入江陽『水』(VACATION)

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 ディアハンターのブラッドフォード・コックスは、最近のインタヴューでこう語っている。「『Metal Machine Music』 は精神を病む子ども達に好かれるというが、僕もそんな音楽を作りたい」。音楽性は違うが、私は入江陽の音楽を思い出した。彼は現代のルー・リードかもしれない。都会の隅で生きる私たちの生活に寄り添い、砂のように儚い日常をこまやかに歌い上げる。


 アルバム本編は6曲。後期スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンを連想させるタイトなドラムから、ディアンジェロに通じる濃厚なゴスペル・コーラスへつながる1曲目「めきしこ」は不倫の歌のようだ。甘いメロディーに不穏な火花がくすぶる。続く卒業は恋人との別離を歌う、軽快なファンク・チューンのようで隠し切れない悲しみが滲み出す。ダブの音響処理で日常から突然首をもたげる断絶を鳴らす「砂遊び」。ノスタルジックなローズ・ピアノに乗って、最高にロマンチックでこれが本来の彼の声だろうイタリア。続く「地震」は陽気なカントリー調で、ダークな歌詞をシニカルに歌う。ピアノ弾き語りかと思いきや、空間を切り刻むギターと縦横無尽なコーラスが重なり合う。砂漠と水、嘘と真実、突然の暗転。全体を通して乾いたサウンド・プロダクションに感情を増幅するコーラス、黒人音楽の伝統に根ざす、しゃがれた、しかし温もりのある歌声が響く。怒りや焦燥感、飢えを、客観的なユーモアに滑り込ませる。楽曲の音数は最小限だが様々なイメージを喚起する。彼の音楽は過去に置き忘れたヒリヒリする感傷を思い起こさせる。その痛みは大切なうずきに変わり、血の色を戻してやがて治癒するだろう。


 ところで、アルバム・ジャケットはグラスに満たされた水だ。真っ白な背景に透き通る水。しかし録音されているのは、生活の様々な混濁を残した音楽。このデザインの意図はなんだろうか。私はこう考える。最初から美しく洗練されたアートは本来ではない。混みいったものを通り越さないと水になれない。水分が蒸発してかつての肥沃な土地は砂漠になる。水分は雨となって別の土地に降りそそぐ。山の頂から流れ、ろ過され滝になる。そうして、この奔流のような音楽が生まれた。


 様々なバンド形態で演奏するようになったのは2012年の春からだという。「中高生の頃はパンクやフリー・ジャズに傾倒していて機材の使い方も分からず爆音を出していた」と、彼は笑いながら私に語った。大学ではオーケストラでオーボエを吹いていたという入江は、自身の音楽の影響元として、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、デューク・ エリントンにジョニー・ホッジス、チャールズ・ミンガス、セロニアス・モンク、セルジュ・ゲンスブールに井上陽水、大瀧詠一、さらには急逝した吉村秀樹への憧憬を切々と語る。聞けば聞くほど出てきそうで際限がない。黒いポスト・シティー・ポップとでも呼びたい彼にふさわしいルーツ。だからか、ソウルDJ出身であるEP-4佐藤薫の目に留まり、彼の手によるリミックスも収録されている。他にカメラ=万年筆、DJぷりぷり、大島輝之+大谷能生といった面々もリミックス陣に名を連ねる。また、冒頭で精神疾患についてふれたが、入江はピアニストとして精神疾患の音楽療法も志している。自閉症児がしばしば誰に教えられたわけでもないのにラジカセのボタンを駆使してDJプレイをしたり、特殊な楽器をやすやす弾きこなすケースがあるが、入江の音楽の実験、独自のリズム感に通じるかもしれない。自閉症に限らず様々な精神疾患において、音楽は治療のためのコミュニケーション手段として有用である。特になんらかの理由で発達を阻害された子どもたちの心を開くためには、既成の音楽ではない、彼や彼女ひとりひとりのための表現が必要だ。心臓のリズム一つとってもみんなそれぞれ違う。入江陽は既成の音楽をこわす。


「何でも聴くし何でもやってみたい。無意識に出てくるものを大切にしたい。自然に出てくるもの。それらをできるだけ共通の言葉で表したい。夢の中みたいな、でも普遍的な表現に」。入江陽は語る。聴く側の想像力を呼び起こすような音楽なのか、と問うと彼は力強く肯いた。「枠にとらわれず、とにかくいい音楽をつくりたい。それが素晴らしければ別に演歌であったっていい」と熱く一気に語りだす。では、もしかしたら明日からヒップホップをやってるかもしれないよね? と意地悪に問いかけると、彼は破顔して、「そうですね!やりたくなったら(笑)」と答えた。



(森豊和)


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