CZECHO NO REPUBLIC『NEVERLAND』(日本コロンビア)

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 《でっちあげた物語 意気揚々と語る お話をしましょう でっちあげた物語 時に本当になる お話をしましょう》

(「トリッパー」)


 でっちあげた物語=寓話から本当へ、その本当がまたも、寓話的な未来としての「ショートバケーション」に回収される。それがこの作品のひとつの魅力にもなっている。


 彼らは5人体制になり、ヴィジュアル面での鮮やかさや雰囲気のユーフォリアをして、スタイリッシュなイメージがついているが、チェコ・ノー・リパブリックというバンド名を掲げ、こうしてメジャー・デビュー・アルバムに『NEVERLAND』と名づけるあたり、ノマド的にいま持ち得る限りの音楽的語彙の多岐性に投企する、そんなところを筆者は感じる。


 当初からよくリファレンスされていたヴァンパイア・ウィークエンドは、軽やかで多国籍なところから純然たるアメリカーナの根底に向かい、MGMTはヴァーチャルに捻じれていき、日本では匿名的なボカロやポスト・チルウェイヴ、つまりヒプナゴジックなポップスがじわじわと台頭してきている瀬もあるなか、彼らは過去曲のアップデイトと新曲を合わせた、カラフルでいてサイケな色合いも強い今作を上梓した。


 冒頭は、「ネバーランド」という有り得ない概念を呈示するドリーミー・ポップ。軽快な掛け声とともに創成しようとするさまは無防備なようで、知的な閃きも随所に感じられる。ネバーランドの不在、不在たるネバーランドへの希求という矛盾に引き裂かれながら、想像力の枠内でこのアルバムは躍る。


 そして、いしわたり淳治が参加した2曲目の「MUSIC」になだれ込む。ニューウェイヴ調のミニマルなリズムの反復とタカハシマイのコーラスが心地良い、彼らにとっては新しい気配を感じさせる曲になっている。《ダッダドゥダ》というハミングと魔法みたいな"music"について歌われながら、しかし《天国が あるかないかなんて 考えたことはないけど》、《三途の河で足湯し 菩提樹の下で一眠り》なんてフレーズは武井の感性に沿い、よぎる。死や虚無を後景に、それでもイヤフォンのヴォリュームを上げることで救われるときもある。基本的に今作は、そんなヴォリュームのチューニングに賭けているようなところが窺える。


 ライヴでも定番の過去曲「Call Her」「レインボー」は、新しいリスナーに届けるため端整に再構築されている。アルバムの中心部には人気曲のひとつ「Don't Cry Forest Boy」が片寄明人のプロデュースのもと、少しリズムが落とされ、武井とタカハシマイの声が雑ざり合い、幻惑的な雰囲気を倍化させ、何かしらのフォークロアに準拠するさまも感じられる。メンバー全員でチーム・ミーやムームをよく聴いていたという影響通り、じわじわとサイケデリックになってゆく後半パートは新曲も含め、興味深い。放浪性を表象した「トリッパー」はシンセの美しさ、転調の面白さ含めていいアクセントになっており、今後のライヴでも要所を占めてきそうだ。リ・アレンジメントされた9曲目の「幽霊船」も素晴らしい。震えるリズムとシンセの響き、そして少し腰を落ち着けた空気感は、これからの彼らのポテンシャルを感じさせる。


 《霧がかかった 海は荒れるが もう気にならない 揺れる幽霊船 さらに闇の方へ 帰り道のない HERE WE GO もう今しかない》

(「幽霊船」)


 その幽霊船が越えるべき境目を描く11曲目の「国境」は、ユース・ラグーンの最新作を想わせる浮遊感と白昼夢のような歌詞が残り、その風景を引き継ぐような最終曲「エターナル」は慕情溢れる、ビートルズ「Tomorrow Never Knows」のような小品。


 《今日 明日 二年後 五年後 分からないんだ 未来は 未来は じゃあ楽しむんだ 今を》

(「エターナル」)


 はじまりとしての今作は、端的に言えば漂流についての作品である。漂流し、"今"を楽しむことで浮かぶ行間に於いて、音楽があればどうにかなるのではないか、という向こう見ずな意思が行き来する。その揺れながらも、進もうとする彼らのステップが、不安定な現在を生きる同時代のユースの集合的無意識によって下支えされることを願ってやまない。


 《ネバーランド 今 何が君の目の前に広がる?》

(「ネバーランド」)



(松浦達)


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