February 2014アーカイブ

2014年2月27日

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2014年2月27日更新分レヴューです。

DANA RUH『Naturally』
2014年2月27日 更新
DROWNERS『Drowners』
2014年2月27日 更新
N'TOKO『Mind Business』
2014年2月27日 更新
大森靖子『絶対少女』
2014年2月27日 更新
CRZKNY「RESIST EP」
2014年2月27日 更新

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音楽配信サイト、オトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。最新のものから昔のものまで、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがん紹介しています。


全10曲程度で合計45分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセットリストが、基本「隔週」木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


でもって...すみません、今日は再放送延長のお知らせ...です。


次回の選曲担当であった伊藤があまりにどたばたゆえ、近藤が選曲を担当した第43弾の放送を、もう2週間延長させてください。本当に、すみません...。


放送日時は以下のとおり。


2/20(木) 22:00-24:00 ※再放送(以下同)

2/21(金) 18:00-21:00

2/22(土) 20:00-22:00

2/23(日) 10:00-18:00

2/24(月) 10:00-16:00

2/25(火) 13:00-18:00

2/26(水) 10:00-16:00


2/27(木) 22:00-24:00

2/28(金) 18:00-21:00

3/1(土) 20:00-22:00

3/2(日) 10:00-18:00

3/3(月) 10:00-16:00

3/4(火) 13:00-18:00

3/5(水) 10:00-16:00


なお、第44弾(選曲を近藤が担当するか伊藤が担当するかは未定。これから相談して決めます)の初回放送は、3月6日(木)22時スタート予定。


よろしければ、是非!


2014年2月20日8時22分(HI)


2014年2月20日

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2014年2月20日更新分レヴューです。

TEMPLES『Sun Structures』
2014年2月20日更新
【合評】ミツメ『ささやき』
2014年2月20日更新
KATY B『Little Red』
2014年2月20日更新

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Real Estate - Atlas.jpg

 リアル・エステートも風格が漂うバンドになってきた。と、思ったのは1月半ばに先行で公開された「Talking Backwards」を聴いた時だった。ただ、同楽曲のMVに映る彼らの和やかな表情を見ていると、「そうでもないのかな?」と自分を疑ってしまったりもする。リアル・エステートから風格を感じたのは、初めて聴く楽曲にも関わらず、彼らが作るノスタルジックなメロディーに自然と胸を撫で下ろすことができたから。ニュー・アルバム『Atlas』を聴いていると、このバンドのメロディー職人的な部分は3年前の『Days』からさらに洗練されているように感じる。


 また、自分たちの作るメロディーを支えるバンド・アンサンブルが円熟してきたというのも少なからずある。『Atlas』でもこれまでと同じように、マーティン・コートニー、マット・モンダニル、アレックス・ブレーキーの3人が学生時代からここまで共に過ごしてきた時間の密度をそのまま映し出したようなアンサンブルが芯になっている。密度という点においてはますます良くなっていて、「Crime」をタブ譜付きで聴くことができるヴィデオ「How to play... Crime」を初めて見た時は、肝心のタブ譜よりもマーティンとアレックスの息の合い具合に目がいってしまった。そして、3人でも埋め切れなかった隙間を新メンバーの2人が埋めていく。鼓膜へ優しく沁み込むようなギターのリヴァーブやマーティンのソフトなヴォーカルを後押ししているのは、新キーボーディストのマット・コールマン(過去にガールズ『Broken Dreams Club』やクリストファー・オウエンス『Lysandre』に参加していた)で、アレックスの太く滑らかなベースと共にドリーミーな雰囲気と音風景が薄れていかないようにしっかりとした額縁を作るのは、前作リリース後のライヴから参加していた新ドラマーのジャクソン・ポリスである。特に「The Bend」と「Primitive」に新リアル・エステートの関係性がよく現れている。加えて、今作はプロデューサーとミキシングを担当したトム・シックによってこれまで以上に各パートの一音一音がクリアになっているため、音像に微かな靄が立ち籠めていた『Days』よりもさらに、アンサンブルのディテールに耳を澄ますことができる。


 ところが、リリックに注目してみると、音像からは消えた靄がマーティンの心の方に立ち籠めていることがわかる。その原因はガールフレンド(おそらく2012年に結婚した方)との遠距離恋愛だ。アルバムの1曲目「Had To Hear」から、《帰れるかどうかわからない/だけどこの夢を叶えるため(中略)君に電話をかける/君を近くに感じるために思わず同意してしまった/違うと知って/だけど久しぶりだから/よくないと知って》と歌うように、ニューヨークに拠点を移してからもツアーやフェスで各地を飛び回り、バンドとして確実に成長する一方で、ガールフレンドと大きな距離ができてしまったことに不安を感じていたようだ。彼の不安、孤独感を最も緩和させているのは彼女との電話。他愛無い会話でも、コミュニケーションをとることで、お互いがどこに居ても繋がっているような気分になれる。少しでも長く電話したいがために《逆さまから喋ったらどうかな/君には意味が分からないかな?》(「Talking Backwards」)と言う彼だから、なかなかうまくいかない時もあったのだろう。それでも彼は自分自身を見つめ直し、心の靄を取り払うように、正直な言葉と一途な思いを彼女に伝えている。彼には彼女しかいない。《一晩中眠れないんだ/どうしたら良くなるのかもわからないんだ/深刻な不安だよ(中略)死にたくないよ/孤独と緊張で/僕の側にいて》(「Crime」)。


 「『Atlas』のために、ブルックリンでの現在の生活についてもっと書いてみようとしたんだけど、僕には少し違和感があったんだ。だけど僕自身が本当にブルックリンが好きじゃないんだということがわかったから良かったし、郊外(出身地のニュージャージーのこと)に戻りたかったから郊外について書き続けたんだ」(※1)


 マーティンの一途な思いは、故郷のニュージャージーにも向けられている。しかし同時に、時間が経って景色が変わってしまったことに寂しさを感じている。


《この近所に帰ってくることはできない/自分の年齢を気にせずに》《ここは僕が知っていた場所と同じ場所ではない/だけどここにはまだ昔と変わらない音がある》(「Past Lives」)。


 アートワークに使われているステファン・ナップの壁画も、かつてニュージャージーにあったAlexander'sというデパートの外壁に飾り付けてあったもので、彼に"今は無き昔のニュージャージー"をイメージさせるものなのだろう(壁画は無題で、通称"Alexander's mural"と呼ばれていた。1992年にAlexander'sが閉店した後に取り外され、現在はニュージャージー州バーゲン群カールスタッドにある倉庫に保管されているそう)。


 もしかすると、リアル・エステートの風格を作り上げている要素の中には、誰かへの、どこかへの、あるいは音楽への一途な愛も含まれているのかもしれない。そう考えると、『Atlas』全体に漂う空気が温かいのも納得できる。もう少し気温が上がって本格的に春を迎えたら、ぴったりの作品だ。中でも「April's Song」は特に。



(松原裕海)



