CRUNCH『ふとした日常のこと』(ULTRA-VYBE)

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 "Walking In The Air"。これが初めて僕がCRUNCH(クランチ)の音楽に触れて抱いた印象だ。自分のバンドのライヴで休日の夜を費やす習慣。小さなライヴハウスでランダムにブッキングされたこの日、数少ない客に混じってステージを眺めていた時のことだった。それは空間系の揺れるギター・サウンドなのか、細かく刻まれるビートの上に乗る無垢な歌声のせいなのか。きっとそのどちらでもあるだろうし、それだけでもないのだろう。当の彼女達は気負いを微塵にも感じさせず、CRUNCH独特の透明感が音に意味を持たせてるようだった。


  CRUNCHは愛知県名古屋市で活動する女性3人組バンド。インディー・ミュージックを紹介する海外サイトで本作収録曲の「森の中」が紹介され、国内のみならず名前が広まったのを皮切りに、はっぴいえんどのカヴァーを収録した「ももんがEP」 をリリース。東名阪で配布された名古ヤ発☆音源付きフリーペーパー『マシュマロ』の付録コンピに本作から1曲収録され、今回満を持しての1stアルバム『ふとした日常のこと』が全国流通で発売された。3人で鳴らせる音で構築されたシンプルな世界観は、脆そうで儚い。歌や言葉が口から放たれる空気が揺れる瞬間さえも閉じ込めてしまうように、日常の一瞬を切り取ってそれぞれ想いを巡らせていく。それと同時にその儚さを自ら受け入れる強かさも兼ね備えているように思う。一握りの希望と諦観が入り交じる、それが彼女達が鳴らす「日常」である。


 本作で特筆すべき点は、それまでの浮遊感のあるサウンドからより緊張感を増したヒリヒリしたサウンドになっているということが挙げられる。松石ゲル氏(PANIC SMILE)のスタジオで録音されている影響も少なくないだろう。ふわふわと空に舞い上がったシャボン玉を夢見心地で眺めるだけでなく、パチンと弾け飛ぶ様までも音で表現されているような印象を持った。


 そして川越(ベース)と堀田(ギター)のツインヴォーカル曲が多く収録されていること。これまでもライブや音源で披露していたが、ツインヴォーカルである特徴を最大限に活かしてるように感じた。少し物憂げな川越の歌声と堀田の無垢な歌声に、先述の緊張感を増したサウンドがCRUNCHの新しい一面と言っていいだろう。それが特に顕著に表れているのは4曲目の「Snow Light」。何かを伝えるかのような神野(ドラム)のドラミングも相俟り、穏やかながら心に訴えかけるものがある。


 加えて最後に、本作にはボーナストラックとして名古屋の新進気鋭のユニットFU-MU(フーム)と三重の宅録アーティストのSayoko-daisy(サヨコ・デイジー)による「ウタカタ」のリミックスが収録されている。FU-MUは彼女達の歌を大事にしながらも、『Point』以降のコーネリアスを思わせるようなアンビエントな展開を見せている。Sayoko-daisyはムーンライダースの鈴木慶一氏の影響を感じさせるニュー・ウェイヴな仕上がりになっている。両リミックスとも耳なじみの良い音色がノスタルジックな想いを掻き立てるようで、非常に心地良い。


 このアルバムで何かが変わるだとか、世界をひっくり返るなんてことはないだろう。何故なら彼女達の視線の先には、きっと我々が見ているものとは異なる景色があるに違いない。「浮世離れ」とまで言ってしまうとかなり大げさになるけれど、彼女達は生活感がないと言うのか、日常とかけ離れた世界にいる。ただ「非日常」から鳴らされる「日常」に魅了された我々が引き込まれるしかないのだろう。



(小出雄司)

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