February 2014アーカイブ

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 音楽に限らず優れた芸術表現の根底には、自らが所属する世界そのものへの違和感が存在することが多い。その違和感はときに自分自身をも攻撃し痛めつけ、アイディンティティー・クライシスを引き起こす。その表現が切実なものであればあるほど、既成のジャンルには収まらないのかもしれない。パンクもオルタナティヴも、ヒップホップも、現状へのアンチ・テーゼとして生まれ、様式美に陥る前に自らを破壊し生まれ変わっていく。スロベニアのラッパー、ントコはそういった精神を継承し、インダストリアルの要素を全面に打ち出して活動している。


 インダストリアルというと、90年代のヘヴィー・メタルやミクスチャー・ロックのような力強く無機質で分かりやすいビートを思い浮かべるかもしれない。しかし音楽用語として始めて用いられたのは1977年スロッビング・グリッスルによってだった。クッキーシーン編集部によるディスク・ガイド『OUR CHOICE』によれば、クーム・トランスミッション名義で前衛アート活動を行っていたジェネシス・P・オリッジとコージー・ファニー・トゥッティに、デザイン集団ヒプノシスのメンバーだったピーター・クリトファーソン、エレクトロニクス機材に明るいクリス・カーターが加わってスロッビング・グリッスルを結成。アナログ・シンセ等を用いてノイズやエレクトロ・ビートを重ね合わせ奇妙な音世界を構築していったという。


 彼らの音楽性の重要な側面を説明するエピソードがある。ジェネシス・P・オリッジは後年、妻そのものになるために(外見上だけにせよ)性転換してしまった。妻を失った悲しみからか、もう誰も愛せそうにないからか、どちらにせよ驚くほど一途で人間味のある行為だと思う。よしもとばななの代表作『キッチン』にも似た設定の人物が登場し、あとがきにはこう書かれている。


「感受性の強さからくる苦悩と孤独はほとんど耐えがたいくらいきつい側面がある。(中略)もしも感じやすくても、それをうまく生かしておもしろおかしく生きていくことは不可能ではない。そのためには甘えをなくし、傲慢さを自覚して、冷静さを身につけた方がいい」。


 こういった人種は世界への違和感から逃れるために自分自身を変えてしまうか(ときに自殺を選ぶかもしれない)、環境を絶えず変えるために世界を彷徨うかもしれない。ントコもヨーロッパを旅し、東京に幾度も長期滞在し渋谷、原宿、高円寺のカルチャーに影響された。そういった異文化の衝突によって生み出される軋轢が、彼の音楽の持つ緊張感となっている。前作ではUHNELLYSのKimをフィーチャーしたトラックがあったが、本作でも東京のミュージシャンらと共演。ZONZONOのギタリスト小野浩輝、インド・スタイルのヴァイオリンを弾く金子ユキ、ドラマーの村山政二朗といった面々だ。旅の途上で様々な仲間と出会い、彼らとのセッションをへて自分自身を再確認する。その繰り返し。そのなかで自己のアイディンティティーを更新していく。ントコの音楽はその経過報告であり、リズムは彼の鼓動そのものだ。



(森豊和)

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大森靖子 絶対少女.jpg

 中森明夫の著書『午前32時の能年玲奈』のあとがきに、次のような記述がある。それは著者が撮影スタジオで、ドラマ『あまちゃん』の主演を務めブレイクした女優・能年玲奈とやりとりした際のもの。


《「二〇歳になるってどう?」と訊くと「なりたくないです」と即座に答えた。「なんで?」しばし間があって・・・・・・「少年少女が好きなんで!」その表情は、まるで女子中学生だ。「中学生? よく言われます。・・・・・・ずっと、一〇代のままがいいな~」》


 能年玲奈の大人(成人)になりたくないという気持ちは、筆者も抱いたことがある。大学に行ったのも、責任が伴う"社会人"とやらになるのを先伸ばしにするため。とはいっても、それはあくまで先伸ばし。現在25歳の筆者は大学を卒業し、ひとりの"社会人"としての処世を身につけ、何かとハードな日常を生きている。現実とは残酷なもので、誰もピーターパンにはなれないのだ。


 大森靖子は、現在26歳の女性シンガーソングライター。「PINK」というEPを経てリリースされた前作『魔法が使えないなら死にたい』が大きな注目を集め、2013年5月に渋谷クラブクアトロでおこなわれたワンマンライヴを成功させたのも記憶に新しい。そんな彼女が完成させた新たな作品、それが本作『絶対少女』である。


 まず驚かされるのは、オープニングの「絶対彼女」。キャッチーな4/4ビートと彼女の早口な歌唱が印象的で、アコースティック・ギター中心のサウンドだった前作のイメージを引きずる聴き手は肩透かしを喰らうだろう。続く「ミッドナイト清純異性交遊」も、アイドルのようにキュートな歌声を振りまく彼女の姿に驚かされる。「絶対彼女」と「ミッドナイト清純異性交遊」、冒頭を飾るこの2曲で彼女は、前作のリリースによって自身に与えられた期待やイメージから抜け出し、新たな側面を創出することに成功している。プロデューサーにカーネーションの直枝政広を迎え、多くの凄腕ミュージシャンが参加したことで得られた幅広い音楽性も秀逸だ。