※1 : Pitchforkの特集記事『Suburban Dreams』より



【編集部注】『Atlas』の国内盤は3月26日リリース予定です。

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シャムキャッツ『AFTER HOURS』.jpg

 エイドリアン・トミネという作家がいる。日系アメリカ人である彼は、グラフィック・ノヴェルと呼ばれる作品をいくつも発表し、過去にはウィーザーのツアー・ポスターも手掛けるなど、音楽ファンにも馴染みのある名前だろう。彼の真骨頂は、淡々とストーリーを進めながら、テンポの良い会話によって読者が共感できる日常的風景を描き出すところにある。一読しただけではすべてを理解できないが、ゆえに読者は好奇心をくすぐられ、何度も読んでしまう。


 そんなトミネの作品と類似する雰囲気が、シャムキャッツの最新作『AFTER HOURS』にも漂う(そういえば、ジャケのデザインもトミネのタッチを想起させる)。前作『たからじま』が衝動にまかせた作品だったのに対し、本作は彼らの成熟を窺える内容だ。アズテック・カメラやオレンジ・ジュースといった、いわゆる "ネオ・アコースティック" の要素を醸し出すサウンドが印象的。アルバムが進むにつれてサイケデリックな色合いが表れるのも面白い。アレンジのヴァリエーションも豊富で、テンションの押し引きも巧み。なんだが、人生経験を積んだ大人相手に会話しているような気分にさせられる。そういった意味で本作は、ストレートな部分が影を潜め、シニカルで鳥瞰的な視点が以前にも増して目立つ作品とも言える。だが、そうした作風が感情の機微を描写することに繋がっているのだから、ここは素直に拍手喝采すべきだろう。


 歌詞のほうも秀逸だ。ドライバーの若者、裁判官、そしてカップルなどなど、本作には多くの登場人物が存在し、それぞれ違った物語を持ちながらも、その数だけドラマがあるという事実に思わずホロリとしてしまう。こうした昂りを得られるのは、『AFTER HOURS』からの先行シングル「MODELS」を経て本作がリリースされたことも大きな要因だ。というのも、このシングルには「MODELS」の他に、3.11以降の日本をユーモアたっぷりに歌う「象さん」、そして人の持つ陰陽をすべて受け入れるかのような「どっちでもE」が収められているからだ。もちろん、本作は独立した作品として楽しめるクオリティーを備えるが、「象さん」と「どっちでもE」を通過したうえで本作に入り込んでみると、より多彩な世界観が目の前に現れる。それこそ "After Hours" 、いわば "その後" を生きる私たちと共振する世界。


 また、「象さん」を事前に発表したのは、彼らにとって大事なことをうやむやにしないよう細心の注意をはらったからではないか? 本作は "音楽の力" を確かに宿しているが、時としてその力は人を盲目にし、向かい合うべき問題を曖昧にする。そうした危険性に陥ることを避けるため、《あの地震後浦安は 人が寄り付かぬ土地になり》《放射能浴びまくり 代々巨大化を繰り返し》といったフレーズが登場する「象さん」を彼らは作り上げたのかもしれない。このあたりはシャムキャッツの成長とクレバーさを感じさせる。さらにこのクレバーさは、どこにでもありそうなカップルの日常や生活を描くだけで "今" を表すことができるという姿勢にも行き着いている。言ってみれば、分かりやすい政治的スローガンを盛り込まなくても、目の前の風景を歌えば自然と "今" が浮かび上がってくるという気づき。だからこそ本作は、音楽的であると同時にどこか映画的であり、もっと言えばドキュメンタリーのようでもある。それゆえ繰り返し聴きたくなる味わい深さを持つ。


 聴いて楽しめる作品はたくさんある。しかし聴いて励まされる作品はそうそうない。だが、そうそうない作品こそが "傑作" と呼ばれるのだ。『AFTER HOURS』は、そう呼ばれるに相応しいアルバムである



(近藤真弥)

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Metronomy love letter.jpg

 はるか過去に書かれた未来小説、あるいは全てが終わった後の静けさ。メトロノミー4枚目のアルバムである本作から私が受けた印象だ。


 2000年代後半、クラクソンズとの交流からニュー・レイヴの文脈で注目された彼らは、しかし当時のシーンから背を向け、80年代的なシンプルなアナログ・センセの音色を用いて極上のソウル・アルバム『Nights Out』を作り上げた。次作3作目『English Riviera』では70年代ウエスト・コースト・サウンド志向を加え、本作でも60年代ガールズ・ポップ風から、雅楽、教会音楽を思わせるような曲まで様々だ。最新技術を用いて時代を遡っていく、まるでタイムマシンのようなユニット。ニュー・レイヴが「ニュー」でなくなり、当時のアクトの多くが精彩を失い苦境に立たされている今、むしろ彼らの音は洗練され、存在感を増している。


 表題曲「Love letters」は、2台のシンセサイザーとベース、ドラム。それに女性コーラス隊とともに演奏される。フロント・マンであるジョセフ・マウントは痛切な表情で絞り出すように歌う。繰り返されるフレーズは「僕はラヴ・レターを書き続ける」。決して届くことのない、読まれることのない手紙。それでも彼は強迫的に歌い続ける。記憶のなかで生きる、誰よりも素敵な君へ向けて。


 リード・シングル「I'm Aquarius(みずがめ座)」や終盤の「Reservoir(貯水池)」など、水に関連した曲が多いが、後半の1曲「The Most Immaculate Haircut」はその流れのなかでも一際、興味深い。曲の中盤、間奏がフェイド・アウトして、単調な虫の音や何かが水に飛び込む音がする。官能的なファルセットのヴォーカルと相まって、性的なイメージを喚起する。


 そういった強烈なインパクトを残す曲がある一方で、全体を通して聴くと、昼寝に最適というか、皿洗いのBGMになるというか、つまり邪魔にならない。かつて栄華を誇った王国、その宮殿の廃墟で流れているような音楽。その王国の名前は、かつてオブザーヴァー紙が提唱した、ニュー・エキセントリックというやつかもしれない。


 思えばメトロノミーはデビュー当初から一貫して、同様のフィーリングの音を鳴らしていた。簡素でスマート。一音一音のアナログな響きを大切にしながら、少しずつ過去に学び、伝統的な衣装を身に着けていく。時代の残骸から離れ、一歩一歩着実に進んでいく。逆説的だが、過去への旅は、時に未来へとつながるのだ。




(森豊和)



【編集部注】『Love Letters』の国内盤は3月26日リリース予定です。

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石橋英子『car and freezer』.jpg

 異国人同士でも片言で分かり合えることがある。言葉の交換が成立していなかったとしても、音楽を介して深い共通理解が生じることがある。


 本作はジム・オルークの手による録音だが、2ヶ月前には彼と山本達久、そして石橋の3人による即興ユニット、カフカ鼾としても作品を発表している。笛の音のようなジムのシンセ・サウンドと、手数を抑えた和太鼓のような山本のドラミングが、石橋の弾くピアノと溶け合い、緊張感と共に不思議なカタルシスを生み出す。日本の古い神事で演奏される音楽のよう。


