ロック・スターは誰がためにあらん? 〜アークティック・モンキーズ『AM』によせて〜

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今回は草野虹さんから投稿をいただきました。

アークティック・モンキーズの最新作である『AM』、それから"ロック・スター"という存在についても熱く語っております。

アベノミクスの話が出てくる点も含め、興味深い内容です。




なお、このコーナーでは、常時みなさまからの投稿を受けつけています。ただし、投稿に関するルールがいくつかあるので、それをふまえたうえで投稿していただけたらと思います。以下がそのルールになります。


・文字数は最低でも1000字以上。


・原稿の内容は、音楽に関することを主題にお願いします。ただ、主題と文脈的に繋げられるなら、アニメ、映画、小説、哲学など、他要素を混ぜても問題ありません。


・掲載する際には、投稿されてから10日以内に編集部のほうから連絡させていただきます。連絡がない場合は、申し訳ないのですがボツということになります。


・送っていただいた原稿の表記については、クッキーシーンにおける表記統一の決まりに合わせるため、編集部側で変える こともあります。それらがあまりに大量になったり、それによって文章のトーンが変わってしまう場合など問題があると判断した場合も、編集部のほうから連絡 させていただきます。


音楽について語りたい欲求がある若者から、いまだ中二病が心に残っているせいで音楽にロマンを求めてしまう大人になりきれない大人まで、どんな方でも大歓迎です。FEEDBACKのところから投稿できます。よろしくお願いします!


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 前作から2年が経過した2013年9月9日に、アークティック・モンキーズは2010年代における2枚目のアルバムを発売した。


 2006年にデビューしてから立て続けに2枚のアルバムを送り出して以降、今作まで2年おきにアルバムを生み出していることは、盛衰の流れが激しいロック・シーンのなかでも一際目立つ。


 ロマンティックに、なめらかにメロディに寄り添うようなバンドサウンドを志向した『Suck It And See』が、それまでの彼らとは違うアルバムだということは、多くの海外ロックファンに伝聞されているであろう。僕も過去、この場を借りてそういった話をし、《『変化を恐れぬ、信念を曲げない・曲げさせない彼らの姿勢』、それが現代最高のロック・バンドという評価たらしめている。》とまで言い切っている(言い切ってしまっている・・・かな・・・笑)


 その後の彼らが現在どうなったのかは、アルバム発売直前に発表された公式アーティスト写真や、今年彼らが行ったライブをyoutubeなどで見れば一目瞭然だ。とりあえず言ってしまおう、アレックス・ターナーを見て欲しい。なんだあのクールにキマったリーゼント・ヘアーは!!ズルいじゃないか!!


 3rdアルバム『Humbug』のような、一つ一つの音に重みや厚みがあるギター・サウンドと、初期ブラック・サバスやレッド・ツェッペリンなどの70年代ハード・ロック界隈が持ちえていた太いグルーヴ感。4thアルバム『Suck It And See』に込められていたメロディアスなパートやエコー・サウンドの揺らめく陶酔感。それらが織り重なった、彼らのここ5年に渡る音探検の集大成が今作『AM』だといえよう。ヒップホップのベーシック・トラックにも似たリズムが組み込まれた楽曲もあり、前作発売から早々に今作収録の「R U Mine?」を生み出した彼ららしい「先の先を見た」フラグなのか、はたまた迸るクリエイティビティが為せる業なのか、非常に聴き応えのある作品だと僕は思う。


 そしてよく耳を澄ませば、今年デビューの超新星ザ・ストライプスに対して送られるこんな声も聞こえてくる。


 「結局、アークティック・モンキーズも過去のロックの焼き直しではないか?」


 そんな論者の声だ。


 「Youtube世代」という言葉がまことしやかに広まっているのは、それまでの世代では考えもつかないようなサウンドの想像性を期待してのことだと僕は思っている。しかしって変わって、その逆の姿勢が肯定されることも是なのだと、これからは読み込まなくてはいけないはずだ。つまり、「過去にあった音楽の衝撃と歴史を受け継ぎ、そして更新する人間たちが必ず現れるということ」だ。


 日本銀行と安倍首相がデフレ脱却のため、一昔から経済学者が考えていた「理論的に可能である」インフレ政策に現代的な手直しを幾つか施した3つの経済策が、今この国に大きな期待感をもたらしたのはなぜか。誰もが予想し得なかった画期的な一策という大博打よりも、玉虫色な法策に手直しを加えて解決策が、わかりやすくも響いたからだ。


 ではアークティック・モンキーズ、彼等の最新作はどうであろうか。反抗と反逆を標榜するロック・ミュージック界のなかでは、「誰もが予想し得なかった画期的な一策」が好まれるのは確かだが、少なくとも、アベノミクスよりも先に始まっていた彼らの中長期的変遷は、徐々に受け入れられているように見える。


 「最近はロック・バンドらしいロック・バンドがいない」なんてことをボヤいていたリアム・ギャラガーやボビー・ギレスピーが、リーゼントヘアをキメて革ジャンと黒ブーツで着飾ってギターを掻き鳴らしながら、《Why'd You Only Call Me When You're High?(キミがブッとんでる時にしか電話してこないのはなんで?)》などとだらしない酔いどれ男というクズを演じ歌うアレックス・ターナーを見たら、なんて言うのだろう? これまでの「反抗・反逆」のロックの歴史をもじり、ロック・スターは着飾り粋のあるカッコイイ存在、さりとて女々しくも弱々しいブルースを口ずさむこともある。ロックがその歴史のなかで断裂してしまっていたこの2つの偶像性を、彼等は今作において再び接続し、更新しようとしているのだ。



(草野虹)

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