重要文化財「六華苑」における七尾旅人

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今回は、コントリビューターの森豊和さんによる原稿です。

10月6日に開催された音楽イベント「ソラオト」に出演した際の七尾旅人について書いてくれました。

すごく熱い文章です。七尾旅人について書こうとすると、冷静ではいられないのかもしれません。


(近藤真弥)


なお、このコーナーでは、常時みなさまからの投稿を受けつけています。ただし、投稿に関するルールがいくつかあるので、それをふまえたうえで投稿していただけたらと思います。以下がそのルールになります。


・文字数は最低でも1000字以上。


・原稿の内容は、音楽に関することを主題にお願いします。ただ、主題と文脈的に繋げられるなら、アニメ、映画、小説、哲学など、他要素を混ぜても問題ありません。


・掲載する際には、投稿されてから10日以内に編集部のほうから連絡させていただきます。連絡がない場合は、申し訳ないのですがボツということになります。


・送っていただいた原稿の表記については、クッキーシーンにおける表記統一の決まりに合わせるため、編集部側で変える こともあります。それらがあまりに大量になったり、それによって文章のトーンが変わってしまう場合など問題があると判断した場合も、編集部のほうから連絡 させていただきます。


音楽について語りたい欲求がある若者から、いまだ中二病が心に残っているせいで音楽にロマンを求めてしまう大人になりきれない大人まで、どんな方でも大歓迎です。FEEDBACKのところから投稿できます。よろしくお願いします!



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 エフェクターとサンプラーで初期衝動の叫びを増幅する、七尾旅人と名乗るひとりのミュージシャンがいる。サーカスナイトという曲を歌い踊れば、わずかな仕草で今はいない恋人の幻を見せる。「星に願いを」を演奏すれば、惑星の軌道やブラック・ホールの引力をギター・ノイズで再現してしまう。ガンズ・アンド・ローゼズのカヴァーで親しんでいたというボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's Door」を当日の思いつきで演奏して、天国への扉をこじ開ける波動を作り出す。これら全てたった一人の所業、彼は言葉本来の意味でのパフォーマーである。


 彼のギターと歌は、まるで子どもの泣き声のよう。原初の叫び。実際に彼は言う。「子どもの声があればサンプラーは要らない。ちびっこは腹から声出すから誰もがソウルフル。全員、和田アキ子かアレサ・フランクリンかって。言いたいことしか言わないから最強。ジェイムス・ブラウンみたいなもの」。まず何より彼は生粋のソウル・シンガーであり、クラブ仕様のハード・ロッカーであり、フォーク・シンガーでもあり、同時にあらゆる枠に収まらない。ミュージシャン以外とも、写真家、漫画家、様々なアーティストとのコラボレーションを積極的に行う。最新の機材を使いこなし、おまけにインターネット・メディアを駆使して活動しながらも、その感性は現代人のそれではない。中世の吟遊詩人、もっといえば托鉢する修行僧に近いかもしれない。音楽のあり方、ライヴのあり方、文化の継承、伝播についてまで考えさせられる。


 だからか、2013年10月6日、国の重要文化財である、三重県桑名市の「六華苑」で初めて開催された音楽イベント「ソラオト」の締め括りとしてのアコースティック・ライヴ、そんなシチュエーションが彼にとても似合っていた。素敵な空間と音の融合をコンセプトにしたというイベント「ソラオト」、その舞台となった桑名市「六華苑」は鹿鳴館と同じ設計者、近代建築の父といわれるジョサイア・コンドルによるもの。お城のようなヴィクトリア朝様式の洋館と日本古来の畳間の和館が自然に融合している。実際にライヴが行われたのは 障子の向こうに庭園の広がる和館の大広間で、「踊りすぎたら壊れるかも」と居合わせた桑名市長は冗談交じりに話した。市長は2005年のROVO主催の日比谷野外音楽堂におけるイベントで七尾旅人を観ていたという。「桑名をまちごとブランドに」という信念を掲げる市長は、今回の重要文化財でのライヴのような大胆な試みも応援したいと語っていた。


「CDが売れないというけれど、CD販売なんてたかだかこの数十年のことでしょう。俺たちミュージシャンは、町から町を回って知らない土地で団子でもふるまわれるかが一番大事なんだ。知らない家の前で歌って、水ぶっかけられるか、それとも何かもらえるか、それがそのミュージシャンの運命の分かれ目ですよ」。こう語るのと平行して七尾旅人は、自分は無愛想だと繰り返し強調する、にこやかなのはステージの上だけだ、と。「最近のミュージシャンはリーマン化している。演奏前でも握手とか撮影とか笑顔で答えて、音楽に集中しろよ」と吐き捨てる。「みんな安心してください。僕は昔かたぎの無愛想なミュージシャンです」と真顔で訴える反面、「波長が合う兄ちゃんが居たら握手して抱き合ってほっぺにチューまでしちゃうかも」とおどける。そして「ステージ降りたら俺はクソ野郎ですよ。でもツイッターで綺麗事並べる奴らよりまし」とうつむく。「みんな会社なんかやめてお伊勢さんでも行けばいい」と付け加える。


 そう語ったのは未発表曲「スモールタウンラプソディーズ」の演奏に絡めてだった。この曲は、日本全国を弾き語って回るうちに増えていった友人や、高知に住む兄弟へ宛てた曲。そう七尾が説明すると前列の子どもが「それだけ? 」と呟き会場が笑いに包まれた。七尾は「うん、それだけ。でも他意はないよ、きみも友達だよ」と大真面目に目を見て話す。この曲は町から町へ飛び回る激しい曲。 猛進する汽車のような、新幹線ではなく汽車だ、旅の移り変わる景色を映し出す、遠くの君に笑顔を届けたいんだ。テクニックとか早弾きとかではなく、とにかく無茶苦茶にがむしゃら。音で澄み切った青空を眼前に開かせる。


「人間の使う言語は、同じ国のなかでも異なる、同じ家のなかでさえ違うかもしれない。それでも歌で分かり合える、響き合えることはあるんじゃないか」。そう語って弾きはじめた未発表曲「ハッピートーク」は観客にサビのメロディーを歌わせてループさせる。真ん中の客、左右の客と違うパートを割り振って、なんてことはない、合唱だ、そしてそんな原始的で単純なことが人の心を一番動かす。終始、親子連れの子どもに話しかけ続ける七尾旅人。口笛でアンパンマンのテーマを吹き子どもをあやそうとする。怖くないよ、といいながらライオンの吠え声のノイズを出す。怖いか(笑)! 子どもに菓子をもらって喜ぶ一方で、子どもがへそを曲げるとそれ以上にへそを曲げる七尾旅人。そんな彼が歌う内容は「君を笑わせたい」。結局はそれだけな気がする。美しいメロディーをなぜノイズでかき消すのか。ロマンチックなメロディーが気恥ずかしくなるのだとしたら、その行為のほうがよほどロマンチックだ。


「六華苑」でのライヴ終盤、七尾旅人×やけのはら名義のパーティー・ファンクRollin' Rollin'で踊りだし、低音が地響きを立てるなか、「もっとでかくしようぜ」と叫んで星のかがやく庭園に飛び出し観客にマイクを向ける。そのさまはイベント・コンセプトと彼の音楽性の相性を誰の目にも納得させた。いや、そんなことはどうでもいい、その場に居た全ての人が、言葉を介さずにハッピー・トークしていた。



(森豊和)

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