 本作『car and freezer』は変わって歌モノだ。本人による英詞で歌った盤と前野健太による別解釈の日本語詞を歌った盤の2枚から成る。前野による日本語詞に触発されてか、呟くようで一転、跳ねるように伸びやかに歌われるヴォーカルは今までになく自由だ。演奏ともども堅苦しい音楽理論から解き放たれている。そして二通りの歌詞があることで、なおさら演奏全体から意味を感じ取るよう我々に仕向ける。


 目の前の人間が語っていることが全て本当であるはずがない。誰だって意図的に嘘をつくし無意識に隠蔽することもある。音楽は嘘をつかない。どんなに美辞麗句を並べて歌い演奏しても、奏者に本当の気持ちがなかったら、白々しく平坦でむなしいだけだ。その点、この作品はとても誠実で胸に迫るものがある。ピアノやストリングス、管楽器から匂うジャズやクラシックの素養、元PANICSMILE(パニックスマイル)のドラマーである彼女のノー・ウェイヴなリズム感覚、決して大衆的な感覚ではない。分かりやすさを追求して化学調味料漬けのファスト・フードみたいな音楽でもない。しかし、ある一人の女性の物語、彼女の周囲の人々の息遣い、それをリアルに伝えるという意味で超弩級にポップだ。


 気持ちを単純化して歌詞は同じフレーズの使いまわし、一聴での分かりやすさを追求してアレンジはどぎついマスカラみたい、それじゃ何も伝わらない。前衛とは、他の誰でもない、この世界でただ一人の、自らのアイデンティティーを確認するための最も誠実な在り方の一つだ。石橋英子の音楽から、私はしばしば少女の瞳を想起する。強い意思を宿したそれは、しっかりと我々を見据える。少女は異世界を彷徨っている。年端もいかない子どもたちにとって日常はすべて冒険だ。石橋の音楽はそのことを我々に思い出させる。そしてこのアルバムを聴き終える頃には、少女はこの世界で居場所を見出す。



(森豊和)

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fruity.jpg

 kush in the air,kush in the air,kush in the air...


 FRUITY(フルーティー)の作る曲は、スカしてて、利口で、生意気で、器用で、口を開けば嫌味ばかりで、人を馬鹿にしてて、カッコつけてて、ドライで、冷淡で、横柄で、自信たっぷりで、シニカルで、尻尾をつかませなくて、不遜な態度をキメ込んでて、洒落てて、計算高くて、斜に構えてて、髪は七三に分かれてて...。そんな聴こえをしてる。


 実はFRUITYのサウンドクラウドにあがってる「No War」に歌をつけてみようと思ったことがあったんだけど、全然うまくいかなかった。その後、正式にリミックス用にいろいろデータをもらったんだけど、どの曲も聴いた瞬間にオレが歌詞をのせたりできるような余地が全くないってことが分かったよマイメーン。音数が少なくて派手な感じがないくせに、隙がなくて揚げ足を取りづらい造りっていうか。とにかく "嫌なヤツ" が作ってる音楽ってことは確かだぜ。


 FRUITYと話してたら「そいつの作ってる音楽がヤバいかどうかよりも、そいつのコミュニティーがヤバいかどうかが大事」って話題になって、Weezy(ウィージー)やBoogieMann(ブギーマン)擁する《SHINKARON》のことも話してた。


 そもそもシカゴ・ハウスやジュークを好んで聴くようになったのもジュークのパーティーに行くようになったからで。そこに行くとだいたいいつも同じヤツらがムサ苦しくたまってて、飽きもせずシカゴ産のフットワークで盛り上がってる。そこにはそのコミュニティー独自のアンセムや情報が渦巻いてて、メインストリームの流行には左右されない興奮があるんだよ。


 若い女の子が華奢で汚れを知らない綺麗な指で針を落とす「French Kiss」に猛烈にシラけながら、やっぱあれをフラストレーションなく回してくれるのは30過ぎたおっさんか、女ならグローカル・プッシーズか、とボンヤリ考えながらペイズリーパークスのライヴが始まるのを待ってたのはもう随分前のことだ。そんなヤツばっかだからジュークのパーティーにはジャンキーとおっさんしか来ないわけなんだけど。


 そんなわけで、『LET DA MUSIK TALK』はコミュニティー・ミュージックだ。これをヤバがってるヤツはクラブのデカいスピーカーでジュークを聴いた経験が幾度となくあるだろうし、Battle TrainやHigh&LowやShin-jukeに足を運んでるヤツらだ。「Everynight(FRUITY Remix)」の48秒のところのブレイク直後にフロアが歓喜する瞬間を想像できるヤツらだ。「Sex On Da B****」や「No War」を聴きながら、夜を迎える強烈な期待と、どうしようもなく哀愁を感じてしまうヤツらだ。


 『LET DA MUSIK TALK』はジュークに興味を持って最初に聴くようなビギナー向けの音源じゃない。テクノと呼ぶには快楽性に欠け、ヒップホップと呼ぶにはエンタメ性に欠ける、こんなにも華麗でフィジカルを求めるジュークの面白さをお前らは楽しむことができないだろ?


 去年来日したRPブーが「シカゴでは失われたものが日本のシーンには存在している」と語ったとされているけど、それを最も体現してたのがRPブー来日時のShin-jukeでのFRUITYのプレイだったわけ。FRUITYがフットワーク・クラシックスを繋いでいくなか、熱狂とともにできあがったサークルの内側で観客が次々とフットワークをキメていくあの光景は、2012年にトラックスマン来日したときにはまだ存在していなかったものだし、これは日本のジューク・シーンが過去のシカゴを模倣しつつドメスティックな発展を遂げてる確かな証拠さ。


 シカゴには夕闇が訪れた頃、日本ではまた新たな夜が始まる。『LET DA MUSIK TALK』はそれを知らせる確かな一枚で、今夜もオレたちはこれを聴きながらバビロンを徘徊するんだよ。



(浅見北斗)

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NATURE DANGER GANG『THE BEST OF NDG NONSTOP MEGAMIX』.jpg

 以前クッキーシーンでもレヴューしたLes ANARCHO(レ・アナーコ)「OKANE WO MOYASOU」を筆頭に、現在の《オモチレコード》は面白い作品を数多くカタログに並べている。こうした《オモチレコード》周辺の音楽やイヴェントに触れると、かつてのナゴム周辺もこんな感じだったのだろうかと想ったりもする。もちろん、88年生まれの筆者は、親にナゴム関連の作品を聴かせられた後追いだから、あくまで想像に過ぎないのだが・・・。ただ、そんな想像をさせるくらいに、現在の《オモチレコード》周辺は面白いというのは本当の話。


