October 2013アーカイブ

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音楽配信サイト、オトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプト。


全10曲程度で合計35~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセットリストが、基本「隔週」木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中です!


初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、今回のセレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこなう予定ですが、もしなにか緊急の予定が入ってしまったらできないかも...。


10月31日(木)~11月13日(水)に放送される第36弾は、リヴァプール期待の新生アウトフィットに始まって、あの人への「トリビュート」で終わる、全10曲。


今年の...最新と言っていいヴィデオが3曲、00年代ものと90年代ものが2曲ずつ、80年代ものが1曲、70年代ものが2曲...というバランスになっています。全体的に、わりと「ニュー・ウェイヴ」色が強い...かな?


放送日時は以下のとおり。


10/31(木) 22:00-24:00 ※初回放送

11/1(金) 18:00-20:00 ※再放送(以下同)

11/2(土) 20:00-22:00

11/3(日) 22:00-24:00

11/4(月) 13:00-16:00

11/5(火) 16:00-18:00

11/6(水) 9:00-11:00


11/7(木) 22:00-24:00

11/8(金) 18:00-20:00

11/9(土) 20:00-22:00

11/10(日) 22:00-24:00

11/11(月) 13:00-16:00

11/12(火) 16:00-18:00

11/13(水) 9:00-11:00


なお、第37弾の初回放送は11月14日(木)22時スタート予定です。


よろしければ、是非!


2013年10月30日19時45分(HI)

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先日開設をお知らせした、クッキーシーンのフェイスブック・アカウント、絶賛稼働中です!


「お知らせ」はツイッターだけで充分だし...と思われるかもですが、今のところそこだけでしか読めないエクスクルーシヴ・コンテンツ(笑)もあります。


名づけて「DISC of the DAY」。クッキーシーン編集部のうち、ウェブ活動を中心になっておこなっている犬飼、近藤そして伊藤の3人が(ほぼ)毎日もちまわりで「グレイトなアルバム」を紹介する...という企画。


現在までに、ほぼ3まわり...11枚のアルバムについての、いろんな話が展開されています。当該アルバムを出したアーティストを順に並べてみると、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、スーパーカー、ザ・ポーグス、シド・バレット、ドナ・サマー、モダン・ラヴァーズ、エドワード・ボール、フィッシュマンズ、イアン・ブラウン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、808ステイト...。


さて、どんなことが書かれているのか? よかったら、一度覗いてみてください。ぼくらは基本的に「(マーケティング的な)数字」というものを信じていないんですが、もし「それなりに、いいんじゃない?」と思ったら、「クッキーシーンのフェイスブック・ページ」にも「いいね!」もらえると、それはもちろんうれしかったりします。


www.facebook.com/cookiescene.theJoshuatree


よろしくお願いします!


2013年10月30日8時12分(HI)

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ふら.jpeg

 昨今のJ-POPの体たらくを見るにつけ、ああこれは衰退してるのではなく転換期なのか、と思うようになってきた。かつて歌謡曲と呼ばれたそれは、エレクトロニック・ミュージックやR&Bを吸収する過程でJ-POPへと変容していったように、それから20年以上醸造された「J-POP」ーー乃至そこから生じるイメージの総体は、この変革期を経て石化した標本のようになるだろう。近年盛り上がる夏フェス系イベントで鳴らされるJ-ROCKや多くのジャンルを侵蝕しているアイドル文化、そしてインターネットにおけるヴォーカロイド文化など、これらJ-POP以降の分化したポップネスの新しい形態(消費構造も含む)はテン年代的ポピュラー音楽の在り方を的確に示しているが、しかし、ここで敢えて筆者が一石を投じたいシーンを挙げるとすれば、それは東京のインディーズ・シーンと、そのシーンに共鳴して各地方から発せられる音楽である。


 2011年にcero『WORLD RECORD』を聴いた時、これは僕たち(西東京/郊外)の音楽だ! と喜んだのを覚えている。西東京というのは新宿や渋谷などと一緒に「トーキョー」と括られるにはあまりにも違い過ぎる空気があって、時間の進むスピードは遅いし、都心へ行こうと思えば簡単にアクセスできることに甘んじた都会の劣化コピー感たるや・・・という。あのアルバムで東京のインディー・シーンが途端に注目された感もあるが、ceroをはじめ、今注目されている東京のインディーズ・バンドの多くがやっていることは何かと言えば、それはキリンジの自身による歌詞についての言及が解り易い。端的に言えば、"何かが起こりそうで何も起きない整然とした住宅街、どこへ行っても同じ模様のアスファルトと信号機の連続・・・目眩のするようなそれら郊外の憂鬱を視点を変えて美しく魅せることはできないか"という試みである。ceroであれば《普通の会話を愛している》(「大停電の夜に」)という一節が印象的であり、今年絶賛で迎えられた森は生きているのファースト・アルバムも《夕暮れ時に聴こえてくるあのチャイムは》(「帰り道」)のような歌詞が、普段我々が住むこの味気なく整備された日常を色鮮やかに照らしてくれる。


