February 2014アーカイブ

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Jazz The New Chapterロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平.jpg

 本書は密度の高い論考やインタヴュー、さらには300枚を超えるディスクレヴューによって、現代ジャズを様々な視点からプレゼンテーションしたものになっている。現代ジャズの旗手であるロバート・グラスパーとその周辺、老舗《Blue Note》の現在、ジャズとビート・ミュージックの関係性、ワールド・ミュージックという視点から見たジャズなど、その切り口は多様だ。


 しかし、こういった紹介は本書の一側面しか捉えていない、というところからこの書評を始めることにする。なぜなら本書は、現代ジャズのプレゼンテーションと同じくらい、いやそれ以上に過去への眼差しと現在に至る道筋の確認に満ちており、それが本書を特別なものにしているからだ。


 まず、本書の執筆人に、2人のベテランジャズ評論家が参加している点に注目したい。村井康司と中山康樹だ。村井康司はモダン・ジャズ崩壊後のジャズについて精緻な分析をおこなった『ジャズの明日へ―コテンポラリー・ジャズの歴史―』(近著には『JAZZ 100の扉』がある)の著者であり、中山康樹はマイルス・デイヴィスの研究本をはじめとした、ジャズについての本をいくつも執筆している。両者とも日本におけるジャズ批評を形作ってきたジャズ評論家である。本書では、そんな彼らが現代ジャズについてどのような思いを抱いているかを語らせることによって、旧来のジャズとの接続/切断を試みる。こういった試みが『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』の面白さであり、日本におけるジャズ批評の上に本書があることを強調しているようにも見える。


 取り上げるアーティストについてもジャズの歴史への目配せがそこかしこに窺える。その代表が、大御所ケニー・ギャレットへのインタヴューだ。ケニー・ギャレットのバンドは、クリス・デイヴ、ジャマイア・ウィリアムスなど現代ジャズの最重要ドラマーが排出してきた。その理由についてケニー・ギャレットはインタヴュー中でこう説明する。


「マイルスもアート・ブレイキーもウディ・ショウも私が成長するのを忍耐強く我慢してくれた。だから、自分も今そういうリーダーでありたいと思っている。」


 このような先達がいるからこそ、現代ジャズの土壌は豊かなものになったのだ。ケニー・ギャレットの他にもカート・ローゼンウィンケル、ブラッド・メルドー、ブライアン・ブレイド、ニコラス・ペイトンなど、現在に至るまでの道のりを華やかに彩ってきた(そして今も彩り続けている)先人たちにも少なくないページ数が割かれている。


 そして、何といっても柳樂光隆、原雅明、吉本秀純による密度の高い論考の数々が本書の主軸になっていることは言うまでもないし、そのテクストの中には幾重にもジャズの歴史が折り重なっている。例えば、柳樂光隆の「JAZZ MEETS FOLK / COUNTRY / INDIE-ROCK / BRAZILIAN MUSIC」は、ゼロ年代以降のジャズ・シーンを、非ブラック・ミュージックとしてのジャズという視点で俯瞰しようという試みだ。ジャンル越境的な論考になっており、自分が関心を持っているジャンルとジャズを接続させる手がかりにもなるだろう。原雅明「ジャズmeetsヒップホップを巡る変遷と更新」を読めば、ジャズとヒップホップがどのような影響を相互に与えてきたのかが非常によくわかり、ハービー・ハンコック、J・ディラ、ロバート・グラスパーといったアーティストをヒントに、ジャズmeetsヒップホップの歴史をたどってゆくものになっている。吉本秀純「ワールド・ジャズの新しい勢力地図」は、ジャズとワールド・ミュージックの歴史についての俯瞰的な論考になっており、アメリカのジャズに軸を置いている本書の中で、読み手の意識を世界全体へと拡張させる。ジャズの遺伝子が地域や歴史を超えてばら蒔かれ、受け継がれているということがこれらの論考を読むことで納得できる。


 『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』は、語られず、または語られていたとしても断片的な形でしかなかった、現在にまで繋がる「ジャズの歴史」をまとめたものだ。柳樂光隆による冒頭の一文、「僕がジャズを聴き始めた90年代、ジャズはヒップホップのサブ・ジャンルだった」が示すように、ジャズはヒップホップをはじめとした様々な音楽の中にその遺伝子を植え付けた。今、その遺伝子は、歴史が育んだ豊穣な土壌でいくつもの大輪の花を咲かせている。その花の名前はジャズかもしれないし、そうではないのかもしれない。しかし花が咲いていることは間違いないのだから、それをレポートしないわけにはいかない。このムックはそんな想いで作られたのではないだろうか。



