KERRIDGE『A Fallen Empire』(Downwards)

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 昨今のダンス・ミュージックを語る上で欠かせないキーワード、"インダストリアル・テクノ再評価"。この潮流と共振する作品のほとんどは、ダークでゴシックな耽美的世界観が特徴だ。それこそ、アンディー・ストット『Luxury Problems』のように。


 ところが最近、その特徴が変化してきている。例えば、EP「Interpretations」を発表したばかりのパーク。このEPで彼は、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとコラボレーションをし硬質なメタル・パーカッションと攻撃的なノイズを溶解させ、テクノというよりはEBMを想起させるサウンドに接近することで、インダストリアル・テクノ再評価の潮流に新たな側面をあたえた。


 もうひとつ面白い動きとして、アンディー・ストットがニューヨークのドゥーム・メタル・バンド、バティラスのリミックスを手掛けたことも挙げたい。このリミックスが実現したのは、先の「ダークでゴシックな」ところをふまえれば必然のように思えるからだ。その理由のひとつが、ドゥーム・メタルの源流と言われるバンドにブラック・サバスがよく挙げられること。


 ブラック・サバスは、そのオカルト的なヴィジュアル・イメージから黒魔術との関連を指摘されることも多く、バンド名がマリオ・バーヴァによるホラー映画が元ネタというのも有名な話。そういった意味で、アンディー・ストットとバティラスの邂逅は隔世遺伝的とも捉えられ、この先のダンス・ミュージック・シーンを考えるうえで見逃せない動きだ。


 そんな隔世遺伝が本作『A Fallen Empire』にも見られる。本作を作り上げたサミュエル・ケーリッジは、マンチェスター出身のDJ/プロデューサー。ケーリッジの両親はセカンド・サマー・オブ・ラヴにどっぷりハマっていた世代で、フェンスの下に穴を掘りそこからレイヴ・パーティーに入場したりと、筋金入りのレイヴァーだったそうだ。ケーリッジ自身両親の手に導かれ、幼いながらも当時の非合法パーティーに居合わせたこともあるらしい。いわば小さい頃からレイヴ・カルチャーに触れていたわけだ。


 そうした生い立ちを持つケーリッジが、本作のようなサウンドにたどり着いたのは興味深い。というのも本作、インダストリアル・テクノでありながらドゥーム・メタルにも聞こえてしまうからだ。もちろん本作の基調はインダストリアルである。しかしサン O))の影響を感じさせるドローン要素の使い方、それから「Black Sun」「Straight To Hell」といった曲名をつけるセンスは、やはりメタルを連想させる。それに「Heavy Metal」なんて曲も収められていたり。とはいえ、ケーリッジが好んで聴いていたのはトーキング・ヘッズ、ジョイ・ディヴィジョン、スロッビング・グリッスル、ピンク・フロイド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどなど。メタルというよりはポスト・パンクな嗜好が強い。


 また、本作のジャケットで使用されている写真についても特筆したい。アート・ディレクションのクレジットにはケーリッジのフルネームが刻まれている。だが、ロバート・キャパの有名な「崩れ落ちる兵士」を想起させるジャケットの写真、どこかで見た記憶がある。それで記憶を遡ってみると、数年前に見た第一次世界大戦の写真であるのを思い出した。その写真は、第一次世界大戦で多用されたホスゲンに苦しむ兵士を撮影したもの。本作のジャケットではトリミングされて使われているものの、この事実が分かったとき、筆者の頭に次のような言葉が浮かんだ。それはコージー・ファニ・トゥッティによるもので、メンバーとして在籍したスロッビング・グリッスルの音楽について語っている。


 「そこには"インダストリアス(勤勉な)な人間が生み出すインダストリアル(産業的)な作品が、人々に刺激を与え、身を粉にして生産に励むよう促す。それによって勤勉かつ産業的な姿勢があまねく行きわたり、今日の文化が形成されている"という視点もあった。私たちはそれを自嘲的に表現していたというか(笑)。(中略)最近のインダストリアルと呼ばれる音楽にはそういった皮肉もユーモアもない」(※1)


 この批判的な視点は、現在のインダストリアル・ブームにも当てはまるかもしれない。確かにスタイルや音色などは、スロッビング・グリッスルの影響下にある "インダストリアル" かもしれないが、そこにコージーの言う皮肉やユーモアがあるのか? という疑問。そんなケーリッジの批評眼が、本作のジャケット・デザインには表れているように思える。


 スロッビング・グリッスルは、自らのレーベル《Industrial Records》を立ち上げる際、「Industrial Music For Industrial People」というスローガンを掲げている。簡単に訳すと、"産業的な人々に向けた産業音楽"といった意味。このスローガンに込められた意味は、引用したコージーの発言にある通りだろう。


 本作は、現在のインダストリアル・ブームに足りない要素を補う作品だ。それはもちろん "皮肉とユーモア" である。先述したように、本作のジャケットで使用されている写真は、第一次世界大戦の兵士を写したもの。このことから推察を進めると、ケーリッジは本作で、インダストリアルに本来あった "産業的な人々に向けた産業音楽" という側面を蘇らせたのではないか? 軍需産業なんてものがあるように、言ってしまえば戦争もビジネスになってしまうのだ。それこそ、ゲーム『メタルギアソリッド4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』で描かれた、合理的な戦争経済を実現させた世界。そうした世界やこれに通ずるもの、例えば無益な殺生や争いなどに対する嫌悪感をケーリッジは本作で表現している。


 ここまでの深みに到達したインダストリアル・ミュージックは、近年リリースされた作品に限ると、アメリカ同時多発テロ事件をテーマにしたヴァチカン・シャドウ『Remember Your Black Day』くらいのものだ。



(近藤真弥)




※1 : 『Cookie Scene Essential Guide POP & ALTERNATIVE 2011 21世紀ロックの爆発』126頁より引用。

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