 さて。fula(ふら)は4人組のバンド、東京の西(地図上は中央より東)の吉祥寺をメインに活動する。彼らの初の全国流通盤「safari !」は、ざっくりと二つの視座をリスナーに与えている。一つは、冒頭で触れたJ-ROCKサウンド的な立ち位置から掘り下げるようにして出会うポップ・ミュージックの風景である。つまり、ミスター・チルドレンを思い出させるこのアルバムジャケットや、スペシャル・アザーズやバンド・アパートを彷彿させる軽やかなジャム演奏をベースとしたポップネスの最新形という見方。もう一つは、現行のインディーズにおいて、密かに、けれどもダイナミックに胎動している「東京インディー」なるシーンから眺めたポップネスの将来であり、日本語ロックの歴史に2013年の考察を与えたcero以降の音楽という見方だ。筆者はこの二つを同じものとして捉えていない。それどころか、この二つはまったく別の道を辿るものだと思っていた。しかし「safari !」で鳴らされているのは、紛れもなくこの二つの展望が溶け合ってゆく過程である。


 「orion coffee」や「tropical5」の跳ねるリズムに呼吸を合わせるようにして鳴らされるきらびやかなギターとメロディーのアンサンブルや、「Can't Go」の分厚くうねるベースを基調にサイケデリックなジャム演奏が繰り広げられる様子は、このバンドの真骨頂と言えるだろう。そこでトリッピーなムードを感じたかと思えば、繊細で巧みな演奏に舌を巻く「Grizzly」といった具合に、どの曲もフルカラーで彩られており、なんとも美しい。


 《僕の淹れる苦いコーヒーに冬の星座が反射した》


 「Orion Coffee」で彼らはこう歌う。多くのバンドが新たな視線を以て世界を美しく見せようとしているなか、fulaは世界を本当に美しいと思わせてくれる。



(荻原梓)




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18+『MIXTAP3』.jpeg

 ミュージック・コンクレートが誕生してから60年以上も経つ。フランスの作曲家ピエール・シェフェールによって生み出されたこのジャンルは、都市にあふれる騒音や自然界の音などを録り、それらを加工することで音楽を作り上げるというもの。こうしたミュージック・コンクレートの手法は多くのジャンルで応用されており、そのなかにはテクノやヒップホップといった音楽も含まれる。今でもミュージック・コンクレートの影響は至るところで見られ、さらにはテクノロジーの進化もあり、誰もがミュージック・コンクレートに触れられるようになった。例えばスマートフォンのレコーダーアプリで適当に音を録り、その音をフリーのDAWソフトに移してから曲にする、なんてことも一種のミュージック・コンクレートである。そんな現在なのだから、グライムスローレル・ヘイローといったポスト・インターネット世代が多くの記号で彩られた音楽を鳴らすのは必然だったのかもしれない。


 ロサンゼルスを拠点に活動する男女2人組の18+も、そうしたポスト・インターネット世代だと言える。それはサウンドにも表れており、彼らが過去にリリースした『M1xtape』『Mixta2e』というふたつのミックス・テープは、ヒップホップ、R&B、ダブステップ、ドローンなどがミニマルなサウンドスケープのなかで交わる内容となっている。元ネタも興味深いものが多く、テトリスのBGMとしても有名なロシア民謡「コロブチカ」のメロディーを引用した「Whistle」(『M1xtape』に収録)は、彼らの奔放な遊び心が滲み出ている。


 本作でもその遊び心は健在で、「Crow」ではカラスの鳴き声に合わせて歌を紡ぎ、「Deadbody」はプッシャー・T「Nosetalgia」におけるケンドリック・ラマーのパートが連呼される小品、そして「Fecund」の最後で奏でられるフレーズは、なんと高橋洋子の「残酷な天使のテーゼ」、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニング曲である。


 ビートも今まで以上に贅肉が削ぎ落とされ、シンプルの極地に達したトラック群が収められている。それゆえ2人の歌声が際立ち、その歌声も甘美、妖艶、優しさなど、さまざまな表情を見せる。聴き手を微睡みにいざなうスロウなグルーヴはポーティスヘッドやマッシヴ・アタックに通じるもので、ドラッギーな中毒性を孕んでいる。