 理想と現実が入り乱れたような歌詞も興味深い。《ディズニーランドに住もうとおもうの ふつうの幸せにケチをつけるのが仕事》という歌い出しの「絶対彼女」は、《やっぱ郊外に住もうとおもうの》《ディズニーランドに行ったって 幸せなんてただの非日常よ》とも歌われることで二項対立を作り上げながらも、続く「ミッドナイト清純異性交遊」はキラキラとしたサウンドが際立ち、それこそディズニーランドの如く幻想的だ。しかし、そのファンタジーはディズニーランドのそれとは異なる。このことは次の一節からもわかるはずだ。


《アンダーグラウンドから君の指まで 遠くはないのさiPhoneのあかりをのこして ワンルームファンタジー》(「ミッドナイト清純異性交遊」


 そう、いまやどんなものでも一瞬であなたの手元に届く。スマートフォンを適当に弄れば、どこに住んでいるかも分からない人がサウンドクラウドにアップしたささやかな歌を聴けるし、殴り書きで私情をぶちまけたブログだって読める。そうした現在は、数多の幻想的世界で溢れているとも言えるのではないか? そして、そんな現在に生きる私たちはSNSなどを介して顔も見えない相手と繋がれる。そこに希望を見いだすかのような一節に筆者は思えるのだ。同時にこの一節は、本作がアルバム・タイトルとは裏腹に、あらゆる人がコミットできる作品だと教えてくれる。「君」は特定の誰かではない。すべての人に当てはまる。


 本作に収められた曲群で描かれる世界観はそれぞれ異なり、時には "醜さ" を覗かせることもある。だがそれでも、個人のささやかな日常や一幕を切りとり繋ぎあわせたような『絶対少女』という作品のなかでは、すべてが肯定されるのだ。どんな生き方も、どんな価値観も、どんな言葉も、すべてがアリになる。言ってしまえば本作で大森靖子は、"美しさ" だけでなく "醜さ" も受け入れ愛している。ゆえに本作は、大人になりきれない人々を励ますような、暖かさと優しさを漂わせるのかもしれない。



(近藤真弥)

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CRZKNY「RESIST EP」.jpeg

 CRZKNY(クレイジーケニー)は広島を拠点に活動し、数多くのジューク/フットワーク・トラックを生み出してきたアーティスト。CRZKNYが作るトラックの特徴はズバリ、フロアに集う者たちを吹き飛ばすほどの狂暴なベースである。また、稲川淳二ネタの「JUNJUKE」をカルト・ヒットさせ、さらにはキューピー3分クッキングのテーマ曲をチョップした「3minute 2K13」(アルバム『ABSOLUTE SHITLIFE』収録)なんて曲も作ったりと、お茶目なユーモア精神も窺わせる。


 一方でCRZKNYは、良質なエレクトロも量産している(とは言ってもジャスティスデジタリズムのほうではなく、ドレクシアなどのデトロイト色が強いエレクトロ)。そのなかでも代表作に挙げられるのが、《Tokyo Electro Beat》から発表された『NUCLEAR/ATOMIC』。サウンドのみならず、終戦記念日にリリースというメッセージ性も込めるあたり、先述のドレクシアを連想させる内容だ。


 そんなCRZKNYによる新たなエレクトロ作品、それが本作「RESIST EP」である。まずタイトル・トラックの「Resist」は、ハードなサウンドと性急なグルーヴが印象的。『NUCLEAR/ATOMIC』もそうだったが、アンダーグラウンド・レジスタンスに通じる精神と感性もあるように聞こえる。反骨精神が根底にありながら、同時にクラウドを踊らせる(そして楽しませる)ことも忘れていない。B面収録の「Radiation」も硬質なキックが聴き手を惹き付ける良曲で、フロアに投下されたら歓喜が起きそうだ。


 本作において見逃せないトピックといえば、DJスティングレイが「Resist」のリミックスで参加していること。彼はドレクシアの元メンバーで、アーバン・トライブ名義での活動もよく知られている。カール・クレイグムーディーマンとのコラボレーション経験もあり、テクノ好きなら誰もが知る人物だ。そのDJスティングレイによるリミックスはミニマルな音像が際立ち、ローランドが生み出した名機TR-808のものと思われるキックを堪能できる。ラフなプロダクションに聞こえるかもしれないが、それをディープなカッコよさに繋げているあたりはさすがだと思う。


 本作は、日本とデトロイトのアンダーグラウンドが何度目かの邂逅を果たした作品として記憶されるだろう。



(近藤真弥)

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