(八木皓平)

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LAUREL HALO


私が初めてやった音楽の作業は

サンプリングではなくて、合成(シンセシス)なの


2014年1月31日~2月3日にかけて開催されたハイパーダブ10(Hyperdub 10)。このイベントは、興味深い作品を数多くリリースし、ダンス・ミュージック・シーンで輝きつづけるレーベル、ハイパーダブの設立10周年を記念しておこなわれたものだ。


主宰者のコード9、それからアイコニカ、ローレル・ヘイロー、DJラシャドというハイパーダブから作品を発表しているアーティストらが、東京、名古屋、金沢、大阪の全4都市をまわった。


14_3_LAUREL_HALO_A1.jpg

photo by Masanori Naruse

2014年2月14日

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2014年2月14日更新分レヴューです。

WANDA GROUP『A Slab About Being Held Captive』
2014年2月14日 更新
MOODYMANN 『Moodymann』
2014年2月14日 更新
ORANGE JUICE『You Can't Hide Your Love Forever』
2014年2月14日 更新

2014年2月10日

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2014年2月10日更新分レヴューです。

トリプルファイヤー『スキルアップ』
2014年2月10日 更新
MOGWAI『Rave Tapes』
2014年2月10日 更新
OLEG POLIAKOV『Random Is A Pattern』
2014年2月10日 更新
LakeMichigan 「ADVENTURE」
2014年2月10日 更新

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音楽配信サイト、オトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。最新のものから昔のものまで、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがん紹介しています。


全10曲程度で合計45分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセットリストが、基本「隔週」木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、今回のセレクター近藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこなう予定です...が、もしなにか緊急の予定が入ってしまったらできないかも(そうなったら、すみません...)。


2014年2月6日(木)から2014年2月19日(水)までの期間に放送される第43弾は、近藤が「『インターネット・カルチャーの恍惚感』をテーマに、ひとつの物語に見える感じで並べた」ものです。


放送日時は以下のとおり。


2/6(木) 22:00-24:00 ※初回放送

2/7(金) 18:00-21:00 ※再放送(以下同)

2/8(土) 20:00-22:00

2/9(日) 14:00-18:00

2/10(月) 10:00-16:00

2/11(火) 13:00-17:00

2/12(水) 10:00-16:00


2/13(木) 22:00-24:00

2/14(金) 18:00-21:00

2/15(土) 20:00-22:00

2/16(日) 10:00-18:00

2/17(月) 10:00-16:00

2/18(火) 13:00-18:00

2/19(水) 10:00-16:00


なお、第44弾の初回放送は2月20日(木)22時スタート予定。


よろしければ、是非!


2014年2月6日9時51分(HI)

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Perc『The Power And The Glory』.jpg

 ヴァチカン・シャドウは『Remember Your Black Day』でアメリカ同時多発テロをテーマにし、サミュエル・ケーリッジは『A Fallen Empire』のジャケットに第一次世界大戦の写真を使用するなど、ここ最近のインダストリアル・テクノには政治的側面を滲ませた作品が多い。もちろんそのなかに、ロンドン出身のパークによる『The Power And The Glory』も含まれるだろう。


 まず、5曲目の「David & George」。このタイトルにある名はそれぞれ、イギリスの首相デーヴィッド・キャメロン(David)と、同国の財務大臣ジョージ・オズボーン(George)を指しているそうだ。肝心の内容は、ノイジーかつ暴力的なサウンドと不気味な笑い声が響き渡るというもの。エリザベス2世とも遠縁にあたる上流階級出身のキャメロンに向けられた皮肉か? あるいは構造的財政赤字の解消を公約に掲げながら未だ実現できていないオズボーンをおちょくっているのか・・・。国民に多くの "痛み"と"負担" を求め、失業率上昇や賃金の減少を招いた暗黒のサッチャー時代と似たようなことが今のイギリスで起きている? なんて想像もしてしまう(キャメロンはサッチャーと同じく保守党)。