 こういった具合に本作は、音楽のみならずそれ以外の要素もネタにしており、ゆえに多角的考察ができる作品となっている。とはいえ、特定の要素を突出させるわけでもなく、あらゆる要素をフラットな状態で示すだけなのが少し厄介だ。ジャケットにも2人の(と思われる)白いシルエットという高い匿名性を持つデザインが選ばれ、"主張"や"個"を抑制している。


 アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のなかで草薙素子は、「すべてが同じ色に染まっていく」と、情報の並列化によって"個"が失われることを危惧した。しかし一方で草薙は、「私は情報の並列化の果てに個を取り戻すためのひとつの可能性」を「好奇心」に見いだしている。もしかすると本作は、その「好奇心」が聴き手によってもたらされることを望んでいるのではないか? だからこそ18+は匿名性を維持し、聴き手の主観的能動性を促すような振る舞いを続ける。だとすると、ジャケットの白いシルエットに収まるべきは聴き手の想像力なのかもしれない。この想像力によって本作に情報が、考察が、解釈が次々と付随され、それでようやく"ひとつのポップ・ミュージック"になるという在り方。


 インターネットが一般化して以降のポップ・ミュージックにとって、音楽そのもの以外の外縁的要素は極めて重要だと、ミステリアスな本作は私たちに訴えかけている。



(近藤真弥)



【編集部注】『MIXTAP3』は18+のサイトからダウンロードできます。

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LOVE LOVE LOVE「アンサーソング」.jpg

 ライブ会場限定で販売している3曲入りシングル。ナイーヴでひねった内容をホップにしているのが良い。音符の間を滑らかな曲線で繋いでいくような独特の歌唱法と優しく伸びる声がどことなく、はっぴいえんどを彷彿させる。極めてナチュラル、それでいてブルーな旋律。そんな寺井孝太の歌声に、リスナーの心は締めつけられながらも洗われていく。


 タイトル曲である「アンサーソング」。LOVE LOVE LOVEは今年で結成10年なのだが、その節目にソングライターである寺井が改めて音楽と自分、というテーマで作った1曲だ。それはたぶん、音楽と彼自身が一心同体だという所信表明。クールじゃないし派手さもないが(むしろ地味・・・)、切なくなるくらいに熱い。レイドバックした演奏の中に激しい感情をたぎらせているのは、《でも君を忘れたくない 君はいつだって僕のもの 夢見ているんだ 夢見ているんだ 君との夢 それアンサー 果てるまで僕のアンサーなんです》という歌詞からも伺える。弱々しく女々しい軟弱ポップス(褒め言葉!!)だが、楽器の音を必要最低限に抑えてメロディーを際立たせ、ひたすら優しいヴォーカルを聴かせる戦略(だと本人たちは思ってないと思うが・・・)は大正解。今の彼らが感じていることをそのままメロディーに乗せている。素直で飾らない彼らの思いは、聴く人の素に寄り添い、励まし、元気を与え、そして自然と笑顔を生む。そんな曲だ。


 そして、1曲目に収められている「一生傷」。この演歌のようなタイトル、そして普段はベース/ヴォーカルである寺井がピアノで弾き語っている、異色の1曲。意図的と思えるほどに未整理な手ざわり、解消不能な痛みにのたうちまわるような空気感は彼らなりの原点再確認、ある種のリセットなのではないかと解釈したくなる。アコースティックでありながら、お腹にズシンとくるこの重さはどうだ。少し頼りないヴォーカルが淋しさを漂わせながらも、時折力のある言葉で真実をついてくる。曲のなかの不思議なドラマ性の高さが聴く者の耳を捕らえて離さない。弾き語りという、放っておけばどこまでも内へと入り込んでいける道具を使いながら、絶対に溺れない、という寺井自身の壮絶な戦いのような曲だ。静かな激情が確かにある、美しき世界。


 本物っぽい雰囲気より、感動するメロディーを。その考え方は最近のシンガー・ソングライターよりも、往年の作曲家に近いかも知れない。一部のマニアを喜ばせるものではなく、老若男女に届く歌心を追求するLOVE LOVE LOVE。その志の高さが変わらないからこそ、彼らはどんな時でも努力し続けているのだし、その努力があったからこそ、今作は彼ららしい傑作に仕上がっている。



(粂田直子)

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low-pass.jpgのサムネール画像

 本作は東京のMIRROR、京都のLOW-PASS、2組のスプリット7インチである。両者とも国内外問わず数多くのバンドと共演を重ねるメロディアスで軽快なインストゥルメンタル・ポスト・ロック・バンドだ。彼らの音楽は歌が無くてもギターの一音やドラムの一打だけで感情は表現できることを教えてくれる。


