ミラーマン「ニューシネマ」(Jasmine)

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 ツイッターでクッキーシーンの近藤さんが呟いているのを目にして、サウンドクラウドで何となく聴いてみたのが彼らの「ばんねん」という曲だった。録音もアレンジも洗練こそされていなかったものの、この曲の衝撃の大きさは1年に1回あるかないかのものだった。サビまでAメロを2回繰り返し、タメを作ってから、一気に雪崩れ込むキャッチーなコーラス。"ファッショナブル"が目的化したサウンドやコンセプチュアルに"逃げた"歌詞には手を出さず、すこしだけノスタルジックな香りを残したポップ・ナンバーを全力で演奏している爽快感が、一番印象に残った。この時点ではライヴを観たことはなかったが、ヴォーカルの山本剛義が顔を歪ませながら大声で歌う姿がはっきりと頭に浮かんだ。イアン・ブラウンやリアム・ギャラガーを彷彿させる舌っ足らずな彼の歌い方も、カフェのBGM以上でも以下でもないシティー・ポップとは一線を画す要因になっている。


 ひとつひとつの選択に対して、自分の意思を決して曲げず、時代に迎合せず、次の時代を作るのがオルタナティヴの概念だと勝手に思ってきたけれど、ミラーマンはそういう意味でとてもオルタナティヴな存在だ。ただ、そこには必ず迷いや葛藤も生じるから、それはリリックで吐き出す。サウンドはとことん確信に満ち溢れている。前からずっとそこにあったように、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルが一体となって心が晴れ渡るようなサウンドスケープを作り上げる。それは、自信たっぷりに突き進む人間の内側では、誰かに依存せずにはいられない弱い感情が渦巻く、そんなコントラストと似ている。


 彼らはリアルをそのまま伝えている。週末の下北沢でしかありえない光景を歌っているわけでもなければ、クリエイティブなシーンに属する人間だけが体感できるような出来事を歌っているわけでもない。SNSを通した感情の発露ではなく(それはときに過剰で、本意とは違うポーズにすぎないから)、実際の生活の場で起こりうるシーンを切り取って、それをきれいな日本語に変換してサウンドとマッチさせている。だから、辛気臭くならない。これが辛気臭かったらぜんぜん良くないはず。歌っていることはけっこう情けないからね。《ここにはないものが そこにはあるのにね でもここにいたいのさ 君といたいのさ》なんてさ、共感を超えて恥ずかしくなるよ。普通は思っても言わないし。おい、これはなかなかの赤面ミニ・アルバムだぞ。


 今回のミニ・アルバムに収められたのは7曲。先行シングルの「Youth」が一番爽やかで、挨拶代わりの1曲にはぴったりなんだけど、ちょっとよそ行きの雰囲気が漂う。そこで、「ばんねん」はもちろんだが、特に注目すべきは最後に収録されている「unicorn in the groove」だ。1回しか登場しないコーラスでは《巨大な給水塔はいまはもうない いつかの誰かは二度と会えないのさ もう一回 もう逃げたい》という弱音が正直に吐露されている。多少シニカルで詩的なミラーマンというバンドが、最後の最後に悲観的なノスタルジーに陥るのだ。「もう一回」と「もう逃げたい」は相反する感情だが、「もう逃げたい」のほうが後ろにきているところが良いじゃない。


 「ニューシネマ」は、必ず日本のポップ・シーンを変えるきっかけになるし、ミラーマンの魅力を余すところなく伝えている。思わず快哉を叫びたくなるね。



(長畑宏明)

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