 さらに、アルバム・タイトルの『The Power And The Glory』。この暗喩的なタイトルは、作家グレアム・グリーンが1940年に上梓した小説と同名なのだ。1991年に亡くなるまで共産主義を貫いたグレアムは、『静かなアメリカ人』を書き上げたせいでアメリカに入国拒否されたりと、強い反骨精神を持ちつづけた男。本作は明確な政治的主張をおこなっているわけではないが、そう思わせる要素はいくつも散りばめられており、これまでリリースしてきた作品群と比べたら極めて"政治的"と言えるだろう。言ってしまえば本作は、インダストリアル・テクノにレベル・ミュージックとしての役割をあたえている。


 とはいえ、パークはダンス・ミュージックの快楽も忘れていない。中毒性の高いリズム・ワークが印象的な「Galloper」、それから初期のジェフ・ミルズに通じるハード・ミニマル「Dumpster」は、クラウドが踊り狂う光景を容易に想像できるトラックだ。


 こうした両義性を抱える本作は、政治とは距離を置きたい逃避願望が見え隠れしながらも、現実という名の圧倒的存在を無視できないことに対する失望が表出している。



(近藤真弥)

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happy.jpg

 主に関西のインディーズ・バンドに関する批評を纏めた電子書籍『現代関西音楽帖』が先ごろフリーでリリースされた。岡村詩野監修のもと約1年かけて編集されたもので、1年前の段階ではほぼ無名だったバンドが現在は大きく注目されているケースも見られ、シーンの動向の早さに驚きを覚えた。その筆頭が京都は綾部市で2012年に結成された5人組ロック・バンドHAPPYだ。


 SSWの入江陽は「恋愛の終わりに気づいていないふりをする二人」について歌う自作曲「めきしこ」を、「原発に対する我々の態度の暗喩ではないか」と、EP-4佐藤薫に問われ驚いたという。時に批評によって、本人も気づいていなかった無意識の着想に気づかされるものらしいが、例えばSEKAI NO OWARIのように、歌詞以前にバンド名で物議を醸すケースもある。対してHAPPYはバンド名が期せずして、そんな暗い世相に対する強烈な批評となっているのが面白い。 


 そしてEPのタイトル「Sun」は、テンプルズのアルバム『Sun Structures』と被り、2バンドとも6070年代のサイケデリック・ロックの影響を受けている。しかし往時の雰囲気をより忠実に再現するテンプルズに対して、HAPPYはシンセ2台を駆使して、むしろポスト・パンク期のバンドに近いアプローチに思える。一曲目「Lift This Weight」は、重低音シンセにあたたかく親しみやすいメロディーと英詞ヴォーカルが乗るダンス・ナンバーで、続く「Win Key Gun」はBPMを落とし壮大な物語の始まりを予感させる。ハッピーというバンド名と爽やかなコーラスとは裏腹に、どこかダウナーな部分がメロディーの切れ間に見え隠れするあたりは、80年代のR.E.M.を思い出す。キーボード込みの編成でアフロ・ファンクの要素が感じられるという点では、名古屋のsukidadramas(スキダドラマズ)とも似ている。


 つらつらと書いてきたが、こういった連想が時代のムードを感じ取るヒントになればいいのだが。しかし一方で、HAPPYのメンバーがこれを読んだら「そんなこと考えもしなかった! 」と言う気もする。時代の流れを変えるようなアーティストとは得てしてそういうもので、無意識のうちに時代と共振する。



(森豊和)

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 永遠の未完成。ポシティヴな意味で、私がそう形容したくなる日本のロック・バンドが2組いる。ART-SCHOOLmothercoatだ。損得も恥も外聞も関係ない。ただ自らの頭の中にある何かを再現する。漫画のヒーローでもあるまいし、そういった衝動は、現実世界では必ずしもかっこいいものではない。輝くような笑顔があれば、後悔の滲み出る表情もある。それら全部ひっくるめて私であり貴方であり彼らだ。


 ART-SCHOOLの第1期メンバーでのラスト・ライヴ、2003年の新宿リキッドルーム。その日の終演後、ロビーでBase Ball Bearのドラマー堀之内大介に会った。汗だくになった彼はすごくいい表情で笑っていた。一方、mothercoatの初期メンバーでのラスト・ライヴ。2006年の新宿MARZのフロアでは、UNISON SQUARE GARDENのベーシスト田淵智也が暴れ回っていた。その日も演奏された「ガリレオ」という曲はmothercoatのライヴ定番曲だが、UNISON SQUARE GARDENにも「ガリレオのショーケース」という曲がある。曲自体が似ているわけではないが、社会への違和感、周囲との不調和が主題であること、様々な音楽要素を折衷しているという点では共通する。