 さて、そんな《オモチレコード》が新たに放った刺客こそ、『THE BEST OF NDG NONSTOP MEGAMIX』を発表したNATURE DANGER GANG(ネイチャー・デンジャー・ギャング)である。2013年に結成されたばかりで、今もっとも面白いバンドのひとつ。バンド、と書いてはみたものの、ライヴによって参加メンバーが異なり、正式な構成はいまだハッキリしていない。それでも、瞬く間に観客を驚かせ、熱狂の渦に巻き込むということに変わりはない。全盛期のとんねるずがそうしたように、NATURE DANGER GANGもまた、"演者と受け手(聴き手)"という枠組みを破壊する。珍しいもの観たさで彼らのライヴに行くスカした表情の観客も、彼らの音楽を前にすればその表情を崩すはめになる。ピクリともせずに、終始腕組みしてるだけのインテリ気取りなど吹き飛ばしてしまえ!、と言わんばかりの膨大なエネルギーを彼らは抱えているのだから。


 とはいえ、ただのキワモノバンドではないのもNATURE DANGER GANGの面白いところ。彼らの音楽は実に多くの要素で彩られており、ジュークなどのベース・ミュージックや90年代初頭のレイヴ、それからパンクの精神も窺える。これらが持つ享楽的側面だけを抽出し溶解させた結果、NATURE DANGER GANGのハチャメチャな音楽は生まれる。


 その音楽は、いわゆる"スカム"と呼ばれるものかもしれないが、NATURE DANGER GANGの音楽には "スカム" にありがちな排他的雰囲気がまったくない。本当の意味で、誰もがコミットでき誰もが楽しめる音楽を彼らは鳴らしている。そこに打算的な思惑を持ち込まないのも実に愉快。理性では到底たどり着けない音楽というのは確かに存在するのだ。



(近藤真弥)

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Rainer Veil「New Brutalism」.jpeg

 チルウェイヴは過剰なリヴァーブで埋め尽くされたサウンドスケープを描き、《Telefuture》などを中心とした80'sエレ・ポップ色が強いシンセウェイヴの潮流は、ソニーのビデオデッキの名を掲げたベータマックスがそうだったように、人が持つノスタルジックな感情を抽出しそれをロマンティックなディスコに変換した。


 一方で、ロマンティシズムを排除していったのが、昨今のインダストリアル・ブームだ。アンディー・ストット『Luxury Problems』などはロマンとリアリズムが入り雑じっていたものの、このアルバム以降に生まれたインダストリアルと呼ばれる作品のほとんどは、無機質でリアリスティックな方向性を見せてきた。パーク『The Power And The Glory』のように、現実世界に対する明確なリアクションを示すインダストリアル作品も生まれるなど、現実を反映する度合いは徐々に高まっている。


 そんななか、ライナー・ヴェールの「New Brutalism」というEPが世に解き放たれた。既にお気づきかもしれないが、タイトルは1950年代に現れた建築形式ニュー・ブルータリズム(New Brutalism)が元ネタである。この形式には、素材をできる限りそのまま生かそうという理念があり、荒々しい自然さを残そうと試みた潮流だ。いわば、テクノロジーの発展により、私たちが望めばどこまでも "洗練" を極めることができる現代とは真逆に位置すると言え、そうしたニュー・ブルータリズムをEPのタイトルに掲げるあたり、現代に対するライナー・ヴェールなりの反抗心が窺えるようで興味深い。


 《Modern Love》からのリリースということもあり、おそらく"インダストリアル"として捉える者もいそうだが、それだけではない多くの要素で本作は彩られている。シンプルなビートの上に乗るサウンドは、cv313やディープコードといった《Echospace》周辺のダブ・テクノを感じさせ、さらに音像で訴求力を獲得しようと試みていることからもわかるように、アンビエントの要素も色濃く滲んでいる。とはいえ、低音の鳴らし方はベース・ミュージックそのもので、最近レコード・ショップでよく見かけるフレーズを使って表せば、「New Brutalism」の音楽は "アンビエント・ベース" になるだろうか。そういった意味で本作は、インダストリアルという音楽を拡張する作品だと言える。



(近藤真弥)



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Jazz The New Chapterロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平.jpg

 本書は密度の高い論考やインタヴュー、さらには300枚を超えるディスクレヴューによって、現代ジャズを様々な視点からプレゼンテーションしたものになっている。現代ジャズの旗手であるロバート・グラスパーとその周辺、老舗《Blue Note》の現在、ジャズとビート・ミュージックの関係性、ワールド・ミュージックという視点から見たジャズなど、その切り口は多様だ。


 しかし、こういった紹介は本書の一側面しか捉えていない、というところからこの書評を始めることにする。なぜなら本書は、現代ジャズのプレゼンテーションと同じくらい、いやそれ以上に過去への眼差しと現在に至る道筋の確認に満ちており、それが本書を特別なものにしているからだ。


 まず、本書の執筆人に、2人のベテランジャズ評論家が参加している点に注目したい。村井康司と中山康樹だ。村井康司はモダン・ジャズ崩壊後のジャズについて精緻な分析をおこなった『ジャズの明日へ―コテンポラリー・ジャズの歴史―』(近著には『JAZZ 100の扉』がある)の著者であり、中山康樹はマイルス・デイヴィスの研究本をはじめとした、ジャズについての本をいくつも執筆している。両者とも日本におけるジャズ批評を形作ってきたジャズ評論家である。本書では、そんな彼らが現代ジャズについてどのような思いを抱いているかを語らせることによって、旧来のジャズとの接続/切断を試みる。こういった試みが『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』の面白さであり、日本におけるジャズ批評の上に本書があることを強調しているようにも見える。


 取り上げるアーティストについてもジャズの歴史への目配せがそこかしこに窺える。その代表が、大御所ケニー・ギャレットへのインタヴューだ。ケニー・ギャレットのバンドは、クリス・デイヴ、ジャマイア・ウィリアムスなど現代ジャズの最重要ドラマーが排出してきた。その理由についてケニー・ギャレットはインタヴュー中でこう説明する。


「マイルスもアート・ブレイキーもウディ・ショウも私が成長するのを忍耐強く我慢してくれた。だから、自分も今そういうリーダーでありたいと思っている。」


 このような先達がいるからこそ、現代ジャズの土壌は豊かなものになったのだ。ケニー・ギャレットの他にもカート・ローゼンウィンケル、ブラッド・メルドー、ブライアン・ブレイド、ニコラス・ペイトンなど、現在に至るまでの道のりを華やかに彩ってきた(そして今も彩り続けている)先人たちにも少なくないページ数が割かれている。


