【合評】CUT COPY『Free Your Mind』(Modular)

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CUT COPY『Free Your Mind』.jpg
 パソコンを使ってきた人であれば誰でも知っていることだが、テキスト・データ(もしくは音声データもしくは画像データ)のある部分を選択してコマンドXを入力すれば、そこが消え、メモリーに保存される。これが「カット」だ。でもって、次にコマンドVを押せば、先ほど消えた部分が、あら不思議。カーソルを置いた部分に現れる。これを「ペースト」と呼ぶ。選択部分を消さずにそのまま残しておいて「ペースト」用に保存したければ、コマンドCを押せばいい。パソコン用語で「コピー」というのは、これを指す。


 今や日本では「コピペ」という短縮形がひとり歩きしてしまっている感もあるけれど、それがパソコン用語の「コピー・アンド・ペースト」からきていることは言うまでもない。


 彼らカット・コピーは、2001年にオーストラリアのメルボルンで結成されたエレクトロニック・バンドだ。当時は、まだまだパソコンやインターネット文化が新鮮だった(ちなみに、1997年にクッキーシーンを雑誌として創刊したころは、まだすべての原稿をファックスで受けとり、それをタイピングしてMacにつっこんでいた。00年代に入って、ようやく半分以上のライターさんがメールで原稿送ってくれるようになった。ぼくも最初はiTunesじゃなくMDで付録CDの選曲やってたし...)。90年代にハードディスク・レコーダーが廉価一般化し、いわゆるサンプリングが身近になった。それも、つまりはハードディスク上で(パソコンと同じように)データをやりとりするもの。カット・アンド・ペーストもしくはコピー・アンド・ペーストもお手のもの。このバンド名を見て、素晴らしいエレクトロニック・ポップに酔いつつ、当時ふと思ったのは「あれ? カット・ペーストとかコピー・ペーストじゃなくて、カット・コピーなんだ。ふーん...」という...。


 2004年にファースト・アルバム『Bright Like Neon Love』を発表してから約10年、待望のニュー・アルバムがリリースされた。前作『Zonoscope』から2年半ぶり、通算4作目となる。そのすべての発売元となってきたモデュラー・レコーズともども、オーストラリアのオルタナティヴ・エレクトロニック・ポップの屋台骨を支えつづけ完全にその顔役となったカット・コピーだが、その音楽に内在する新鮮さはまったく失われていないどころか、フレッシュそのもの。気持ちいいことこのうえない。


 タイトルとアートワーク(文字の色づかい)が、とてもサイケデリック。ラスト・ナンバーは「Mantra」だし...。音楽的にもそんな要素に充ち満ちているのだが、よりユーフォリック。60年代のサマー・オブ・ラヴというより、80年代後半のセカンド・サマー・オブ・ラヴ~90年代初頭のいわゆるUKインディー・ダンスを思わせる部分を、うまくとりいれている。


 全14曲中10曲目は「Meet Me In A House Of Love」。冒頭の「Intro」につづくタイトル曲「Free Your Mind」が結構『Screamadelica』っぽいこともあって、思わず80年代後半にクリエイション・レコーズからデビューしたハウス・オブ・ラヴというバンド名なんかも頭に浮かんだが、彼らはかなりオールドスクールなギター・バンド。それより、こっちだよ! とばかり思いだしたのが、80年代なかばにウォズ(ノット・ウォズ)が出したシングルの曲名「Spy In The House Of Love」。ぼくが「ハウス・ミュージック」という用語を最初に知ったのは、今野雄二さんによるこれの解説をとおしてだった。実は、もともと50年代に出版された小説に『A Spy In The House Of Love』というものがあり、60年代のザ・ドアーズの曲「The Spy」でも《I'm a spy in the house of love》などと歌われているのだが...。


 カット・コピーの、どこかムーディーかつポップな音楽を聴きながら、こんな妄想がどこまでも広がっていく。引用の引用、そのまた引用...。しかし、それらは無限のイマジネーションとクリエイティヴィティに裏打ちされている。