 話を戻して、両日とも素晴らしいパフォーマンスだった。一度完成されたスタイルを壊し、というよりメンバー脱退のため解体を余儀なくされ、その後も不死鳥のように燃え跡からの再生を繰り返してきた2組。90年代オルタナティヴ・ロックからの影響が共通項にあり、より王道を行くART-SCHOOLに比して、mothercoatはニュー・ウェイヴ、ファンク、エレクトロニカ、フォーク、様々なキーワードが雑多に浮かぶ。乱雑につぎはぎされたようで実は整合性のあるトラックと、自由に跳ね回り韻を踏むヴォーカルは、ヒップホップの影響下にあるし、組曲的な展開を見せるナンバーは10年代のプログレッシヴ・ロックとでも呼びたくなる。


 本EPのタイトル・トラック「trickster」はギターの新メンバー加入後初の新曲であり、先述の要素がほとんど詰まっている。尖ったギター・リフとは対照的に大きくうねり反復するリズム隊、牧歌的な女性コーラスで始まり、呟くような男性ヴォーカルが加わる。知らず知らずの内に脳裏に浸食してくる、気付くと口ずさんでいる、不思議な中毒性がある。また、タイトルのトリックスターとは、神話や物語世界において、善悪どちらにも属さず世界の秩序をかき回し破壊するが、結果的に新たな価値観を創出するきっかけとなる存在を指す。それはロック・ミュージシャンの果たすべき役割の一つであるし、孤独なガリレオ・ガリレイの姿にも重なりはしないか? 


 「それでも地球は回っている」という名言ではないが、日本列島を何度も縦断し、過去にたびたびUSUKツアーを行い、20143月には、アメリカ合衆国テキサス州オースティンにて開催されるSXSWJapan Nite」に出演する。ライヴ、録音、音源流通、おまけに家庭菜園。すべて自給自足を掲げ、何物にも縛られず、お世辞も綺麗ごともなしに我が道を行く。メジャーもマイナーもポップもアヴァンギャルドも区別ない。良い悪いの問題ではなく、おそらく日本で最もインディペンデントなミュージシャン集団。それがmothercoatだ。



(森豊和)

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Dana Ruh『Naturally』.jpg

 "ハウス・ミュージック"といっても、実にさまざまなハウスがある。シカゴ・ハウス、アシッド・ハウス、ディープ・ハウス、テック・ハウス、ロウ・ハウスなどなど、他にもたくさん。こんな煩雑としたジャンル分けは筆者を含めた "メディア" のせいでもあるから、申し訳ないというかなんというか・・・。


 そんなジャンルについて "ここ最近のハウスは" みたいに語るとなれば大変だったりもするが、それでも言わせてもらえれば、ここ最近のハウスは本当に面白い。そのなかでも特筆したいのが、アメリカのハウス・シーンである。例えばニューヨークの《L.I.E.S.》は、《100%Silk》を旗頭に隆盛したテン年代インディー・ダンス以降の流れを受け継ぐレーベルのひとつとして、ハウスという枠にとらわれない音をカタログに揃えている。さらに《L.I.E.S.》主宰のロン・モレリは昨年、《Blackest Ever Black》や《Modern Love》などを中心としたインダストリアル・テクノ再評価の流れに共鳴する『Spit』を発表。このアルバムは《Hospital Productions》からのリリースだが、昨今のインダストリアル・ブームに接近する《L.I.E.S.》周辺の動きとしては重要だ。


 DJジャス・エド主宰の《Underground Quality》も、近年のUSハウスを語るうえでは欠かせない。2000年代半ばに始動したこのレーベルからは、ブラック・ジャズ・コンソーティアムやDJキューなど、ここ最近のUSハウスを担う重要なアーティストの作品がリリースされている。《Underground Quality》の特徴は、フランソワ・ケヴォーキアンやケリー・チャンドラーといった90年代のUSハウスに通じるサウンド。そういった意味ではUSハウスの歴史に連なる、いわば "正統派"と言えるだろう。だが、決して懐古的な音を鳴らしているわけではない。DJジャズ・エドはシュテフィーやロウレンスといったドイツ勢とも積極的に交流し、USハウスの "拡張" に挑んでいる。