 そして、何といっても柳樂光隆、原雅明、吉本秀純による密度の高い論考の数々が本書の主軸になっていることは言うまでもないし、そのテクストの中には幾重にもジャズの歴史が折り重なっている。例えば、柳樂光隆の「JAZZ MEETS FOLK / COUNTRY / INDIE-ROCK / BRAZILIAN MUSIC」は、ゼロ年代以降のジャズ・シーンを、非ブラック・ミュージックとしてのジャズという視点で俯瞰しようという試みだ。ジャンル越境的な論考になっており、自分が関心を持っているジャンルとジャズを接続させる手がかりにもなるだろう。原雅明「ジャズmeetsヒップホップを巡る変遷と更新」を読めば、ジャズとヒップホップがどのような影響を相互に与えてきたのかが非常によくわかり、ハービー・ハンコック、J・ディラ、ロバート・グラスパーといったアーティストをヒントに、ジャズmeetsヒップホップの歴史をたどってゆくものになっている。吉本秀純「ワールド・ジャズの新しい勢力地図」は、ジャズとワールド・ミュージックの歴史についての俯瞰的な論考になっており、アメリカのジャズに軸を置いている本書の中で、読み手の意識を世界全体へと拡張させる。ジャズの遺伝子が地域や歴史を超えてばら蒔かれ、受け継がれているということがこれらの論考を読むことで納得できる。


 『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』は、語られず、または語られていたとしても断片的な形でしかなかった、現在にまで繋がる「ジャズの歴史」をまとめたものだ。柳樂光隆による冒頭の一文、「僕がジャズを聴き始めた90年代、ジャズはヒップホップのサブ・ジャンルだった」が示すように、ジャズはヒップホップをはじめとした様々な音楽の中にその遺伝子を植え付けた。今、その遺伝子は、歴史が育んだ豊穣な土壌でいくつもの大輪の花を咲かせている。その花の名前はジャズかもしれないし、そうではないのかもしれない。しかし花が咲いていることは間違いないのだから、それをレポートしないわけにはいかない。このムックはそんな想いで作られたのではないだろうか。



(八木皓平)

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LAUREL HALO


私が初めてやった音楽の作業は

サンプリングではなくて、合成(シンセシス)なの


2014年1月31日~2月3日にかけて開催されたハイパーダブ10(Hyperdub 10)。このイベントは、興味深い作品を数多くリリースし、ダンス・ミュージック・シーンで輝きつづけるレーベル、ハイパーダブの設立10周年を記念しておこなわれたものだ。


主宰者のコード9、それからアイコニカ、ローレル・ヘイロー、DJラシャドというハイパーダブから作品を発表しているアーティストらが、東京、名古屋、金沢、大阪の全4都市をまわった。


14_3_LAUREL_HALO_A1.jpg

photo by Masanori Naruse

2014年2月14日

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2014年2月14日更新分レヴューです。

WANDA GROUP『A Slab About Being Held Captive』
2014年2月14日 更新
MOODYMANN 『Moodymann』
2014年2月14日 更新
ORANGE JUICE『You Can't Hide Your Love Forever』
2014年2月14日 更新

2014年2月10日

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2014年2月10日更新分レヴューです。

トリプルファイヤー『スキルアップ』
2014年2月10日 更新
MOGWAI『Rave Tapes』
2014年2月10日 更新
OLEG POLIAKOV『Random Is A Pattern』
2014年2月10日 更新
LakeMichigan 「ADVENTURE」
2014年2月10日 更新

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音楽配信サイト、オトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。最新のものから昔のものまで、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがん紹介しています。


全10曲程度で合計45分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセットリストが、基本「隔週」木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、今回のセレクター近藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこなう予定です...が、もしなにか緊急の予定が入ってしまったらできないかも(そうなったら、すみません...)。


2014年2月6日(木)から2014年2月19日(水)までの期間に放送される第43弾は、近藤が「『インターネット・カルチャーの恍惚感』をテーマに、ひとつの物語に見える感じで並べた」ものです。


放送日時は以下のとおり。


2/6(木) 22:00-24:00 ※初回放送

2/7(金) 18:00-21:00 ※再放送(以下同)

2/8(土) 20:00-22:00

2/9(日) 14:00-18:00

2/10(月) 10:00-16:00

2/11(火) 13:00-17:00

2/12(水) 10:00-16:00


2/13(木) 22:00-24:00

2/14(金) 18:00-21:00

2/15(土) 20:00-22:00

2/16(日) 10:00-18:00

2/17(月) 10:00-16:00

2/18(火) 13:00-18:00

2/19(水) 10:00-16:00


なお、第44弾の初回放送は2月20日(木)22時スタート予定。


よろしければ、是非!


2014年2月6日9時51分(HI)

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Perc『The Power And The Glory』.jpg

 ヴァチカン・シャドウは『Remember Your Black Day』でアメリカ同時多発テロをテーマにし、サミュエル・ケーリッジは『A Fallen Empire』のジャケットに第一次世界大戦の写真を使用するなど、ここ最近のインダストリアル・テクノには政治的側面を滲ませた作品が多い。もちろんそのなかに、ロンドン出身のパークによる『The Power And The Glory』も含まれるだろう。


 まず、5曲目の「David & George」。このタイトルにある名はそれぞれ、イギリスの首相デーヴィッド・キャメロン(David)と、同国の財務大臣ジョージ・オズボーン(George)を指しているそうだ。肝心の内容は、ノイジーかつ暴力的なサウンドと不気味な笑い声が響き渡るというもの。エリザベス2世とも遠縁にあたる上流階級出身のキャメロンに向けられた皮肉か? あるいは構造的財政赤字の解消を公約に掲げながら未だ実現できていないオズボーンをおちょくっているのか・・・。国民に多くの "痛み"と"負担" を求め、失業率上昇や賃金の減少を招いた暗黒のサッチャー時代と似たようなことが今のイギリスで起きている? なんて想像もしてしまう(キャメロンはサッチャーと同じく保守党)。


 さらに、アルバム・タイトルの『The Power And The Glory』。この暗喩的なタイトルは、作家グレアム・グリーンが1940年に上梓した小説と同名なのだ。1991年に亡くなるまで共産主義を貫いたグレアムは、『静かなアメリカ人』を書き上げたせいでアメリカに入国拒否されたりと、強い反骨精神を持ちつづけた男。本作は明確な政治的主張をおこなっているわけではないが、そう思わせる要素はいくつも散りばめられており、これまでリリースしてきた作品群と比べたら極めて"政治的"と言えるだろう。言ってしまえば本作は、インダストリアル・テクノにレベル・ミュージックとしての役割をあたえている。


 とはいえ、パークはダンス・ミュージックの快楽も忘れていない。中毒性の高いリズム・ワークが印象的な「Galloper」、それから初期のジェフ・ミルズに通じるハード・ミニマル「Dumpster」は、クラウドが踊り狂う光景を容易に想像できるトラックだ。


 こうした両義性を抱える本作は、政治とは距離を置きたい逃避願望が見え隠れしながらも、現実という名の圧倒的存在を無視できないことに対する失望が表出している。



(近藤真弥)

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happy.jpg

 主に関西のインディーズ・バンドに関する批評を纏めた電子書籍『現代関西音楽帖』が先ごろフリーでリリースされた。岡村詩野監修のもと約1年かけて編集されたもので、1年前の段階ではほぼ無名だったバンドが現在は大きく注目されているケースも見られ、シーンの動向の早さに驚きを覚えた。その筆頭が京都は綾部市で2012年に結成された5人組ロック・バンドHAPPYだ。


