音速ライン『from shoegaze to nowhere』(Yoshimoto R&C)

|
音速ライン.jpg
 優れたポップ・ミュージック...というか、ぼくが好きなタイプのそれには、「出会いと別れ」の要素が同時に入っている。だから、悲しいんだか楽しいんだかよくわからない...みたいな。


 ぼくと音速ラインとの出会いは結構古くて、00年代前半なかばごろまでさかのぼる。実はそれから...00年代後半は少しごぶさたしていた。当時彼らがいろいろヒット曲を出していることは知っていたし、そういう曲はもちろん普通に聴いていたけれど、忙しさにかまけて「アルバムをちゃんと聴く」ことはできずにいた。でも、この新作のタイトルを見て、たまげた。「おお! これは...!」みたいな。


 素晴らしいと思った。上記のような理由から、いわゆる「彼らの従来のイメージ」と比べてどうこうはできない。それが口惜しい。でも、基本的に(かなりマニアックな)洋楽ファンでありつつ、日本語の素晴らしい歌も聴きたい...と常に思っている自分のような者に、ずっぱまり。これはたしかなことだ。


 今この時点でどうなのかは寡聞にして知らないけれど、少なくとも00年代の末ごろまで、中心人物の藤井(男性)は出身県でもある福島に住んでいた。もちろん、人気者になったあとも。いや、むしろ、がんがんヒットをとばすようになってから、そうなったんだったかな? とにかく、そんな「ちょっと変わった形の、地方出身者としてのこだわり」みたいなものが、彼らの音楽には常にはりついているような気がしていた。本人が意識しているかどうかは別として。


 つまり「ジャンル的なものの越境の仕方」が、いい意味で、ベタなのだ。このアルバム・タイトルについて、セルフ・ライナーノーツで中心人物藤井は「昔、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが本気で好きだったし、実際、内気だった。でも、今はライヴで『しゃべりすぎ、MC多すぎ』みたいに言われる。不思議だよね(笑)」といった意味のことを書いている。「彼らの世代」で「こういう音楽をやっているミュージシャン」のコメントとして、なんというか、100回くらい「いいね!」したくなってしまった。


 彼らが「シューゲイザー」かどうかなどという議論をする気はさらさらないと断ったうえで言っておけば、このアルバムには強烈にライドを思わせる部分もティーンエイジ・ファンクラブを思わせる部分もある。アルバムも終わりに近づいた10曲目の「Bye Bye Blackbird」というタイトルからは、ちょっとストーン・ローゼズを思いだしたものの、アレンジや曲調自体は、むしろいわゆる「渋谷系」に近い? しかし、この直前の2曲...「東京」「ゆうれい」を聴いてぼくは、むしろ「従来の、いわゆる『東京的なもの』に対する強い批評性」を感じた。そのあとに、これ...? だけど曲名でも「バイバイ」と言ってるしな...という...!


 はっきりしないといえば、はっきりしない(笑)。だけど、ぼくは、この「はっきりしなさ加減」から、吉田拓郎の名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」を思いだしてしまった(わざわざリンクした理由? 実は、このアルバム・タイトルおよび藤井のコメントを見た時点で、咄嗟にこれが頭に浮かんでしまっていたので...。すみません:汗)。


 このアルバムにおける彼らの音楽を表現するには、初期スピッツとかをひきあいに出すべきなのかしら? とか思いつつ、まあ、音速ライン、00年代後半には、吉田拓郎トリビュート・アルバムに参加したこともあった。ちなみに、彼らは当時ほかにも、ブルー・ハーツ、ニルヴァーナ、そしてレディオヘッド・トリビュート・アルバムにも参加していたけどね!


 この文章の最初で「出会い」に関してはっきり言えなかったのは、かつて00年代前半、クッキーシーンが編集部の住所を(新宿に移る前、まだ渋谷にあった時期に)公開していたころ、彼らはそこにデモ・テープを送ってくれていたから。そんな縁もあって、ぼくは06年のセカンド・アルバム『100景』のライナーノーツを担当した。今となっては、なにを書いたか忘れてしまったけれど(どんな「思い」をこめたかは、もちろん今もはっきり憶えている)、そのアルバム、とくに愛知の自宅に戻って車に乗っているとき、本当によく聴いた。大好きだった。


 本作のオープニング曲のタイトルは「G.B.V.」。瞬時に、あのバンド(もともとザ・ストロークスも、彼らのフロント・アクトでその名が知れわたったことが最初の一歩だった)の略称? と思ってしまった。それこそ(そのバンドがクッキーシーンに頻出していた)90年代や00年代前半のことを思いだして。


 ガイデッド・バイ・ヴォイシズ(声に導かれて)。いい言葉じゃない? もちろん、彼らがその略称のつもりで、この言葉を使ったのかどうかは、よくわからない。


 そしてラスト曲「彼女といえば」。最初に聴いたときは、普通に「なんか悲しい、でもどこかポジティブなラヴ・ソング」として耳に飛びこんできた。だけど、次に聴いたときは「そういった昔のマニアックな音楽に対して、猛烈に感謝しつつ、次のステップに進むために、とりあえずの別れを告げている歌」にも聞こえた。まあ、どっちでもいい...というか(ぼくにとっては)後者ともとれてしまうだけに、なんとなく胸が痛む。だけど、もしそうだとしたら、それは彼らの「強さ」を意味する...と評することも可能だ。


 『100景』ほど、ぼく自身何度も何度も聴きまくるかどうか、それはまだわからない。だけど、少なくともこう言える。きっとまた、折にふれて聴きなおすだろう。そんな予感に満ちている。


 グレイト!





retweet