は世界への違和感から逃れるために自分自身を変えてしまうか(ときに自殺を選ぶかもしれない)、環境を絶えず変えるために世界を彷徨うかもしれない。ントコもヨーロッパを旅し、東京に幾度も長期滞在し渋谷、原宿、高円寺のカルチャーに影響された。そういった異文化の衝突によって生み出される軋轢が、彼の音楽の持つ緊張感となっている。前作ではUHNELLYSのKimをフィーチャーしたトラックがあったが、本作でも東京のミュージシャンらと共演。ZONZONOのギタリスト小野浩輝、インド・スタイルのヴァイオリンを弾く金子ユキ、ドラマーの村山政二朗といった面々だ。旅の途上で様々な仲間と出会い、彼らとのセッションをへて自分自身を再確認する。その繰り返し。そのなかで自己のアイディンティティーを更新していく。ントコの音楽はその経過報告であり、リズムは彼の鼓動そのものだ。



(森豊和)

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