THE ORB『History Of The Future』(Universal)

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 《Better than the best oh yes Better than the best enough stress/最高よりもいいもの、そう、最高よりもいいもの、ストレスは十分だ》(ジ・オーブ「From A Distance」より引用)


 アレックス・パターソンは、筆者が生まれた1988年にジミー・コーティーとジ・オーブを結成した。現在に至るまで何度かパートナーを変えながらも、アンビエント、レゲエ、ハウス、ヒップホップなどが基調にあるトリッピーなサウンドスケープを生み出しつづけ、大規模な音楽フェスから小箱のクラブまで、どんな場所でパフォーマンスをやるにしても、私たちをここではないどこかへ飛ばしてくれた。


 かつてはキリング・ジョークのローディーを務め、1987年までスクウォッター(廃ビルなどを不法占拠して生活する人のこと)を続けたアレックスの人生はそれなりにハードだったと想像できる。もちろんマーガレット・サッチャーによる国営企業の民営化、さらには富裕層を優遇する政策などによって失業者が増加した頃の暗いイギリスも目にしてきただろう。そんなアレックスがジ・オーブとしてセカンド・アルバム『U.F.Orb』を全英アルバム・チャート1位へ送り込むまでになれたのは、1988~1990年をピークとするセカンド・サマー・オブ・ラヴによるところが大きい。1989年、ロンドンのクラブ《Heaven》で始めたチル・アウト・パーティー《Land Of Oz》が評判を呼び、そして同年、甘美な音像を纏った「A Huge Ever Growing Pulsating Brain That Rules From The Centre Of The Ultraworld」がリリースされ、ジ・オーブはセカンド・サマー・オブ・ラヴの波に乗った。さらに翌年の11月には「Little Fluffy Clouds」を発表。テクノ・クラシックとして知られるこの曲は、セカンド・サマー・オブ・ラヴの高揚感をサウンドで見事に表現していた。


 こうした歴史の一端を『History Of The Future』は教えてくれる。ジ・オーブの活動25周年を記念して作られたこの4枚組のボックス・セットには、数多くのシングルやリミックスに加えてレア・トラック、ライヴ映像が収められ、セカンド・サマー・オブ・ラヴの一側面を記録した作品としての高い価値を誇っているが、同時にセカンド・サマー・オブ・ラヴは逃避のためではなく、生き抜くためのムーヴメントであったことも伝えている。当時注目を集めたバンド、例えばストーン・ローゼズは今頃になって再結成したが、それでもイアン・ブラウンは相変わらずのカリスマ性を発揮し、808ステイトはメンバー全員若干肥えたものの、精力的にライヴ活動を続けている。そう、セカンド・サマー・オブ・ラヴを体験した者は、紆余曲折あれどみんなタフに生きているのだ。そうした者たちがもし、逃避のためだけに快楽主義を貪っていたとしたら、とっくの昔にオーヴァードーズでくたばるか、そうでなければ"過去"として葬り去られていたはずだ。でもそうなっていないのは、戦うため、生きるために踊り、快楽を求めたからに他ならない。アレックスが"トリップ"をやめなかったのも同様だろう。現実を超越するのは常に想像力なのだ。


 現在の日本では景気が悪いせいか、"閉塞感"なんて言葉をよく耳にする。そんな状況なのだから突飛な表現や独創性が多く出てきてもいいはずだが、現実はほとんどの者が保守的になり、沈むのが目に見えている泥船にしがみつくような状況だ。思考もなければ想像もない、まあ何とも無味乾燥だこと。


 もしあなたが現況に嫌気が差しているとしたら、ぜひ『History Of The Future』をオススメしたい。本作(そして本作に至るまでのジ・オーブの歩み)にはハードな今を生き抜くためのヒントがたくさん詰まっている。筆者も「ストレスは十分だ」。



(近藤真弥)

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