NAVIGATEUR『S U R F A C E』(Formallogic) 

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 「コンピュータで芸術や美をつくり出すことは可能だ」(スティーブン・レヴィー著『ハッカーズ』ハッカー倫理 7ヶ条第6項より)


 メルボルンを拠点に活動する新進気鋭のクリエイター、ジョー・ハミルトン(Joe Hamilton)。デジタルな空想世界に現実世界の要素を持ち込んだジョーの作品は、"現実と空想" の境目が曖昧になった "今" を表象する。デジタル素材と物理的素材を丁寧に組み合わせ、メアリー・シェリー著『フランケンシュタイン』に登場する怪物のような継ぎ接ぎ感もない。まるで最初からひとつであったと思えるほどだ。ゆえにジョーの作品は、テクノロジーに囲まれて生活する私たちと同様の人間臭さを漂わせる。


 本作『S U R F A C E』を作り上げたナヴィガトゥル(フランス語で"航海士")も "今" を表象するアーティストだ。最初に目を引くのは、広大な海に浮かぶ人間の手というまずありえないシチュエーションのジャケット。しかしそのパーツとなっているのは手、海、空など、私たちの身近にあるものだ。それゆえ本作のジャケットは、現実でも空想でもない曖昧な世界観を創造している。


 サウンドのほうはチープなシンセにリヴァーブが深くかかった音像を強調し、チルウェイヴに通じるドリーミーなアトモスフィアを醸し出す。面白いのは、そのアトモスフィアが聴き手を郷愁にいざなうものであること。本作はヤマハDX7、それからエンソニックSQ-80という80年代に作られたシンセサイザーを多用しているそうだが、もしかすると本作の "郷愁" は80年代に向けられたものかもしれない。


 とはいえ、ナヴィガトゥル自身は80年代をリアルタイムで過ごしていない。となると、彼の80年代に対する郷愁に想像が入り混じるのは必然。そう考えると本作は、郷愁に対する郷愁を表現した作品だと言える。いわば "郷愁" そのものを求め、いや、もっと言ってしまえば "郷愁" を作ってしまおうとする全能感。これが本作の根底を成している。


 ハッカー倫理 7ヶ条第6項には、「コンピュータで芸術や美をつくり出すことは可能だ」とある。だがナヴィガトゥルは "芸術" でも "美" でもなく "感情" を作り出そうと試みる。この点は、言葉よりも音で語ろうとしたかつてのデトロイト・テクノに通じる感性だろう。あるいは雰囲気や気持ちを喚起させることに挑んだ印象主義音楽の系譜。


 いずれにせよ、私たちが目を逸らしているうちに、チルウェイヴは新たな想像力にたどり着いた。"もう◯年前の音楽だから"と、まるで終わったかのように思われたところから面白い表現が生まれる、なんてことは往々にしてあるのだ。



(近藤真弥)

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