シャムキャッツ『AFTER HOURS』(P-VINE)

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 エイドリアン・トミネという作家がいる。日系アメリカ人である彼は、グラフィック・ノヴェルと呼ばれる作品をいくつも発表し、過去にはウィーザーのツアー・ポスターも手掛けるなど、音楽ファンにも馴染みのある名前だろう。彼の真骨頂は、淡々とストーリーを進めながら、テンポの良い会話によって読者が共感できる日常的風景を描き出すところにある。一読しただけではすべてを理解できないが、ゆえに読者は好奇心をくすぐられ、何度も読んでしまう。


 そんなトミネの作品と類似する雰囲気が、シャムキャッツの最新作『AFTER HOURS』にも漂う(そういえば、ジャケのデザインもトミネのタッチを想起させる)。前作『たからじま』が衝動にまかせた作品だったのに対し、本作は彼らの成熟を窺える内容だ。アズテック・カメラやオレンジ・ジュースといった、いわゆる "ネオ・アコースティック" の要素を醸し出すサウンドが印象的。アルバムが進むにつれてサイケデリックな色合いが表れるのも面白い。アレンジのヴァリエーションも豊富で、テンションの押し引きも巧み。なんだが、人生経験を積んだ大人相手に会話しているような気分にさせられる。そういった意味で本作は、ストレートな部分が影を潜め、シニカルで鳥瞰的な視点が以前にも増して目立つ作品とも言える。だが、そうした作風が感情の機微を描写することに繋がっているのだから、ここは素直に拍手喝采すべきだろう。


 歌詞のほうも秀逸だ。ドライバーの若者、裁判官、そしてカップルなどなど、本作には多くの登場人物が存在し、それぞれ違った物語を持ちながらも、その数だけドラマがあるという事実に思わずホロリとしてしまう。こうした昂りを得られるのは、『AFTER HOURS』からの先行シングル「MODELS」を経て本作がリリースされたことも大きな要因だ。というのも、このシングルには「MODELS」の他に、3.11以降の日本をユーモアたっぷりに歌う「象さん」、そして人の持つ陰陽をすべて受け入れるかのような「どっちでもE」が収められているからだ。もちろん、本作は独立した作品として楽しめるクオリティーを備えるが、「象さん」と「どっちでもE」を通過したうえで本作に入り込んでみると、より多彩な世界観が目の前に現れる。それこそ "After Hours" 、いわば "その後" を生きる私たちと共振する世界。


 また、「象さん」を事前に発表したのは、彼らにとって大事なことをうやむやにしないよう細心の注意をはらったからではないか? 本作は "音楽の力" を確かに宿しているが、時としてその力は人を盲目にし、向かい合うべき問題を曖昧にする。そうした危険性に陥ることを避けるため、《あの地震後浦安は 人が寄り付かぬ土地になり》《放射能浴びまくり 代々巨大化を繰り返し》といったフレーズが登場する「象さん」を彼らは作り上げたのかもしれない。このあたりはシャムキャッツの成長とクレバーさを感じさせる。さらにこのクレバーさは、どこにでもありそうなカップルの日常や生活を描くだけで "今" を表すことができるという姿勢にも行き着いている。言ってみれば、分かりやすい政治的スローガンを盛り込まなくても、目の前の風景を歌えば自然と "今" が浮かび上がってくるという気づき。だからこそ本作は、音楽的であると同時にどこか映画的であり、もっと言えばドキュメンタリーのようでもある。それゆえ繰り返し聴きたくなる味わい深さを持つ。


 聴いて楽しめる作品はたくさんある。しかし聴いて励まされる作品はそうそうない。だが、そうそうない作品こそが "傑作" と呼ばれるのだ。『AFTER HOURS』は、そう呼ばれるに相応しいアルバムである



(近藤真弥)

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