 その "拡張" は、ダナ・ルーのファースト・アルバム『Naturally』がリリースされたことでさらに押し進められるはずだ。ドイツを拠点に活動する彼女は、《Ostgut Ton》や《Cocoon》からもリリース経験があり、ハウス界隈だけでなくテクノ界隈でも名が知られている。本作で彼女はUSハウスに接近しつつ、7曲目「Just Don't」ではデトロイト・テクノに通じる情緒的なパッド・サウンドを鳴らし、続く「D's Interrupt (Dub)」と「Dirty Egg」では《Ostgut Ton》周辺のテクノ・サウンドを披露したりと、高い音楽的彩度も窺わせる。


 また、本作を際立たせるメロディアスな側面も見逃せない。この側面は、ハウス・ミュージックに触れて間もない聴き手を惹きつけるのに十分な魅力を放っている。それこそ、ディスクロージャーがキッカケで初めてハウスを聴いた、なんて人も虜にするほど・・・。キック、ハイハット、スネアといったパーツを巧みに出し入れし、心地良いグルーヴを生み出す手腕もお見事。玄人リスナーも唸るサウンド・プロダクションは文字通り必聴だ



(近藤真弥)

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drownes.jpg

 先ごろ自伝を発表したモリッシーは、2012年の来日公演でも凄まじくアグレッシヴでピースフルなパフォーマンスを見せてくれた。なんといっても親しみやすい人柄が伝わってくるのだ。演奏中しきりに客と握手したり、ステージに飛び込んできた客を抱擁したり、花束をフロアにばらまいたり、シャツを脱いで客に向かって投げたり、しまいには日の丸の旗を腰に巻いてザ・スミス時代の曲を熱唱したり。そりゃあ常に怒れるモリッシーかもしれないが、表現のそこかしこにユーモアや哀愁を感じた。一方で、ブレット・アンダーソンもスウェードとして2013年に来日。マイク・コードを振り回し観客ともみくちゃになりながら拳を振り上げ歌い続けていた。立ち居振る舞いの力強さといったら、まったく衰えを感じさせない。


 彼らが持つような無敵感(きっぱり言ってしまおう!)。それを背負うアーティストが近年少ない。せいぜい、ストロークスアークティック・モンキーズまでだったか。驚くような目新しさ、玄人受けする緻密な音楽性なんかこの際いらない。とにかく神がかり的な勢いがあるバンドにもっと出てきてほしい。それはロックンロールが担う重要な役割の一つだと思う。


 ドラウナーズはそんなモヤモヤした気分を吹き飛ばしてくれるアクトだ。ザ・ヴァクシーンズのサポートをおこない、テンプルズUSツアーを敢行する彼らは、英ウェールズ出身のマット・ヒット(ヴォーカル/ギター)率いるニューヨークの4人組。英ガーディアンによれば、マットはザ・スミスをオール・タイム・フェイヴァリットに挙げ、おまけにバンド名はスウェードのデビュー・シングルから引用している。演奏するのは飛びっきり疾走感のある2分ほどのジャングリー・ギター・ポップ。加えて、ハスキーでかつ深みや潤いのあるマットのヴォーカル、その色気といったら!


 シンプルな歌詞世界は恋愛に悩む思春期の少年そのもの。さらに「Long Hair」では少年も少女も髪を伸ばすと歌う。その純粋な混乱と憧れは「火星から来た屈折した星屑」(そう、グラム・ロック!)を思い起こさせるし、楽曲自体は、モリッシーが憧れたニューヨーク・ドールズなどの初期パンクに近いフィーリングだ。そういった意味では、自身のルーツを遡っているのだ。好きなバンド達のさらにルーツ。彼らの本能はそれがいま必要な音楽だと言っているのだろう。


 ドラウナーズが時代を席巻するかどうかなんて分からない。でも彼らのサウンドは30過ぎの私の胸だって熱くさせる。恥ずかしいくらいナイーヴで子どもじみた歌詞と演奏のテンションといったら、ザ・スミスやスウェードの後継者たるに十分すぎるだろう。



(森豊和)

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