アトモスフェリックなブルー・アイド・ソウルが面白い今を象徴する 〜ライ『Woman』によせて〜

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今回は外山悟さんから投稿をいただきました。

ロビン・ハンニバルとマイク・ミロシュによる2人組、ライが今年リリースしたアルバム『Woman』について書いてくれました。

ライといえば、シャーデーと比較されることも多いですが、外山さんもライとシャーデーを対比させながら筆を進めております。

この対比自体は珍しいものではありませんが、ライとシャーデーの違いを浮き彫りにしているあたりは、とても興味深く読めるのではないかと。ぜひご一読を!



(近藤真弥)



なお、このコーナーでは、常時みなさまからの投稿を受けつけています。ただし、投稿に関するルールがいくつかあるので、それをふまえたうえで投稿していただけたらと思います。以下がそのルールになります。


・文字数は最低でも1000字以上。


・原稿の内容は、音楽に関することを主題にお願いします。ただ、主題と文脈的に繋げられるなら、アニメ、映画、小説、哲学など、他要素を混ぜても問題ありません。


・掲載する際には、投稿されてから10日以内に編集部のほうから連絡させていただきます。連絡がない場合は、申し訳ないのですがボツということになります。


・送っていただいた原稿の表記については、クッキーシーンにおける表記統一の決まりに合わせるため、編集部側で変える こともあります。それらがあまりに大量になったり、それによって文章のトーンが変わってしまう場合など問題があると判断した場合も、編集部のほうから連絡 させていただきます。


音楽について語りたい欲求がある若者から、いまだ中二病が心に残っているせいで音楽にロマンを求めてしまう大人になりきれない大人まで、どんな方でも大歓迎です。FEEDBACKのところから投稿できます。よろしくお願いします!



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 ロビン・ハンニバルとマイク・ミロシュの二人組、ライ。彼らの『Woman』にはけっこうビックリさせられた。それも「こいつはすげえ!」じゃなくて、「はあ、こういうのもありなんか・・・」という驚き。


 トラックはストリングス、ピアノといった生楽器をあちこちに散りばめながら、ゴチャゴチャと込み入ることを避け、音の骨組みを見せていく。音の余白は多い。そこに染み渡るのはマイクの歌声だ。しかし彼の声質は程よくザラついているけれど、歌い口にゴツゴツしたところはまるでなく、ひたすら滑らかに流れてしまう。どんなリリックを歌ってもアンニュイで、囁き、吐息を漏らし、たまに発音をぼかす。そんな狂おしさと縁が無いヴォーカルは、ライの活動スタンスをそのまま移し変えているんじゃないかと思う。つまり、音楽自体を楽しんでもらうために本人達は顔をあまり出さない方向性。シャーデーのアデュっぽい、これは女声じゃないかと話題になったマイクの声は、僕にはとても匿名的に聴こえる。パーソナリティーが歌から伝わってこないのだ。


 ライはどこを見てもシャーデーを引き合いに出されていた。確かに、ロビンのスペースを最大限に活かすトラック・メイクはシャーデーの傑作『Love Deluxe』のマナーに乗っ取ったものだし、マイクの太めの声質や、囁きに徹するヴォーカル・スタイルもアデュと似ている。ただ、当時のアデュは情念の女だった。マイクとは逆に、消え入りそうな囁き声に感情の動きを封じ込め、痛みに満ちたファルセットと共に「これは普通の愛じゃない、あなたを思って墜ちていく」と訴えたアデュ。そんな彼女に匿名性なんて僕は感じない。


『Love Deluxe』はおそらく、カーティス・メイフィールドの『There's No Place Like America Today』を意識したアルバムだった。このアルバムも音が必要最小限に切り詰められ、演奏の音数は本当に少ない。そうすることでカーティスはスペースに多くの言葉を語らせた。その引き算の美学はプリンス、ディアンジェロにも受け継がれていったのだけど、それをUK側でやったのがシャーデーだと思う。職を失った家族を描いた「Feel No Pain」は、黒人の貧困問題と真正面から向き合った『There's No Place Like America Today』のコンセプトと同じ意味を持つものだろう。張り詰めた曲ばかりが続くなか、とろけるようなラヴ・ソングが一つ入っている構成も近い(カーティスは「So In Love」、シャーデーは「Kiss Of Life」)。マーヴィン・ゲイとミニー・リパートンを感じる性愛表現を含め、アデュはそれまでのソウル歌手が力強い歌い回しでやってきた熱い何かの吐露を、ウィスパー・ヴォイスという独自のスタイルで受け継いだ人なのかもしれない。


 ライはサウンド、声質こそシャーデーに近いが、顔を表に出した多くのソウルとは反対に、匿名的な方へと向かった。そういえばサウンドも整理整頓されすぎて生臭さが無い。ソウルとR&Bのマナーを意識しながらも外側の視点でユニークに解釈したライ。その意味で、彼らは本流以上にアトモスフェリックなブルー・アイド・ソウルが面白い今を象徴するユニットだと思う。こういうのもありなんですね。



外山悟

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