 SSWの入江陽は「恋愛の終わりに気づいていないふりをする二人」について歌う自作曲「めきしこ」を、「原発に対する我々の態度の暗喩ではないか」と、EP-4佐藤薫に問われ驚いたという。時に批評によって、本人も気づいていなかった無意識の着想に気づかされるものらしいが、例えばSEKAI NO OWARIのように、歌詞以前にバンド名で物議を醸すケースもある。対してHAPPYはバンド名が期せずして、そんな暗い世相に対する強烈な批評となっているのが面白い。 


 そしてEPのタイトル「Sun」は、テンプルズのアルバム『Sun Structures』と被り、2バンドとも6070年代のサイケデリック・ロックの影響を受けている。しかし往時の雰囲気をより忠実に再現するテンプルズに対して、HAPPYはシンセ2台を駆使して、むしろポスト・パンク期のバンドに近いアプローチに思える。一曲目「Lift This Weight」は、重低音シンセにあたたかく親しみやすいメロディーと英詞ヴォーカルが乗るダンス・ナンバーで、続く「Win Key Gun」はBPMを落とし壮大な物語の始まりを予感させる。ハッピーというバンド名と爽やかなコーラスとは裏腹に、どこかダウナーな部分がメロディーの切れ間に見え隠れするあたりは、80年代のR.E.M.を思い出す。キーボード込みの編成でアフロ・ファンクの要素が感じられるという点では、名古屋のsukidadramas(スキダドラマズ)とも似ている。


 つらつらと書いてきたが、こういった連想が時代のムードを感じ取るヒントになればいいのだが。しかし一方で、HAPPYのメンバーがこれを読んだら「そんなこと考えもしなかった! 」と言う気もする。時代の流れを変えるようなアーティストとは得てしてそういうもので、無意識のうちに時代と共振する。



(森豊和)

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mothercoatEP.jpg

 永遠の未完成。ポシティヴな意味で、私がそう形容したくなる日本のロック・バンドが2組いる。ART-SCHOOLmothercoatだ。損得も恥も外聞も関係ない。ただ自らの頭の中にある何かを再現する。漫画のヒーローでもあるまいし、そういった衝動は、現実世界では必ずしもかっこいいものではない。輝くような笑顔があれば、後悔の滲み出る表情もある。それら全部ひっくるめて私であり貴方であり彼らだ。


 ART-SCHOOLの第1期メンバーでのラスト・ライヴ、2003年の新宿リキッドルーム。その日の終演後、ロビーでBase Ball Bearのドラマー堀之内大介に会った。汗だくになった彼はすごくいい表情で笑っていた。一方、mothercoatの初期メンバーでのラスト・ライヴ。2006年の新宿MARZのフロアでは、UNISON SQUARE GARDENのベーシスト田淵智也が暴れ回っていた。その日も演奏された「ガリレオ」という曲はmothercoatのライヴ定番曲だが、UNISON SQUARE GARDENにも「ガリレオのショーケース」という曲がある。曲自体が似ているわけではないが、社会への違和感、周囲との不調和が主題であること、様々な音楽要素を折衷しているという点では共通する。


 話を戻して、両日とも素晴らしいパフォーマンスだった。一度完成されたスタイルを壊し、というよりメンバー脱退のため解体を余儀なくされ、その後も不死鳥のように燃え跡からの再生を繰り返してきた2組。90年代オルタナティヴ・ロックからの影響が共通項にあり、より王道を行くART-SCHOOLに比して、mothercoatはニュー・ウェイヴ、ファンク、エレクトロニカ、フォーク、様々なキーワードが雑多に浮かぶ。乱雑につぎはぎされたようで実は整合性のあるトラックと、自由に跳ね回り韻を踏むヴォーカルは、ヒップホップの影響下にあるし、組曲的な展開を見せるナンバーは10年代のプログレッシヴ・ロックとでも呼びたくなる。


 本EPのタイトル・トラック「trickster」はギターの新メンバー加入後初の新曲であり、先述の要素がほとんど詰まっている。尖ったギター・リフとは対照的に大きくうねり反復するリズム隊、牧歌的な女性コーラスで始まり、呟くような男性ヴォーカルが加わる。知らず知らずの内に脳裏に浸食してくる、気付くと口ずさんでいる、不思議な中毒性がある。また、タイトルのトリックスターとは、神話や物語世界において、善悪どちらにも属さず世界の秩序をかき回し破壊するが、結果的に新たな価値観を創出するきっかけとなる存在を指す。それはロック・ミュージシャンの果たすべき役割の一つであるし、孤独なガリレオ・ガリレイの姿にも重なりはしないか? 


 「それでも地球は回っている」という名言ではないが、日本列島を何度も縦断し、過去にたびたびUSUKツアーを行い、20143月には、アメリカ合衆国テキサス州オースティンにて開催されるSXSWJapan Nite」に出演する。ライヴ、録音、音源流通、おまけに家庭菜園。すべて自給自足を掲げ、何物にも縛られず、お世辞も綺麗ごともなしに我が道を行く。メジャーもマイナーもポップもアヴァンギャルドも区別ない。良い悪いの問題ではなく、おそらく日本で最もインディペンデントなミュージシャン集団。それがmothercoatだ。



(森豊和)

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Dana Ruh『Naturally』.jpg

 "ハウス・ミュージック"といっても、実にさまざまなハウスがある。シカゴ・ハウス、アシッド・ハウス、ディープ・ハウス、テック・ハウス、ロウ・ハウスなどなど、他にもたくさん。こんな煩雑としたジャンル分けは筆者を含めた "メディア" のせいでもあるから、申し訳ないというかなんというか・・・。


 そんなジャンルについて "ここ最近のハウスは" みたいに語るとなれば大変だったりもするが、それでも言わせてもらえれば、ここ最近のハウスは本当に面白い。そのなかでも特筆したいのが、アメリカのハウス・シーンである。例えばニューヨークの《L.I.E.S.》は、《100%Silk》を旗頭に隆盛したテン年代インディー・ダンス以降の流れを受け継ぐレーベルのひとつとして、ハウスという枠にとらわれない音をカタログに揃えている。さらに《L.I.E.S.》主宰のロン・モレリは昨年、《Blackest Ever Black》や《Modern Love》などを中心としたインダストリアル・テクノ再評価の流れに共鳴する『Spit』を発表。このアルバムは《Hospital Productions》からのリリースだが、昨今のインダストリアル・ブームに接近する《L.I.E.S.》周辺の動きとしては重要だ。


 DJジャス・エド主宰の《Underground Quality》も、近年のUSハウスを語るうえでは欠かせない。2000年代半ばに始動したこのレーベルからは、ブラック・ジャズ・コンソーティアムやDJキューなど、ここ最近のUSハウスを担う重要なアーティストの作品がリリースされている。《Underground Quality》の特徴は、フランソワ・ケヴォーキアンやケリー・チャンドラーといった90年代のUSハウスに通じるサウンド。そういった意味ではUSハウスの歴史に連なる、いわば "正統派"と言えるだろう。だが、決して懐古的な音を鳴らしているわけではない。DJジャズ・エドはシュテフィーやロウレンスといったドイツ勢とも積極的に交流し、USハウスの "拡張" に挑んでいる。


