LakeMichigan「ADVENTURE」(Indienative)

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 チルウェイヴ以降の音楽は、地域性が薄くなってきているように見える。もちろん完全になくなったわけではないが、アーティスト間の交流はSNSで頻繁におこなわれ、ゆえに外部のアーティストがひとつのジャンルに多大な影響をあたえる、なんてことも珍しくない。どこに住み、何を聴き、誰が周りに居るのか? そういった違いによる距離感なり文化的背景の差異は徐々に均されていき、それは今も進行中だと思う。


 一方で、そうした現状だからこそ、自らを強調する必要性が高まっているのではないか? と、最近考えるようになった。実際、ここ2~3年の間に生まれた日本のインディー・ミュージックを聴いていると、"日本で育ったからこそできる表現"みたいなことに少なからず意識的な作品に触れる機会が増えた。例を挙げると、cero『My Lost City』森は生きている『森は生きている』、それからミツメ 『eye』といった作品。ここにシャムキャッツの『たからじま』を加えてもいいだろう。これらの作品に刻まれたサウンドと言葉は、洋楽を真似ただけの引用バンドでは生み出せない日本的な匂いを漂わせる。それこそ、はっぴいえんどから脈々と受け継がれる日本語ロックの遺伝子なのかもしれない。


 穂崎結実によるソロ・プロジェクトLakeMichigan(レイクミシガン)のファースト・ミニ・アルバム「ADVENTURE」にも、日本的な匂いがある。とはいえ、彼女の音がはっぴいえんど的かといえば、そうじゃない。ドラムにリヴァーブが深くかかり、スネアが "パコーン!"と鳴っている曲が多いせいか、90年代のJ-POPやアニソンを想起させるものだ。特に「泣いてるあの子なぐさめてあげたいけど」は、アニメ『魔法騎士レイアース』のオープニング・テーマ、田村直美の「ゆずれない願い」を連想させる。このことがおそらく、「ADVENTURE」を聴いて"懐かしい"と感じてしまう所以だろう。


 また、「Summer, Wells River, Blues」はアッシュといったロック・バンド、それから「Noah's Bird」はニュー・オーダーに通じるギター・サウンドを鳴らしていたりと、UKロックの要素が随所で見られるのも「ADVENTURE」の面白いところ。イギリスの音楽を愛してきた人なら琴線に触れること間違いなし。


 彼女は「ADVENTURE」で、これまで聴いてきた音楽に自らの感性を注ぎ込み、オリジナリティーを獲得している。ゆえに懐かしさがありながらも、フレッシュな響きを携えているのではないだろうか? もっと言ってしまえば、これまでなら "古い" の一言で一蹴されていたであろう音楽を、"好きだから"という気持ちを原動力に鳴らせる素直な姿勢。この姿勢がLakeMichiganの魅力だと思う。



(近藤真弥)

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