 まずMIRRORについて述べる。ジャケット・イラストは公園で遊ぶ少年だが、1曲目「FAAF」はブランコを揺らす少年の身体感覚を2本のギターと小刻みなドラムで表しているかのよう。続く「Awkward」は、グローブジャングルを回す少年のイメージが思い浮かぶ曲。ミラー・ボールにも通じるその回転はタイトル通りぎこちない。少年が大人になる過程で出会う様々なドラマを奏でているのかもしれない。LOW-PASSも同じく2曲収録しているが、MIRRORからバトンを受け取って、公園で遊ぶ少年のその後、思春期の物語を綴っていると私は解釈した。積乱雲を意味する「cumulonimbus」は、薄暗がりのなかから徐々に光が差し、世界が明るく照らされていく光景が思い浮かぶ。2曲目「chapter square」では、ファンキーに歌うリード・ベースとアクロバティックに高鳴るギターが絡み合い、自在に拍子を変え展開するドラムがアクセントを添える。その様は、3つの楽器がそれぞれに別の曲を演奏し、それらが組み合わさって1つの曲になっているかのよう。ありったけの感情を詰め込むには有効な手段だ。結果として数分間のポップ・ソングで、思春期の様々な葛藤が表現されているように感じさせる。


 本作は国内外のエモ~ポスト・ロック・アクトをリリースするレーベル《STIFFSLACK》から。名古屋栄にバー併設の実店舗を構える同レーベルは、《Polyvinyl》等海外レーベルのヴァイナルをCDとして国内流通させる一方で、7インチのリリースにも積極的だ。例えば、cinema staffの兄貴分にあたるClimb the mindのCDと7インチ、そしてOGRE YOU ASSHOLEの出戸学も尊敬するSICK OF RECORDERの復活作となった7インチをリリースしている。LOW-PASSについて付け加えれば、ベース小野泰伸は細野晴臣をリスペクトし、女性シンセサイザー奏者3人とのニュー・ウェイヴ・バンドYOU MUST SEE Iとしても活動している。東京~名古屋~京都間での繋がり、ミュージシャン個々の音楽性の出自をたどっていくのも面白い。



(森豊和)

2013年10月28日

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2013年10月28日更新分レヴューです。

EQ WHY『The Dynamic Time』
2013年10月28日 更新
OKKERVIL RIVER『Silver Gymnasium』
2013年10月28日 更新
KELELA『Cut 4 Me』
2013年10月28日 更新
くるり「Remember Me」
2013年10月28日 更新

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今回は、コントリビューターの森豊和さんによる原稿です。

10月6日に開催された音楽イベント「ソラオト」に出演した際の七尾旅人について書いてくれました。

すごく熱い文章です。七尾旅人について書こうとすると、冷静ではいられないのかもしれません。


(近藤真弥)


なお、このコーナーでは、常時みなさまからの投稿を受けつけています。ただし、投稿に関するルールがいくつかあるので、それをふまえたうえで投稿していただけたらと思います。以下がそのルールになります。


・文字数は最低でも1000字以上。


・原稿の内容は、音楽に関することを主題にお願いします。ただ、主題と文脈的に繋げられるなら、アニメ、映画、小説、哲学など、他要素を混ぜても問題ありません。


・掲載する際には、投稿されてから10日以内に編集部のほうから連絡させていただきます。連絡がない場合は、申し訳ないのですがボツということになります。


・送っていただいた原稿の表記については、クッキーシーンにおける表記統一の決まりに合わせるため、編集部側で変える こともあります。それらがあまりに大量になったり、それによって文章のトーンが変わってしまう場合など問題があると判断した場合も、編集部のほうから連絡 させていただきます。


音楽について語りたい欲求がある若者から、いまだ中二病が心に残っているせいで音楽にロマンを求めてしまう大人になりきれない大人まで、どんな方でも大歓迎です。FEEDBACKのところから投稿できます。よろしくお願いします!

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NORTH_SOUTH_DIVIDE.jpg
 あくまで「ぼくにとって」だが、まるでジェイク・バグとザ・ストライプスの「いいところ」を抽出して畑に蒔いたら素敵なものが生えてきた...ってな感じの、とてもフレッシュなアルバム!


