平賀さち枝「ギフト / いつもふたりで」(kiti)

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 やめておけばいいのに、平賀さち枝をフォークの文脈で聴くことなんて。ジャンルに意味がないとまでは言わないが、もはや続々と登場してくる新世代のアーティストの音楽を聴く際に、既存の文脈で聴くことはほとんど効力がなくなった。音楽が持つ自由度を狭めてしまうからだ。


 思えばいつからか、「これはロックだ、ジャズだ、フォークだ」といった議論が生まれなくなった。15年ほど前は音楽を特定のジャンルで囲い、ジャンルの文脈で聴く(というか聴きたがる)聴取スタンスは確かにあった。しかしそれは、「自分の価値観にねじ込んで楽しむ」というリスナーの欲求からなる定義付けであったし、ジャンルや歴史の文脈に沿って楽しめない音楽を"ポストロック"という言葉で回避する向きすらあった。だがいまは、多くのリスナーが「定義せずとも楽しめる感覚」を当然のように持っている。音楽を楽しむための定義付けはほとんど機能しないと誰もが気付いているのだろう。


 それらはアーティスト・サイドにも言える。昆虫キッズソニックアタックブラスターはロック・バンドを自称しているものの、既存のロックの文脈で聴こうとしてもその文脈からするすると抜け出し、未知の音世界を見せてくれる。平賀さち枝も同様だ。ファースト・フル・アルバム『さっちゃん』は繊細でフォーキーかつシンプルなスタイルだったが、瞬間的に昂ぶる歌声と朴訥としたギターの鳴りが共立し、アンビバレンスな側面があった。続いて発表されたミニ・アルバム「23歳」は、即興演奏と絡み合いながらもごく自然に、素直に歌をリスナーに届けることができるアーティストだと証明した作品だった。心理描写的な音と素直な歌詞が鮮やかに平賀さち枝の等身大の姿を映し出す。それは聴き手の前にリアリティーとして現れた。


 これはダブルA面ニュー・シングルである本作「ギフト/いつもふたりで」にも言える。ゲストに気心の知れたoono yuuki、シャンソンシゲル、池上加奈恵、中川理沙、林宏敏らを招き、前作、前々作同様に等身大、それでいて音響に工夫を凝らしたサウンドの数々はスマートであると同時に、良い意味でミーハーになった。ジャケットに映る彼女の姿がそれを端的に表している。例えるならば、それまで古着で高円寺を散歩していた女の子が、本作ではオシャレをして原宿の街を歩いているイメージ、とでも言うか。


 ほんのりエコーを効かせた歌声にギター、キーボード、コーラスが触れる程度に沿い合う様はなんとも甘美。ハーモニーとともに小気味よくステップを踏んでいるようなリズムの鮮やかさに喜びの心地が宿っている。しかも日本人である僕らでもエキゾチシズムを感じる"和"のような歌声は、過去の作品同様に本作でも変わらない。EGO-WRAPPIN'の癖の強いそれとは違い、縁のある地域の方言を聞いている感覚に近いのだ。その親しみやすさは他の女性ヴォーカリストとは異なる点であり彼女の魅力だ。冒頭曲「ギフト」が、千葉テレビ『ハピはぴモーニング~ハピモ~』やFMぐんま『KAMINARI RECORDS』の11月度エンディング・テーマ曲になったのも、彼女の音楽に多面性と親近感があってこそ。


 過去の作品との最も大きな違いは、滑らかに洗練された音の鳴りが全曲貫かれているところだが、サウンド全体を見渡すと"洗練の美"というよりは、平賀さち枝の幼げな歌声と楽器の音色との対比がより浮かび上がっている。良い意味でオトナの音ではなく、とても無邪気。煌めいていて力強くもある音の数々はもともとバンド志向だった彼女が理想のバンド・スタイルを手に入れた結果だろう。


 思えば平賀さち枝は、等身大であることを大切にしながら、作品を発表するたびに新機軸を打ち出してきた。しかしそれは、彼女が歩んでいる道とはあらかじめ用意されていたわけではなく、苦難によって見つけた道を歩いているわけでもなく、平賀さち枝が歩いた場所に道が生まれるという、とても自然なものだった。本作でもそれは変わらず、カラフルで自然に流れるサウンドは、知らない道が生まれる瞬間とは彼女自身が音を鳴らした時なのだという、平賀さち枝自身が素直に音を信じているがゆえの可能性である。「楽しい音楽にしたかった」と本人が言うように、笑顔で歌っている姿が目に浮かぶ本作を聴くと、何らかの枠で音楽を束縛することなく、聴き手もアーティストも一緒になって、自由にめいっぱい音楽を楽しむことが何よりも音楽の可能性を広げているのだと実感できる。「単純に、音楽を楽しめる」と書けば、ややもすれば陳腐な言いだと思われるのだろう。だが僕はそれが音楽において、いま最も求められていることだと思う。


 そう、この音楽は過去の作品以上に軽やかなスウィングで聴き手の気持ちを弾ませる。シンプルに言って、楽しいし面白い。そういった音とともに平賀さち枝はこう歌う。


 《はじまって溶けてゆく恋も 強がって崩れてく嘘も 光に投げた時 唄えば風の中》

 (ギフト)


 彼女はいつだって音楽を偽らない。本作で鳴っているのは楽しさと喜びの心地そのものである。



(田中喬史)

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