 その "拡張" は、ダナ・ルーのファースト・アルバム『Naturally』がリリースされたことでさらに押し進められるはずだ。ドイツを拠点に活動する彼女は、《Ostgut Ton》や《Cocoon》からもリリース経験があり、ハウス界隈だけでなくテクノ界隈でも名が知られている。本作で彼女はUSハウスに接近しつつ、7曲目「Just Don't」ではデトロイト・テクノに通じる情緒的なパッド・サウンドを鳴らし、続く「D's Interrupt (Dub)」と「Dirty Egg」では《Ostgut Ton》周辺のテクノ・サウンドを披露したりと、高い音楽的彩度も窺わせる。


 また、本作を際立たせるメロディアスな側面も見逃せない。この側面は、ハウス・ミュージックに触れて間もない聴き手を惹きつけるのに十分な魅力を放っている。それこそ、ディスクロージャーがキッカケで初めてハウスを聴いた、なんて人も虜にするほど・・・。キック、ハイハット、スネアといったパーツを巧みに出し入れし、心地良いグルーヴを生み出す手腕もお見事。玄人リスナーも唸るサウンド・プロダクションは文字通り必聴だ



(近藤真弥)

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drownes.jpg

 先ごろ自伝を発表したモリッシーは、2012年の来日公演でも凄まじくアグレッシヴでピースフルなパフォーマンスを見せてくれた。なんといっても親しみやすい人柄が伝わってくるのだ。演奏中しきりに客と握手したり、ステージに飛び込んできた客を抱擁したり、花束をフロアにばらまいたり、シャツを脱いで客に向かって投げたり、しまいには日の丸の旗を腰に巻いてザ・スミス時代の曲を熱唱したり。そりゃあ常に怒れるモリッシーかもしれないが、表現のそこかしこにユーモアや哀愁を感じた。一方で、ブレット・アンダーソンもスウェードとして2013年に来日。マイク・コードを振り回し観客ともみくちゃになりながら拳を振り上げ歌い続けていた。立ち居振る舞いの力強さといったら、まったく衰えを感じさせない。


 彼らが持つような無敵感(きっぱり言ってしまおう!)。それを背負うアーティストが近年少ない。せいぜい、ストロークスアークティック・モンキーズまでだったか。驚くような目新しさ、玄人受けする緻密な音楽性なんかこの際いらない。とにかく神がかり的な勢いがあるバンドにもっと出てきてほしい。それはロックンロールが担う重要な役割の一つだと思う。


 ドラウナーズはそんなモヤモヤした気分を吹き飛ばしてくれるアクトだ。ザ・ヴァクシーンズのサポートをおこない、テンプルズUSツアーを敢行する彼らは、英ウェールズ出身のマット・ヒット(ヴォーカル/ギター)率いるニューヨークの4人組。英ガーディアンによれば、マットはザ・スミスをオール・タイム・フェイヴァリットに挙げ、おまけにバンド名はスウェードのデビュー・シングルから引用している。演奏するのは飛びっきり疾走感のある2分ほどのジャングリー・ギター・ポップ。加えて、ハスキーでかつ深みや潤いのあるマットのヴォーカル、その色気といったら!


 シンプルな歌詞世界は恋愛に悩む思春期の少年そのもの。さらに「Long Hair」では少年も少女も髪を伸ばすと歌う。その純粋な混乱と憧れは「火星から来た屈折した星屑」(そう、グラム・ロック!)を思い起こさせるし、楽曲自体は、モリッシーが憧れたニューヨーク・ドールズなどの初期パンクに近いフィーリングだ。そういった意味では、自身のルーツを遡っているのだ。好きなバンド達のさらにルーツ。彼らの本能はそれがいま必要な音楽だと言っているのだろう。


 ドラウナーズが時代を席巻するかどうかなんて分からない。でも彼らのサウンドは30過ぎの私の胸だって熱くさせる。恥ずかしいくらいナイーヴで子どもじみた歌詞と演奏のテンションといったら、ザ・スミスやスウェードの後継者たるに十分すぎるだろう。



(森豊和)

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 音楽に限らず優れた芸術表現の根底には、自らが所属する世界そのものへの違和感が存在することが多い。その違和感はときに自分自身をも攻撃し痛めつけ、アイディンティティー・クライシスを引き起こす。その表現が切実なものであればあるほど、既成のジャンルには収まらないのかもしれない。パンクもオルタナティヴも、ヒップホップも、現状へのアンチ・テーゼとして生まれ、様式美に陥る前に自らを破壊し生まれ変わっていく。スロベニアのラッパー、ントコはそういった精神を継承し、インダストリアルの要素を全面に打ち出して活動している。


 インダストリアルというと、90年代のヘヴィー・メタルやミクスチャー・ロックのような力強く無機質で分かりやすいビートを思い浮かべるかもしれない。しかし音楽用語として始めて用いられたのは1977年スロッビング・グリッスルによってだった。クッキーシーン編集部によるディスク・ガイド『OUR CHOICE』によれば、クーム・トランスミッション名義で前衛アート活動を行っていたジェネシス・P・オリッジとコージー・ファニー・トゥッティに、デザイン集団ヒプノシスのメンバーだったピーター・クリトファーソン、エレクトロニクス機材に明るいクリス・カーターが加わってスロッビング・グリッスルを結成。アナログ・シンセ等を用いてノイズやエレクトロ・ビートを重ね合わせ奇妙な音世界を構築していったという。


 彼らの音楽性の重要な側面を説明するエピソードがある。ジェネシス・P・オリッジは後年、妻そのものになるために(外見上だけにせよ)性転換してしまった。妻を失った悲しみからか、もう誰も愛せそうにないからか、どちらにせよ驚くほど一途で人間味のある行為だと思う。よしもとばななの代表作『キッチン』にも似た設定の人物が登場し、あとがきにはこう書かれている。


「感受性の強さからくる苦悩と孤独はほとんど耐えがたいくらいきつい側面がある。(中略)もしも感じやすくても、それをうまく生かしておもしろおかしく生きていくことは不可能ではない。そのためには甘えをなくし、傲慢さを自覚して、冷静さを身につけた方がいい」。


 こういった人種は世界への違和感から逃れるために自分自身を変えてしまうか(ときに自殺を選ぶかもしれない)、環境を絶えず変えるために世界を彷徨うかもしれない。ントコもヨーロッパを旅し、東京に幾度も長期滞在し渋谷、原宿、高円寺のカルチャーに影響された。そういった異文化の衝突によって生み出される軋轢が、彼の音楽の持つ緊張感となっている。前作ではUHNELLYSのKimをフィーチャーしたトラックがあったが、本作でも東京のミュージシャンらと共演。ZONZONOのギタリスト小野浩輝、インド・スタイルのヴァイオリンを弾く金子ユキ、ドラマーの村山政二朗といった面々だ。旅の途上で様々な仲間と出会い、彼らとのセッションをへて自分自身を再確認する。その繰り返し。そのなかで自己のアイディンティティーを更新していく。ントコの音楽はその経過報告であり、リズムは彼の鼓動そのものだ。