 公式サイトによれば、コートニー・ラヴが「ディランよりいい感じでディランっぽいことをやってる、この15歳の子は誰?」と言った。その表現も決しておおげさではないと思う。


 誰もが「えっ?」と思ってしまうこの名前、リアル・ネームらしい。もし彼が日本で育ったら学校でいじめられたりしてたかもしれない。だけど、どうだ! 全然名前負けしてないどころか、それを立派に背負って立つほど見事に成長した...。おとーさんはうれしーよ...(というくらいの年齢なんだよ、正直言って自分は...)。


 このアルバム・タイトル、日本の古株インディー/オルタナティヴ・ファンがぱっと見るとベン・ワットの『North Marine Drive』(83年)を思いだすかも? いや、単に語呂の感じで。意味的には(たとえばアメリカの南北戦争に象徴されるような)「北部と南部の相違」みたいな意味。たしかに、こんなところもディランっぽい...。


 『North Marine Drive』を持ちだしたのは、決して無理やりじゃない。あのアルバムには、ディランのカヴァーも入っていた。しかし、そうとは思えないほどクールに処理されていた。あのアルバム全体に漂う「体感温度の低さ」は、あの時代の最先端だった。そして、今はこの「がさつとも思える熱さ」が、やはり極めて新鮮なのだ。


 そういった意味で、何度か聴いたあと、ラスト・ナンバーがちょっとザ・トリフィッズ(80年代のオージー・オルタナティヴを代表するグレイトなバンドのひとつ。ピクシーズより前にギル・ノートンが手がけていた。わりと「知る人ぞ知る」バンドかと思ってたら、ドミノから00年代にデラックス・エディションが出てびっくり)を思わせる...とか感じてたのだが、どうやら彼は昨年まで家族と一緒にオーストラリアに住んでいたらしい。出身はサウス・ヨークシャー(このファミリー・ネームから、ケルト系であることが推測される)で、今はまたUKに戻ってきた。


 公式サイトに引用された発言を見ると、メルボルン時代に父親に連れられてディランのツアーを観にいった(10日9回のライヴを観たらしい...。それは筋金入りだ:汗&笑)ことを(たぶん)うれしそうに語っている。その体験に、すごく影響を受けたと。グレイトじゃないか!


 本作は、元クリエイション・レコーズ主宰者アラン・マッギーがチェリー・レッド傘下に新しく始めた新レーベル、359ミュージックのアルバム第1弾。「新しい動き」の幕開けにふさわしい、実に気持ちのいい作品だ。






【編集部注】『North South Divide』の国内盤は11月9日リリースです。

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Laurel Halo(ローレル・ヘイロー)『Chance Of Rain』.jpg

 ベッドルーム・ポップと呼ばれているドリーミーな音楽のブームは、グライムスなど良質なアーティストを数多く輩出したが、1週間も経てば忘れ去られる粗悪な音楽も生み出してしまった。バンドキャンプで"dream pop"と検索をかけてみよう。すると、今でもインスタントなベッドルーム・ポップが量産され、そのほとんどが甘い白昼夢に溺れただけの面白みゼロな音楽であることがわかるだろう。とはいえ、こうした粗製濫造な状況は、新たなポップ・ミュージックが浸透していくうえでは避けられないことでもある。それに、才能あふれるアーティストは粗製濫造な状況から抜け出し光り輝くものだ。それこそ、本作『Chance Of Rain』を上梓したローレル・ヘイローのように。


 前作『Quarantine』は、ドローン/アンビエントの要素が滲む音像を特徴とし、先に書いたドリーミーなベッドルーム・ポップ的サウンドでありながらも、彼女なりの実験精神が窺える内容となっていた。正直、頭ひとつ飛び抜けているアルバムとは思えなかったが、会田誠の『切腹女子高生』をアートワークに使用するセンスも含めた将来性は、非常に興味深いものだった。


 そして本作では、その将来性が見事に花開き、彼女は独自の世界観を力強く提示している。ギリシャ神話に登場する夢の神から引用した「Oneiroi」では、ブラワンを想起させるドライなベース・ミュージックに接近し、「Chance Of Rain」はサージョンやレジスといったインダストリアル・テクノに通じるなど、ポスト・インターネット世代の彼女らしい過剰なまでに記号を詰め込んだ作風となっており、高い音楽的彩度を誇っている。前作譲りの端整なサウンドスケープは本作でも味わえるが、荒々しいグルーヴとラフなビートを強調したプロダクションは、これまでの彼女にはなかった獰猛さとなって、聴き手に驚きを与えるだろう。


 そんな本作は、これまでのセオリーから解き放たれ、あらゆる文脈を細切れにして撹拌したダンス・ミュージックであり、リズム、音色、曲の展開、そのすべてが新たな想像力で満ちあふれている。本作は間違いなく、「頭ひとつ飛び抜けているアルバム」だ。



(近藤真弥)

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