 それで、最初の話に戻る。ぼくが90年代前半にMacを使いはじめたのは、あくまでDTPのため。でもって、それで原稿を書く際に「コピー・アンド・ペースト」はほとんど使わなかった。文章の順序を変えたり推敲する際「カット・アンド・ペースト」はがんがんに使うけれど...。いや、こんな原稿書きが「クリエイティヴな作業」かどうかはよくわからない(笑)。例を変えよう。


 たとえば小説を書くときや、音楽なら生演奏の編集をするときのことを想像してみてほしい。まさか小説で既存の文章をまるごと引用することは(本人作の未発表原稿などをひっぱってくる場合を除いて)ないだろうし、ノリを重視する生演奏の編集にもそれは使わないだろう。ドラム・ループを作ったり、打ち込みのパートをコピーしたり、既成の曲をサンプリングする場合以外は。


 こんなふうに、つらつら考えていると、00年代前半に初めて見たときはスルーしてしまったカット・コピーというバンド名にも、なんかすごく深いものを感じてしまう...というのも、もちろんぼくの妄想(笑)。


 まあ、それもいいでしょ? 彼らも『Free Your Mind』と言ってるわけだし。そして、このアルバム、最高!





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 ここ最近、古い新しい関係なく、面白いと思える音楽を素直に鳴らしたような作品に出逢うことが多くありませんか?


 例えばダフト・パンク。彼らは今年、70年代のソウルやディスコに向けた愛情が迸るアルバム『Random Access Memories』をリリースし、20ヶ国以上のアルバム・チャートで1位を獲得している。とはいえ、このアルバムで彼らは、今までになかった新しいサウンドを示したわけではない。それでも多くの人に受け入れられたのは、曲のクオリティーが高いのはもちろんのこと、古いか新しいかというのにとらわれず、自分たちが面白いと思える音を素直に鳴らしたからだろう。いわば、新しさにこだわらないことが自由な音作りを可能にし、それが結果として新鮮な響きを携えたサウンドに至るという一種の逆説。


 そう考えると、カット・コピーの4作目となるアルバム『Free You Mind』は、まさしく"今"を象徴する作品だ。デイヴ・フリッドマンにミックス(プロデュースにも少し関わっている)を任せた本作は、サマー・オブ・ラヴやセカンド・サマー・オブ・ラヴに影響を受けて制作されたそうだが、いやいや、影響どころかまんまである。90年代初頭のハウス・ミュージックを基調としたサウンドは、セカンド・サマー・オブ・ラヴ期の音楽が持つ多幸感を2013年に蘇らせる。それに「Footsteps」で聞こえる鳥の鳴き声は、同様に鳥の鳴き声をサンプリングし、セカンド・サマー・オブ・ラヴを彩ったテクノ・クラシック、808ステイト「Pacific」に捧げられたオマージュのようではないか! まあ、それを言ってしまえば、本作自体がプライマル・スクリームの『Screamadelica』に捧げられたオマージュみたいなものだが。


 もう過去の焼き直しにはうんざり? それはそれで別に間違っているとは言わないが、盲目的に新しさを追求すると閉鎖的かつ不寛容なエリート主義に行き着いてしまうことは、ポスト・パンクがすでに証明している。もちろん筆者も、過去に縛られ現在を否定しつづける懐古主義者を見ると顔面に一発入れたくもなるが、過去の音楽を聴いて感動し、それを何かしらの手段で伝えることが悪いなんてこれっぽっちも思わない。極論を言うと、2013年にもなっていきなり誰かが「ジャック・アルカデルトの曲が素晴らしい!」と叫んでも筆者はまったく驚かないし、むしろ大歓迎だ。


 もはや古いというだけで無視される時代ではない。新しいものではなく、面白いものが"今"なのだ。



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