Hysteric Picnic「Cult Pops」(CALL AND RESPONSE)

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 不思議だ。ニュー・ウェイヴ/ネオ・サイケ直系の生々しいサウンドは、なぜか明治大正期のピカレスク・ロマンの香りがするし、乱れ飛ぶノイズの隙間からはユーモアやペーソスが漂う。5曲通して聴いて脳裏に浮かんだのは宇宙旅行の妄想から死後の世界、果ては永劫回帰。そう、彼は何にでもなれるのだ! ガーディアンの記事を読んで驚いた。この音楽は「ディストピアでの孤独」と評されている。似たようなことを考えるものだ。


 サヴェージズとの親交でさらに注目度が増したBo Ningen、2014年2月にフル・アルバムをリリースするテンプルズ等、国内外でサイケデリック・バンドの台頭著しい昨今、本稿の主役Hysteric Picnicも注目すべきニュー・アクトだ。彼らは2011年結成、リズム・マシーンを操るヤマシタシゲキとヴォーカルのオオウチソウからなるデュオである。二人ともギター、シンセサイザーを使いこなし、パソコンではなく、わざわざカセット・テープを頭出ししてライヴのオケに使う。リード・トラック「Cult Pops」のメロディーは童歌の「かごめかごめ」を連想するし、「潮騒」という曲は流麗な単音ギターがまるで三味線のよう。ダーク・ウェイヴを日本人が今の感性で解釈したミニマルな楽曲に、クールだがどこかユーモアを感じさせるシャウトが絡まる。曲が始まった瞬間から他のバンドとは違う奇妙な響きを醸し出す。


 曲に含まれるユーモアについて指摘するとオオウチは私にこう語った。「結成当初からユーモアは重要なキーワードでした。日本語の歌詞にしたのもユーモアが入る余地を残したかったからです」。一方、「眩暈」という曲では地の底から響くうめき声のようなギターが耳をつんざく。めまいで倒れた男の苦痛がダイレクトに伝わってくる。実際、「生々しい緊張感を出すために、ほとんど録音し直さず、ミキシングも偶然を重視した」と話してくれた。彼らは結成当初ニューヨークのライヴ・ハウスやバーで即興演奏を繰り広げていたという。そういえば2013年秋に七尾旅人がニューヨークでライヴをした際に、「日本で受ける曲はそのままの形で演奏しても受けない。日本では客を集めづらい地味な弾き語りや尖った即興の方が受ける」と語ったが、同じことを彼らも肌で感じていたのだろう。またオオウチは現在もソロで海外レーベルからリリースしている(最近ではデンマークの《Metaphysical Circuits》というレーベルのコンピに参加)。


 ところで、『Unknown Pleasures』 のライナーでピーター・フックはこう語っている。「イアンが全てのリフを見つけ出したんだ」。イアン・カーティスは他のメンバーがセッションで無意識に演奏した埋もれがちなアイデアの断片を、素晴らしい耳で選び取って曲に生かしたという。2013年の今、遠い異国、日本に住む若者の感性でHysteric Picnicはその美学を継承する。ジョイ・ディヴィジョンの魂は何度でもよみがえる。



(森豊和)

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