(森豊和)

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大森靖子 絶対少女.jpg

 中森明夫の著書『午前32時の能年玲奈』のあとがきに、次のような記述がある。それは著者が撮影スタジオで、ドラマ『あまちゃん』の主演を務めブレイクした女優・能年玲奈とやりとりした際のもの。


《「二〇歳になるってどう?」と訊くと「なりたくないです」と即座に答えた。「なんで?」しばし間があって・・・・・・「少年少女が好きなんで!」その表情は、まるで女子中学生だ。「中学生? よく言われます。・・・・・・ずっと、一〇代のままがいいな~」》


 能年玲奈の大人(成人)になりたくないという気持ちは、筆者も抱いたことがある。大学に行ったのも、責任が伴う"社会人"とやらになるのを先伸ばしにするため。とはいっても、それはあくまで先伸ばし。現在25歳の筆者は大学を卒業し、ひとりの"社会人"としての処世を身につけ、何かとハードな日常を生きている。現実とは残酷なもので、誰もピーターパンにはなれないのだ。


 大森靖子は、現在26歳の女性シンガーソングライター。「PINK」というEPを経てリリースされた前作『魔法が使えないなら死にたい』が大きな注目を集め、2013年5月に渋谷クラブクアトロでおこなわれたワンマンライヴを成功させたのも記憶に新しい。そんな彼女が完成させた新たな作品、それが本作『絶対少女』である。


 まず驚かされるのは、オープニングの「絶対彼女」。キャッチーな4/4ビートと彼女の早口な歌唱が印象的で、アコースティック・ギター中心のサウンドだった前作のイメージを引きずる聴き手は肩透かしを喰らうだろう。続く「ミッドナイト清純異性交遊」も、アイドルのようにキュートな歌声を振りまく彼女の姿に驚かされる。「絶対彼女」と「ミッドナイト清純異性交遊」、冒頭を飾るこの2曲で彼女は、前作のリリースによって自身に与えられた期待やイメージから抜け出し、新たな側面を創出することに成功している。プロデューサーにカーネーションの直枝政広を迎え、多くの凄腕ミュージシャンが参加したことで得られた幅広い音楽性も秀逸だ。


 理想と現実が入り乱れたような歌詞も興味深い。《ディズニーランドに住もうとおもうの ふつうの幸せにケチをつけるのが仕事》という歌い出しの「絶対彼女」は、《やっぱ郊外に住もうとおもうの》《ディズニーランドに行ったって 幸せなんてただの非日常よ》とも歌われることで二項対立を作り上げながらも、続く「ミッドナイト清純異性交遊」はキラキラとしたサウンドが際立ち、それこそディズニーランドの如く幻想的だ。しかし、そのファンタジーはディズニーランドのそれとは異なる。このことは次の一節からもわかるはずだ。


《アンダーグラウンドから君の指まで 遠くはないのさiPhoneのあかりをのこして ワンルームファンタジー》(「ミッドナイト清純異性交遊」


 そう、いまやどんなものでも一瞬であなたの手元に届く。スマートフォンを適当に弄れば、どこに住んでいるかも分からない人がサウンドクラウドにアップしたささやかな歌を聴けるし、殴り書きで私情をぶちまけたブログだって読める。そうした現在は、数多の幻想的世界で溢れているとも言えるのではないか? そして、そんな現在に生きる私たちはSNSなどを介して顔も見えない相手と繋がれる。そこに希望を見いだすかのような一節に筆者は思えるのだ。同時にこの一節は、本作がアルバム・タイトルとは裏腹に、あらゆる人がコミットできる作品だと教えてくれる。「君」は特定の誰かではない。すべての人に当てはまる。


 本作に収められた曲群で描かれる世界観はそれぞれ異なり、時には "醜さ" を覗かせることもある。だがそれでも、個人のささやかな日常や一幕を切りとり繋ぎあわせたような『絶対少女』という作品のなかでは、すべてが肯定されるのだ。どんな生き方も、どんな価値観も、どんな言葉も、すべてがアリになる。言ってしまえば本作で大森靖子は、"美しさ" だけでなく "醜さ" も受け入れ愛している。ゆえに本作は、大人になりきれない人々を励ますような、暖かさと優しさを漂わせるのかもしれない。



(近藤真弥)

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CRZKNY「RESIST EP」.jpeg

 CRZKNY(クレイジーケニー)は広島を拠点に活動し、数多くのジューク/フットワーク・トラックを生み出してきたアーティスト。CRZKNYが作るトラックの特徴はズバリ、フロアに集う者たちを吹き飛ばすほどの狂暴なベースである。また、稲川淳二ネタの「JUNJUKE」をカルト・ヒットさせ、さらにはキューピー3分クッキングのテーマ曲をチョップした「3minute 2K13」(アルバム『ABSOLUTE SHITLIFE』収録)なんて曲も作ったりと、お茶目なユーモア精神も窺わせる。


 一方でCRZKNYは、良質なエレクトロも量産している(とは言ってもジャスティスデジタリズムのほうではなく、ドレクシアなどのデトロイト色が強いエレクトロ)。そのなかでも代表作に挙げられるのが、《Tokyo Electro Beat》から発表された『NUCLEAR/ATOMIC』。サウンドのみならず、終戦記念日にリリースというメッセージ性も込めるあたり、先述のドレクシアを連想させる内容だ。


 そんなCRZKNYによる新たなエレクトロ作品、それが本作「RESIST EP」である。まずタイトル・トラックの「Resist」は、ハードなサウンドと性急なグルーヴが印象的。『NUCLEAR/ATOMIC』もそうだったが、アンダーグラウンド・レジスタンスに通じる精神と感性もあるように聞こえる。反骨精神が根底にありながら、同時にクラウドを踊らせる(そして楽しませる)ことも忘れていない。B面収録の「Radiation」も硬質なキックが聴き手を惹き付ける良曲で、フロアに投下されたら歓喜が起きそうだ。


 本作において見逃せないトピックといえば、DJスティングレイが「Resist」のリミックスで参加していること。彼はドレクシアの元メンバーで、アーバン・トライブ名義での活動もよく知られている。カール・クレイグムーディーマンとのコラボレーション経験もあり、テクノ好きなら誰もが知る人物だ。そのDJスティングレイによるリミックスはミニマルな音像が際立ち、ローランドが生み出した名機TR-808のものと思われるキックを堪能できる。ラフなプロダクションに聞こえるかもしれないが、それをディープなカッコよさに繋げているあたりはさすがだと思う。


 本作は、日本とデトロイトのアンダーグラウンドが何度目かの邂逅を果たした作品として記憶されるだろう。



(近藤真弥)

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