書籍『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』(シンコー・ミュージックMOOK)

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 本書は密度の高い論考やインタヴュー、さらには300枚を超えるディスクレヴューによって、現代ジャズを様々な視点からプレゼンテーションしたものになっている。現代ジャズの旗手であるロバート・グラスパーとその周辺、老舗《Blue Note》の現在、ジャズとビート・ミュージックの関係性、ワールド・ミュージックという視点から見たジャズなど、その切り口は多様だ。


 しかし、こういった紹介は本書の一側面しか捉えていない、というところからこの書評を始めることにする。なぜなら本書は、現代ジャズのプレゼンテーションと同じくらい、いやそれ以上に過去への眼差しと現在に至る道筋の確認に満ちており、それが本書を特別なものにしているからだ。


 まず、本書の執筆人に、2人のベテランジャズ評論家が参加している点に注目したい。村井康司と中山康樹だ。村井康司はモダン・ジャズ崩壊後のジャズについて精緻な分析をおこなった『ジャズの明日へ―コテンポラリー・ジャズの歴史―』(近著には『JAZZ 100の扉』がある)の著者であり、中山康樹はマイルス・デイヴィスの研究本をはじめとした、ジャズについての本をいくつも執筆している。両者とも日本におけるジャズ批評を形作ってきたジャズ評論家である。本書では、そんな彼らが現代ジャズについてどのような思いを抱いているかを語らせることによって、旧来のジャズとの接続/切断を試みる。こういった試みが『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』の面白さであり、日本におけるジャズ批評の上に本書があることを強調しているようにも見える。


 取り上げるアーティストについてもジャズの歴史への目配せがそこかしこに窺える。その代表が、大御所ケニー・ギャレットへのインタヴューだ。ケニー・ギャレットのバンドは、クリス・デイヴ、ジャマイア・ウィリアムスなど現代ジャズの最重要ドラマーが排出してきた。その理由についてケニー・ギャレットはインタヴュー中でこう説明する。


「マイルスもアート・ブレイキーもウディ・ショウも私が成長するのを忍耐強く我慢してくれた。だから、自分も今そういうリーダーでありたいと思っている。」


 このような先達がいるからこそ、現代ジャズの土壌は豊かなものになったのだ。ケニー・ギャレットの他にもカート・ローゼンウィンケル、ブラッド・メルドー、ブライアン・ブレイド、ニコラス・ペイトンなど、現在に至るまでの道のりを華やかに彩ってきた(そして今も彩り続けている)先人たちにも少なくないページ数が割かれている。


 そして、何といっても柳樂光隆、原雅明、吉本秀純による密度の高い論考の数々が本書の主軸になっていることは言うまでもないし、そのテクストの中には幾重にもジャズの歴史が折り重なっている。例えば、柳樂光隆の「JAZZ MEETS FOLK / COUNTRY / INDIE-ROCK / BRAZILIAN MUSIC」は、ゼロ年代以降のジャズ・シーンを、非ブラック・ミュージックとしてのジャズという視点で俯瞰しようという試みだ。ジャンル越境的な論考になっており、自分が関心を持っているジャンルとジャズを接続させる手がかりにもなるだろう。原雅明「ジャズmeetsヒップホップを巡る変遷と更新」を読めば、ジャズとヒップホップがどのような影響を相互に与えてきたのかが非常によくわかり、ハービー・ハンコック、J・ディラ、ロバート・グラスパーといったアーティストをヒントに、ジャズmeetsヒップホップの歴史をたどってゆくものになっている。吉本秀純「ワールド・ジャズの新しい勢力地図」は、ジャズとワールド・ミュージックの歴史についての俯瞰的な論考になっており、アメリカのジャズに軸を置いている本書の中で、読み手の意識を世界全体へと拡張させる。ジャズの遺伝子が地域や歴史を超えてばら蒔かれ、受け継がれているということがこれらの論考を読むことで納得できる。


 『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』は、語られず、または語られていたとしても断片的な形でしかなかった、現在にまで繋がる「ジャズの歴史」をまとめたものだ。柳樂光隆による冒頭の一文、「僕がジャズを聴き始めた90年代、ジャズはヒップホップのサブ・ジャンルだった」が示すように、ジャズはヒップホップをはじめとした様々な音楽の中にその遺伝子を植え付けた。今、その遺伝子は、歴史が育んだ豊穣な土壌でいくつもの大輪の花を咲かせている。その花の名前はジャズかもしれないし、そうではないのかもしれない。しかし花が咲いていることは間違いないのだから、それをレポートしないわけにはいかない。このムックはそんな想いで作られたのではないだろうか。



(八木皓平)

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