LAUREL HALO『Chance Of Rain』(Hyperdub / Beat)

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Laurel Halo(ローレル・ヘイロー)『Chance Of Rain』.jpg

 ベッドルーム・ポップと呼ばれているドリーミーな音楽のブームは、グライムスなど良質なアーティストを数多く輩出したが、1週間も経てば忘れ去られる粗悪な音楽も生み出してしまった。バンドキャンプで"dream pop"と検索をかけてみよう。すると、今でもインスタントなベッドルーム・ポップが量産され、そのほとんどが甘い白昼夢に溺れただけの面白みゼロな音楽であることがわかるだろう。とはいえ、こうした粗製濫造な状況は、新たなポップ・ミュージックが浸透していくうえでは避けられないことでもある。それに、才能あふれるアーティストは粗製濫造な状況から抜け出し光り輝くものだ。それこそ、本作『Chance Of Rain』を上梓したローレル・ヘイローのように。


 前作『Quarantine』は、ドローン/アンビエントの要素が滲む音像を特徴とし、先に書いたドリーミーなベッドルーム・ポップ的サウンドでありながらも、彼女なりの実験精神が窺える内容となっていた。正直、頭ひとつ飛び抜けているアルバムとは思えなかったが、会田誠の『切腹女子高生』をアートワークに使用するセンスも含めた将来性は、非常に興味深いものだった。


 そして本作では、その将来性が見事に花開き、彼女は独自の世界観を力強く提示している。ギリシャ神話に登場する夢の神から引用した「Oneiroi」では、ブラワンを想起させるドライなベース・ミュージックに接近し、「Chance Of Rain」はサージョンやレジスといったインダストリアル・テクノに通じるなど、ポスト・インターネット世代の彼女らしい過剰なまでに記号を詰め込んだ作風となっており、高い音楽的彩度を誇っている。前作譲りの端整なサウンドスケープは本作でも味わえるが、荒々しいグルーヴとラフなビートを強調したプロダクションは、これまでの彼女にはなかった獰猛さとなって、聴き手に驚きを与えるだろう。


 そんな本作は、これまでのセオリーから解き放たれ、あらゆる文脈を細切れにして撹拌したダンス・ミュージックであり、リズム、音色、曲の展開、そのすべてが新たな想像力で満ちあふれている。本作は間違いなく、「頭ひとつ飛び抜けているアルバム」だ。



(近藤真弥)

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